第10話「許嫁」

 4月5日金曜日。俺がこの学校に入学して早くも5日経とうとしていた。


「ではそもそも魔法使いとは何か、普通の人間とは何が違うのか、誰か答えてもらおう」


 授業を進める桐八が突然そんなことを言い出すので俺は焦る。なぜなら俺はさっきからこの授業の話を殆ど聞いてないからだ。


 今指名されたら間違いなく答えられない。俺は急いで教科書のどの部分の話をしているのか確かめるために隣の席に座る加賀斗の方に目をやるが、全く同じタイミングで加賀斗がこちらの方を向いてきて互いに目が合う。そしてこの瞬間、俺は確信した『こいつもさては話きいてなかったな』と。


 そんなことをしてるうちに桐八は淡々と出した問題に答える生徒を指名する。


「……そうだな今日は4月5日だから4足す5で出席番号9番の椎名、答えてくれ」


「はーい」


 俺が安堵し、胸をなでおろしている間に指名された明日香は教科書も持たず席から立ち上がり、答え始める。


「魔法使いと普通の人の違いは大きく分けると2つあって、まず1つは魔力操作です。全ての人の体の中には魔力というエネルギーが眠っていてそれを体外に放出、体に纏わすことにより常人を超える身体能力を手にすることができて、この魔力操作は魔法使いの基礎中の基礎である技術です」

 

 そこまで言うと一呼吸置いてからまた明日香は続きを話す。


「もう1つは魔法を使えることです。魔法とはそもそも魔力をただのエネルギーから性質を持つ別の何かに変化させること、例えばそれは炎だったたり水だったりで、何に変化させるのが得意なのかは人によって違いますが、以上の2つを習得しているかしていないかが人と魔法使いの一般的な違いです」


 すらすらと答える明日香。まあ彼女は魔法使いの名門、椎名家の人間なのだからこれくらいは出来て当然なのだろう。


「完璧な答えだ。さすがだな、座っていいぞ」


 『イェーイ!』と無邪気に褒められたことを喜びながら明日香が席に着くと桐八はまた教科書を読み始める。それを見て俺は思わずため息をつきながら内心思う。



……

「つまんねー!!」


 学校が終わり自分の部屋に戻り、その部屋のドアを閉めた瞬間俺はそう叫んだ。


「1限目から数学、英語、日本史、地理、午後は魔法原理基礎学2時間って魔法の実習はいつすんだよー!!」


 俺が思いの丈を部屋の壁に向けてぶつけていると、今さっき閉めたばかりのドアが開き誰かが部屋に入ってきた。


「おーまた随分荒れてんな」


 振り向くとそこに居たのはこの学園で出来た友達第1号の轟迅雷(とどろきじんらい)だった。こいつとの出会いは何というか、一言で言うならば……最悪だった。



……

「なーさっきの授業いきなり叫んだのってお前?」


 授業初日の日、あいつは恐ろしいほど慣れ慣れしく1限の数学が終わった後、俺に話しかけてきた。


「人違いだ」


「そうだよ」


「やっぱあんただったかー」


 俺はとりあえずこの失礼極まりないガキのことは置いといて、いきなり横から話に乱入し、人違いということでこの場を切り抜けようとする俺の邪魔をした、裏切り者、加賀斗暁の方を睨みつける。


 当然加賀斗はすぐその事に気づき俺と目を合わせてから言う。


「悪い、死んだばあちゃんに遺言で嘘をつく人にはなるなって言われたんだ」


「こないだボケて自分が食べたくせに人にまんじゅうつまみ食いの濡れ衣着せたばばあは誰だっけな!?」


「すげーなお前幽霊見えんのか」


「そういう話じゃねー!!」


 加賀斗との話に割り込んできたクソガキに俺は思わず本日二度目の大声を出す。少なくとも俺だったら高校に入学して始めての休み時間に話しかけた相手が怒って大声を出されたら、『やってしまったと』反省して謝罪するがどうやらこのクソガキはそんな感性はお持ちではないらしく、ただ面白そうに笑っている。


「あんた面白いな、俺は轟迅雷だよろしく」


 そう言い迅雷は右手を俺に伸ばして握手を求めてきたので、それに対して俺は


「いやこの流れで握手するわけないだろ」


 冷静に自分の意見を述べた。



……

 ちゃんと思い出してみても最悪な出会い方だったが、なんだかんだであれから迅雷と一緒にいる時間は多いいから不思議なもんだ。


「なんだよ迅雷。ようやくこのくそったれな学校から解放されたんだちょっとくらいいいだろ」


 俺は机の上にバッグを置きながら吐き捨てるように言う。迅雷もその場にバッグを置き胡座をかいてその場に座る。


「解放されたって、ここまだ学校の敷地内だけどな」


 そう、この学校の特別クラスの人間は全国各地から実力のある学生を集めているため通学の利便性とより熱心に魔法の腕を上げれることを目的に、この学校の敷地内の一角にある学生寮で生活させられている。


