第9話「魔法を使った授業が……」
「お前また降りられなくなってんのか? 魔昼」
「べ、別に降りようと思えば降りれるわ……よっ! 危ない!」
俺の言葉に魔昼は腕を振って抗議しようとしたが、その手を腰掛けている枝から放した途端に僅かだが体のバランスが前のめりに倒れ、焦った彼女は発言の途中で大慌てで木にしがみついた。
「お前って高所恐怖症なんだろ? あんま無理すんなよ」
魔昼は悔しそうに俺を数秒睨んだ後、『コホン』と咳払いを1つしてからなぜか相変わらず偉そうに話し始めた。
「ま、まあ別に本当はこれくらいなんともないけど、万が一ともいうことがあるし、より安全性を高めるためにはあんたが下で私を受け止める必要性があると思うわ」
ようは怖くて下を直視できないから、上から落ちてくる私を何とか受け止めて欲しいとういう話なのだが、そう言われて嫌でも思い出すのは去年同じように下で受け止めようとした結果失敗し、彼女の下敷きになった苦い記憶。あれをもう1回なんて御免だ。
そう思うが早いか、俺は魔力で体を包んで身体能力を強化して助走をつけて魔昼が乗っている桜の木に向かって跳び上がった。
「よっと!」
俺は右腕で魔昼が座っている枝を掴みそのまま彼女の横によじ登る。
「御前試合の時に比べたら大分動けるようになったろ?」
「そ、そうね。あれからちゃんと修行は続けてたみたいね!」
「じゃあ降りるか、ほら捕まれよ」
この場で俺が魔昼をおぶるなり抱きかかえるなりすれば下敷きになる心配はないと思って俺は手を差し伸べたのだが、彼女はどうやらそれが気に食わない様子だった。
「いやよ!」
「は?」
「だってそんな久しぶりに会っていきなり体を密着させるなんて……!!」
「は!?」
らしくない顔でそう言う魔昼を見て、あんまり深く考えてなかったが俺も今自分がしようとしていたことが急に恥ずかしくなってきた。
しかし一度言い出してしまった手前、引き下がるのも何だか負けた気がするので俺は特に気にしていない演技をして押し切ることにする。
「一瞬だから別にいいだろ! 早くしろ!」
「いや! あんたが早く下に降りて受け止めなさいよ!」
「受け止めたら結局体がくっつくだろ!」
「それはすぐ離れられるでしょ! 上で掴まったら降りるまでくっつかなきゃいけないじゃない!」
「別に上でもお前が掴まったらすぐ降りて放すわ!」
キーン、コーン、カーコン。
その時チャイムの音がした。状況から考えて体育館で始業式が始まったことを知らせるものだろう。
「お前がちんたらしてるから始業式に遅れちまったぞ!」
「私だって早く式に参加したいわよ! だからあんたは下で私を受け止めなさい!」
「いーやお前が上で俺に掴まれ!!」
「なんで言うこと聞けないのよ!」
「こっちの台詞だわ!」
こうして俺達は入学初日から式に遅刻する羽目になった。
……
結局そこからさらに数分揉めた末に俺は魔昼を抱きかかえて木から飛び降りた。
「ったく散々ごねやがって」
「あんた覚えておきなさいよ」
地面に着地すると共にすぐさま魔昼は俺から離れ、ぶつくさと文句を言うがこれにまた言い返すと長くなりそうなので聞き流すことにする。
「さすがに初っ端からバックレるのはヤバすぎるし今からでも出るか」
俺は体育館に向かって歩き出そうとしたが、後ろからぐいっと手を引かれその場に引き留められた。
「ちょっと待って、その前に1つアンタに言っておきたいことがあるの」
「なんだよ藪から棒に」
「あんたと私の『あの関係』、まあ加賀斗とか明日香ちゃんとかもう知ってる人は仕方ないとして他の人には絶対言いふらしたりしないでよ? したら絶対許さないから」
そう言いながら魔昼は俺の腕を掴む両手の力をグッと強め少しピリッとくる程度の微弱なものだが、魔法で発生した電撃を流してきた。察するにそれは脅しのつもりなのだろうが、わざわざするそんなことをする必要はない事を俺は説明することにした。
「あのなー、俺だってお前との『あの関係』はできるだけ知られたくないんだよ。分かったらさっさと魔法を止めろ」
どうやらそれが俺の紛う方なき本心であることはしっかりと魔昼に伝わったようで、彼女はあっさりとこちらの要求を呑んで俺の右腕を開放してくれた。
「そう、ならいいわ。信じてあげる」
「じゃあもう話すことはないな? 行くぞ」
……
その後始業式には途中参加したが、それは校長と思わしきおっさんのありがたいお話を長時間聞かされるだけの何の変哲もなく退屈な式だったので、もうちょっと魔昼とは揉めてからくればよかったと後悔した。
そんなこんなで入学式が終わると俺たちは明日から通うことになる教室へ移動し、指示された席に着く。全員が席に着いたのを確認すると担任の男が話し始めた。
「というわけでまずは合格おめでとうと言っておこう。そして俺が今日からお前たちの担任になる須藤桐八(すどうきりや)だ。この特別クラスは1クラスしかないためクラス替えというのは必然的に行われない。なので何もなければ担任の変更もなく俺がこれから3年間お前らのことをみっちりしごいてやることになるだろうから、覚悟しておくように」
「桐八ってあの桐八か……いきなりすごい人がでてきたもんだ」
