第11話「本当なんですか?」」

 それは嫌な夢だった。


 目の前にいるのはまだ6歳か7歳くらいの小さい時の俺、近所の公園で魔昼と2人だけで砂遊びをしているようだったが、過去の俺は不意にその手を止め魔昼に聞いた。


『魔昼って俺のこと好きなのか?』


 もう許してくれ。


 ここが現実だったら両手で顔を覆うなり、耳をふさぐなり、この場から逃げ出すなりする所だが、この世界で俺に出来ることは文字通りただ夢を見ることだけだ。


 今の俺ほどではないが、過去の俺に聞かれた魔昼は顔を赤くして取り乱してしまう。この頃はまだ結構可愛げがあったんだな。


『え、え、え、それは……す、好きだけど』


『おーよかった。なんかお母さんが言ってたけど俺達、将来結婚するらしいからこれからよろしくな』


『えー!?』


 いや昔の俺かるっ! ……でも、この年じゃあまだ許嫁とか言われても普通ピンとこねーか。魔昼はバカみたいに取り乱してるけど。


『じゃ、じゃあその不束者ですがよろしくお願いします』


『なにそれ?』


『私もよくわかんないけど、こういう時はそうやって挨拶するものらしいから』


 なんでこんな忘れかけていた黒歴史を今さら見させられてるんだ。


 俺は恥ずかしさを通り越して呆れ始めると不意に夢はを終わった。



……

 パチッ! 


 ようやく慣れてきた2段ベットの上の階で目を覚ました俺はまだ半分寝ている状態の頭で数秒前まで見ていた数年前の記憶を思い出して言う。


「あー、最悪」


 俺が始めて魔昼と出会ったのは確か6歳の時、俺は初対面で魔昼に勝負を仕掛け、負けた。その同い年の少女に負けたという事実があまりにも悔しかくて次の日、親に頼み込んでリベンジしに魔昼のいる桂木家まで連れてって貰った。それから暇さえあればあいつと勝負するようになって気づけば勝手に親同士が許嫁なんてこと決めて……


 ガタッ 上のベットからはしごを使って床に降りる。そして下のベットで呑気にいびきをかく男を睨む。


「余計なこと言いやがって」


 ほんとに昨日は加賀斗が俺と魔昼の忌々しい関係を暴露したせいで、あの後迅雷からずっと質問攻めだ『どれくらい進んでるだ』とか『デートはよくどこにいくんだ』とか。陣まで困惑して『なんで許嫁なのに2人きりで食堂でご飯食べないの?』とか聞いてきた。


 正直『余計なお世話だ』と言い返したかったが陣は悪意があって聞いてるわけじゃないからそうもいかず結局適当にはぐらかして終わった。


 入学式の前に魔昼からくれぐれもこのことは他言無用だと釘を刺されたのに、まさか1週間足らずで漏れるとは、あいつがこのことを知ったら顔を真っ赤にして怒るだろうな。


「なんとかしてこの話がこれ以上広まらないようにしないとなー」


 朝から思わずため息が出た。



……

 4月6日土曜日。俺は午前中のみ行われる授業を受けるために教室に来ていた。


「おはようございまーす」


 教室の扉を開けて入ってきた魔昼の声を聞いた瞬間、今日見た夢のことが頭をよぎり俺は思わずドキッとしてしまう。


 そんな俺の素振りに気づいたのか、魔昼は自分の席に着く前に足を止めて話しかけてくる。


「確か初日の授業以来じゃない? 煉が私より早く教室に来てるの。少しは真面目に授業受ける気になったの?」


「たまたまだよ」


 お前が夢に出てきたせいで微妙に早起きしてしまったんだが、それを直接言えるわけがないので適当に誤魔化す。


「まあそうよね。無駄な期待だったみたい……」


 魔昼はそこで言葉を切るとなぜか目を細めて俺のことを謎に見つめてくる。


 なんだ? まだ何か用がるのか? いやそれならすぐに話を切り出すはず……まさかもう迅雷と陣に俺達の関係が漏れたことに気づいているのか?