 ちなみに女子は1人につき1人部屋だが男子は2人1組で1部屋に住まされていて俺のルームメイトは加賀斗だ。


 特別クラスの生徒の他にも家が遠いなどの事情で許可をとっている一般魔法クラスの人も何人か利用してるらしいが、とにかくこの学校に解放という言葉は土曜日の午前授業が終わって外出許可をもらうまではないのだ 。


「あーもうなんで魔法専門学校通ってんのに教室で席について黒板の文字をひたすらノートに写してるだよ~。魔法使いてーよー」


「2年からは実技ばっかだから今のうちに最低限の高校の勉強こなしながらC級魔導師承認試験に向けての勉強も進めるって初日言ってたろ」


 迅雷は俺が今もっとも聞きたくない正論を言ってくる。


「けど1日に1つくらい魔法の授業いれてくれよ~」


「魔法原理基礎学があるじゃん」


 魔法原理基礎学、これもいま俺が聞きたくない言葉だ。とりあえず授業名に魔法とついているからようやく魔法が使えるのかと思ったらその実、専門書を使って延々魔力と魔法の基礎原理についてだったり、この国の中での魔法技術発展の歴史だのといったつまらない話を延々聞かされる拷問の用な授業だった。


「あんな基礎的な内容、家で耳にタコができるくらい教えられたわ」


 俺がうなだれていると ガチャ、突然部屋のドアが開いた、全くノックくらいしてほしいものだ。


「なんだまだ文句言ってんのか」


 入ってきた1人は加賀斗で


「よっぽどショックだったんだねー」


 もう1人の小柄な少年は俺の友達第2号の成嶋陣(なるしまじん)だ。陣は迅雷とは古い友達らしくて迅雷から紹介されて仲良くなった。ただ陣は迅雷と違って優しくていい奴だ。


 最近は陣と迅雷と加賀斗とよく学校を終わった後も一緒にいることが多くなってる。特に何かあるわけでもないが学校の授業があらかた終わる16時すぎから食堂が開く18時までの時間をこうして俺達の部屋で購買で買ってきたお菓子とかをつまみながら時間を潰している。


「けどそろそろ1回目の魔法実技試験じゃなかったっけ?」


「そうじゃん!!!」


 陣の一言で俺は息をふきかえした。


「声でけーよ」


「試験っていつだっけ?」


「次の月曜日!!」


 そのことだけはこの5日間の授業内で教えてもらったことの中で1番はっきりと覚えていた。


「ってことは今日は金曜だからあと3日か」


「煉君は楽しそうだけど僕はちょっと緊張するなー」


「まあ実技試験やるって言われただけで内容は不明だからな」


「魔法を使って桐八と実戦とかじゃね?」


 この5日間で散々人の睡眠(授業中の居眠り)をチョップで妨げたやり返ししてやると考えながら俺は言った。


「お、それ面白そう」


「クラス全員がかりでも瞬殺だわ、アホども」


 俺の意見に同調した迅雷は直後、急にポケットに手を突っ込む。


「あ、電話だ」


 スマホを取り出し電話にでる迅雷。


「なんだアロス? ……今度の魔法実習のことで話したいこと?……いいけど、今? えー今は煉の部屋にいる、ああ陣もいるよ……わかった、また明日な」


「いいのか? アロスに会いに行かなくて?」


「アロスってお前と陣の中学からの友達なんだろ?」


 蘭(あららぎ)アロス、前に何かの話で出てきてそこで迅雷達の友達と知ったクラスメイト、一応同じクラスだから顔くらいは思い浮かべられるがどういう人なのかはあんまり知らない。


「この部屋に呼んでやればいいじゃんか」


「いやー誘ってるんだけど……そのアロスはなんていうか……」


 いつもどうでもいいことをペラペラ話してる迅雷だがこの時珍しく口ごもった。


「高魔の推薦組とは仲良くなれない。そんなとこか?」


「高魔?」


「ちょっと借りるぞ」

 

 俺が聞き返すと加賀斗は説明するために自分の机の引き出しを漁って何かを探し始めた。


「あったこれだ」


 加賀斗が引き出しから取り出して見せてきたのは桐八がこないだ配ったクラス全員の名前が書かれたプリントだった。


ーーーーーーーーーーーーーー

1番 神崎(かんざき) 刃(やいば)

2番 霞(かすみ) 界人(かいと)

3番 桂木(かつらぎ) 魔昼(まひる)