加賀斗は小声で呟いた。ちなみに俺たちの席順は出席番号順で横並びに4列になっているので出席番号6番の加賀斗は俺の右横の席だ。9番の席に座っている明日香の所には後で加賀斗と煽りに行くとして魔昼はなぜか3番の人の席に座ってるから後で席を間違えてると注意しに行こう。
「誰?」
俺はピンとこなかったので静かに加賀斗に聞き返す。
「須藤桐八、たった5人しかいない一般家系生まれのS級魔道師の1人だよ」
この国の魔法使いは一般的にその実力に応じて5つの階級に属している。一番下からC級、B級、A級、準S級、S級となっていて、1番上のS級魔導師の殆どは代々魔法使いの名家の出身者ばかりのはずだから一般家系生まれのS級というのは確かに相当すごい人物だ。
「あーまずはこれから1年間の流れについて説明する。お前達にはこの1学期中、6月に行われる魔道試験でC級魔導師になってもらう。そしてさらに12月にもう1度行われる魔導試験で今度ははB級魔導師に上がってもらう。知っての通り魔導試験は1年のうちで今言った6月と12月の2度しか行われない。なので不合格というのは許されない、仮にした場合はその後のカリキュラムにはついていけないとみなし一般クラスに移動してもらう」
この突然の宣告を受けてクラス中に動揺が走ったのを俺は感じた。まあいきなりたった1つでも試験を落としたらこのクラスから追い出されるなんて言われたら普通そうなるだろう。
「厳しい話だと思っているかもしれないがC級魔導師になるには魔法と魔力についての基礎原理と魔法を使うにあたってのこの国の法令を一通り覚えていて、あとは何か1つでも魔法が使えれば昇格できる。魔法を使った戦闘力や技術を問われるのはB級から、だがこの学園の特別クラスに入れる時点でお前たちはB級相当の素質は備わっているはずだ」
確かにC級魔導士は何か仕事や日常生活で魔法を使用する人達が取得する資格だったはず。一方でB級から上の魔法使いとなれば基本的には魔導協会で務める身となり、協会から斡旋させる様々な任務に日々こなしくていく必要が出てくると聞いている。
「しかし備わっているのはあくまで素質だけ、お前たちにはまだ圧倒的に実戦経験が足りていない。そのためお前たちには1学期のうちから実戦形式で授業を行いその経験を積んでもらう。またそれと平行してC級魔導師承認試験に向けての……」
『実戦形式』つまりそれは魔法を使って本気で戦っていいというのと同意。
いーねさすが魔法学校、そういうのをまってたんだ。
その一言で俺のテンションは一気に上がりその結果その後の桐八の話を全く聞かず痛い目を見ることになる。
……
そして翌日4月1日月曜日。早くも近くの席の人間に声をかけ友達作りに励む者、机に座って大人しくしている者と、各々の時間を過ごす登校初日の教室。そんな中で俺は特に何をするでもなく、その様子をぼーっと眺めていると ガラッ、教室の扉が開いた。反射的にそちらに目を向けるとそこにいたのは魔昼だった。
「よう、おはよう魔昼」
俺が挨拶すると魔昼は立ち止まり、凄く不思議なものを目にしたような顔をする。
「明日香ちゃんに中学校であんたはいつも遅刻ギリギリに登校するって聞いてたけど、高校生になって生活態度を改めたの?」
確かに中学時代の俺の朝の生活リズムはあまり誉められたものではなかったが今日からは違う。例えどんなに体調が悪かったり怪我をしていても廊下を這ってでも1限目から出席するハイパー出席系高校生になるのだ。そんな俺の出席への覚悟を支えているのは……
「だって今日から始まるのは魔法を使った実戦形式の授業なんだろ? 俺、今まで魔法の実戦相手なんて基本的に加賀斗と明日香くらいしかいなかったから楽しみでしかたねーんだよ」
そう言うと魔昼はなぜか目を細め、もの凄くかわいそうなものを見るような顔をこちらに向ける。
「なんだよその顔」
「いえ、ただ……あんた明日からもちゃんと遅刻せずに学校きなさいよ」
「は?」
言ってることが全くわからない俺を置いて魔昼はそそくさと自分の席の方に行ってしまった。
「なんだったんだあいつ?」
そんな彼女のことを俺は今の一連の会話を横で聞いていたであろう、隣の席に座る加賀斗に質問を投げかけてみたが。
「さあ?それよりそろそろ始まるんじゃないか、お前の大好きな『魔法を使った』授業が」
彼もまた何か意味ありげな言葉を適当に返すだけだった。
何か引っかかるがまあそのうち分かることだろうと、そこで俺はこの件について深く考えることは辞めてしまった。
……
「よーし、お前ら全員揃ってるな」
1限の始まりを知らせるチャイムと共に桐八が教室に入ってきた。この時点で早くも俺の心臓の鼓動が一段階早くなったのが自分でも分かった。
「早速一限の授業を始めたいと思う……」
いよいよだ、いよいよ始まるんだこの国最高峰の魔法学校の授業が!!
「ではまず一限目の数学の授業を始める」
「……はー!!!!??」
この学校始めての授業での、俺の1番最初の発言はそりゃーもう校舎中に響きわたったという。
続く
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