 すぐに話を切り出さない以上その可能性は低いと思うが、少しでもリスクを減らすため俺は敢えて自分から彼女に声をかけることはさけたので、そのまま妙にもじもじしている魔昼と数秒目を合わせ続けるという奇妙な時間が俺達の間で流れる。


 その奇妙なシチュエーションを壊すように


「おー朝から仲良しじゃないですか」


 バカ(迅雷)が来た。どうやら後ろの席からこの状況に気がついたようだ。


「もー迅雷君たら私たちはただの昔馴染みだってこないだ言ったでしょー」


 この流れはまずい、昨日に引き続き俺の中で危険信号が鳴る。


「なーに言ってんの2人はいいな……」


「いい感じの雰囲気なんてどう見てもでてないぞ迅雷君!! ところで少し男同士で話したいことがあるから廊下に行かないか!?」


 間一髪の所で迅雷の声より1回り大きな声を出し妨害することに成功。そして俺はそのまま迅雷を廊下へ連行する。 


 バタン、廊下に出てそのまま俺は教室のドアをしっかりと閉めてから口を開く。


「いいか迅雷、昨日加賀斗から聞いた話は絶対に魔昼には言うなよ! あの話は俺より魔昼の方がみんなに知られるのを嫌がっている。もし話したら殺されるぞ……俺が」


「お前がかよ」


 どうせあいつは迅雷にこのことがバレてることを知ったら俺が漏らしたとみなして襲ってくるだろう。あいつは俺と加賀斗だけには暴力的だからな。ただこれだと迅雷の口止めには弱く感じたので


「あと殺されはしないだろうがお前の記憶を消えるまで頭に雷を落とし続けると思う」


「やっぱ2人のデリケートな部分を不用意に触れるのはよくないよな」


 適当に付け加えといたが効果はあったようだ。まあ実際あいつならやりかねないし、いいか。


「わかればいんだ」


 そう言い俺が教室に戻ろうとしてドアを開けると


「えっと……昨日聞いたんですが魔昼さんと煉くんが許嫁というのは本当なんですか?」


 俺がたった今迅雷とした交渉が無意味になるような会話が陣と魔昼の間で行われていた。


「えーっとちょっとその話をする前に時間をくれるかな陣君。あーちょうどよかった煉くん、私たった今あなたに話したいことができたのー」


 魔昼とは何だかんだ長い付き合いだから分かる。今の彼女には何を言っても無駄で、逃げることなどできないということが。そんな窮地で俺に唯一できたことは。


「お前、陣のくん付けうつってるぞ」


 割とどうでもいい遺言を残すことだった。


……

「わー遅刻ギリギリー! ……ってどうしたの煉その顔?」


 教室に入った瞬間、明日香は急いで席に着くのも忘れ俺に話しかけてくる。当然だ、俺はJKという名の皮を被った雷悪魔のおかげで今自慢の顔が相当面白い形に変えられている。


「別にどうも」


 本当は死ぬほどさっき人目のつかない階段裏で行われた理不尽な制裁の愚痴をしたかったが、そうするには俺と魔昼の許嫁の部分も触れなければならないので当然話せない。だって次こそ間違いなく殺される。



ーーー

 時は1週間ほど前に遡る。


 加賀斗と明日香は廊下を歩いていた、ここは天神家のいわゆるお屋敷だ。2人の所属している加賀斗家と椎名家は代々天神家に仕えている家系で2人は幼いときから天神煉の護衛であるため普段ここで生活しているのだが、今回は普段は使わない客室に向かっていた。


『それにしても急な呼び出しね』


 歩きながら呟く明日香。


『俺なんかやらかしたっけ?』


 呑気な口調で答える加賀斗。


『あんたがなんかしただけならわざわざ客室に呼んだりしないし、私も一緒に呼ばれる理由がないわ』


『だな。それじゃ来週からとうとう神守学園に通うことになるからこれまで通り煉をしっかり支えるのだぞとか、そういうありがたいお言葉をくれるのかも』


『それありそう』

 

 明日香は会話を短い返事で終わらせた、なぜならもう客室の目の前まで来たからだ。


『失礼します』

『失礼します』


 慣れたもので特に意識しなくても声が綺麗にはもる。 


 ガラッ、ふすまをあけて中を見てみると中では天神家の先代当主で煉の祖父である天神烈心(てんじれっしん)が胡坐をかいて待っていた。


『よくきた』


 実質入れといわれたので2人は中に入り並んで正座をする。それを見た烈心はしばらく2人を見つめたかと思ったら不意に視線を外し、部屋の窓から外の景色を眺めながら静かにその名を呼んだ。