4番 神崎(かんざき) ソウシ

5番 天神(てんじ) 煉(れん)

6番 加賀斗(かがと) 暁(あきら)

7番 新城(しんじょう) マナ

8番 霞(かすみ) 一花(いっか)

9番 椎名(しいな) 明日香(あすか)

10番 神崎(かんざき) ユミ

11番 丹波(たんば) 琢磨(たくま)

12番 轟(とどき) 迅雷(じんらい)

13番 蘭(あららぎ) アロス

14番 黒森(くろもり) 蓮見(はすみ)

15番 臼井(うすい) 桃子(ももこ)

16番 片桐(かたぎり) 夏樹(なつき)

17番 成嶋(なるしま) 陣(じん)


ーーーーーーーーーーーーーーーー

「これって確か現時点での実力の序列順になってんだっけ?」


 俺はこないだ明日香に教えてもらったことを思い出しそのまま言う。


「なに? そうなのか?」


 どうやら迅雷は今知ったらしい。まったく、自分の通う学校のことくらいもっと知っておくべきだ。


「この10番のユミより上のやつらはこの学校に推薦入試で受かっている連中だ。で、この推薦組ってのは全員、今のこの国の魔法界において高い地位にいる、いわゆる名家出身の魔法使い、そういう人間のことを一部では高魔(こうま)、逆に高魔でない一般出の魔法使いのことは下魔(げま)って呼ばれてるんだ。俺と煉は高魔だから、正直家の力を使ってかなり楽してこの学校には入ってきてるし、見ての通り一般入試で入ってきたやつより始めから高い評価がつけられてる」


「へーそうだったんだー」


 確かに加賀斗の話を聞いて思い返してみると、この学園の入試は面接とちょっとした魔法実技だけで終わって名門って聞いてた割にあっけなく感じたな。


「で、アロスはそれが面白くないってとこか」


 まあ確かに俺たちと距離を置きたい気持ちはわからなくもない。


「推薦云々というより、正直あいつはあんまり高魔のことをよく思ってないんだ。昔いろいろあって」


「……まあ、たまたま体内魔力が生れつき多くて魔法使いになった一般家計の魔法使いと、代々家が魔法使い高魔との間にみぞがあるのは今始まったことじゃないし、ここだけの話でもない」


「みんな仲良くできたらいいんだけどなー」


 迅雷が寂しそうにそう言うのはこの集まりにアロスも来てほしいからだろう。意外とこいつも苦労してるんだな。


「けど1番は刃(やいば)か、あいつそんな強かったのか」


 俺は話題を変えようとして目についたものをとりあえず口に出した。


「知り合いなの?」


 陣にそう聞かれて、そういえば2人にはまだ話してなかったことを思い出した。


「まあ同じ御三家の家の子供だからな、小さい頃から何度か会う機会があってよくパーティーとかから抜けて一緒に遊んだりしたよ」


 刃とはあの御前試合の後もちょくちょく顔を合わせていたから『来年からは同じクラスだね』なんて話も事前にしていた、実際入学してからも軽く話してるし。


「そういえば他にも神崎って苗字の人がいるけど?」


「あーソウシとユミか、ソウシは神崎家の養子でユミは分家の子だ。でもって2人とも次期神崎家当主の刃の護衛でもある」


「護衛? そんなのがついてるなんてやっぱり御三家の魔法使いは違うなー」


 俺には馴染みのあるものだから常識だと思ってたがそうでもないのか


「うん? そうなると加賀斗ってひょっとして煉の……」


「そうなんだよ、俺の義理父(オヤジ)の属してる加賀斗家は代々天神家に仕える家系で、たまたま同い年という不幸から俺はこの性格最悪、クソガキの護衛とかいう貧乏くじを引かされてる」


 そう、加賀斗、それから明日香は元々俺の護衛ということで幼少期から一緒に生活させられていた。4年前俺が魔法使いにならないとなったことで一時的にその任は解かれていたが、なんだかんだで俺がまた魔導の道に戻ったことによって元々の関係に戻された。


「じゃあ魔昼さんと明日香さんも護衛なの?」


 そういえばあの2人もただの幼馴染ってことで紹介してたんだったな。しかしこの話題は不味い。


「明日香は護衛だけど魔昼はただ昔から知り合いってだけだよ。そういえばかが……」


 俺は余計なことを言う前に加賀斗に直接話しかけ話題を変えようとするが……


「いや、確かに明日香は俺と同じ代々天神家に仕えてる椎名家の娘だから護衛だけど、魔昼は煉の許嫁だぞ」


 こんな空気を読めないポンコツ護衛をもった俺の方こそ不幸だわ、と心の中で呟いた。


続く

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