『加賀斗、明日香』


『はい』

『はい』


『……ワシはひ孫の顔が見たい』


『はい?』

『は?』


『煉も昔は可愛い奴だった』


 2人の困惑する声など気にもせず烈心は遠い目をしながら語る。


『『おじいちゃん! おじいちゃん!』とよくワシのことを慕ってくれたし、敬老の日には毎年必ず絵や手紙を書いてプレゼントしてくれた……だが今はどうじゃ! あいつがこの間ワシのことなんて呼んだと思う? 『おい、じじい』じゃぞ! なんなんじゃあの態度は! ワシの半分も生きとらんクセに!』


(『知らねぇーー』)


 突然始まった烈心の嘆きを伝えられた明日香と加賀斗は心の奥底ではそう叫んでいたが、さすがに立場上それを表に出すことはできず、渋々その愚痴に付き合う。


『つまり煉はもう可愛げがないから、今度はまた自分を慕ってくれるひ孫に会いたいってことですか?』


 明日香がそう聞くと烈心は何かに気が付いたようにハッとする。


『え? そうやって客観的に聞くとワシなんかクソじゃね? 可愛くなくなったから変わりを用意させようなんて……そもそも煉も紅蓮も確かにクソ生意気じゃがそれはそれでまた別の可愛さがあるというか』


(『知らねーよ! めんどくさい!』)


 打って変わって煉のことを可愛いなどと言い始める烈心に対して加賀斗も明日香も思う所は同じであったが、それも何とか押し殺してまたしばらく、今度は孫である煉の可愛さについてを聞かされる。


『ま、まあひ孫の件は一旦置いておくとしても、知ってのとおり天神家と桂木家は最近また縁が深まりつつあり今は大事な時期だ……なのにあの当の2人ときたらいがみ合っとる! 子供の頃はあんなに仲良かったのに!』


『まあやっぱり思春期になったら色々あるんですよ』


『それもあるだろうが……とにかくお前たちにはこの学園生活を通して2人の中が少しでも良好になるように尽力してほしい! これは天神家と桂木家、両家の今後にかかわる重要な任務だ!!』



……

 時は現在に戻り4月7日。食堂で昼食を食べている加賀斗と明日香。


「え? あの2人もう喧嘩してるの?」


 今朝あった出来事の顛末を加賀斗からたった今聞かされた明日香は思わず驚き聞き返した。


「まずいよなー、今度帰ったとき2人の関係の進展を報告するように言われてるがこんなの報告したら俺たちが烈心さんに燃やされちまう」


「そもそもあんたがあの2人が許嫁って言いふらしたからでしょうが!!」


「仕方ないだろ、あの時はその場のノリでつい」


 軽率すぎる加賀斗の行動に明日香は呆れて頭を抱えてしまう。


「まあ再会したからってすぐに関係が良好になるなんて始めから期待してなかったけど、関係が悪化するのはさすがにまずいわね……」


「何とかして仲直りしてもらわないとな」


 投げやりな意見を言う加賀斗。なぜなら彼は煉と魔昼が喧嘩をするなんて日常茶飯事だと思っているので、明日香ほどこの一件を真剣に捉えていないのだ。


「とりあえず、まずあんたは魔昼ちゃんに本当は自分が言いふらしたって謝りにいきなさいよ」


 しかし明日香の放ったこの一言で彼の箸が止まる。


「おい! 冗談じゃないぞ! せっかく都合よく煉の奴が罪を被ってくれて命拾いし……」


 ガシッ! 加賀斗が最後まで言い切るより早く、明日香の右手がその頭をわしづかみにしてこう言った。


「あんた誰のせいでこんな面倒なことになってるかわかってるの?」


 その時の明日香の気迫に押された加賀斗に今回は軽口を叩く余裕はなく。


「はい、全ては僕のせいです。すいませんでした」


「じゃあそれ食べ終わったら一緒に魔昼ちゃんのところに行きましょうか」

 

続く

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