第7話「どうすんのよ?」

 俺の位置からは少し距離があったが、それでも魔昼の一太刀を受けた刃の体がゆっくりと床に倒れるのがはっきり見えた。


「勝った……」


 バカみたい俺がそう呟いた時、まるで刃の後を追うように魔昼がその場に倒れた。


「なっ!」


 ここからではよく見えなかったがまさか最後の攻防で魔昼は何か刃の反撃を受けたのか? 俺は慌てて魔昼の方へ駆け寄ったが、あいつの顔がはっきり見えるくらいまで近づいたところで、走る速度抑え小走りになった。


 なぜならよく見るとその場に仰向けで倒れる魔昼の両目はパッチリと開き、駆け寄る俺のことをなぜか不機嫌そうに睨みつけていたからだ。


「何してんの?」


 彼女の足元まで来たところで俺は聞いてみた。


「燃えた」


「は?」


「あんたの魔法のせいで私の服、背中の部分が燃えてなくなった」


「あ」


 普通魔法使いは身体能力を向上させるため服ごと魔力で全身を包むので、魔法で生み出した炎なら触れても魔力が守り、着ている衣服が燃えたりすることはないが、多分あの時の魔昼は脚と腕にほぼ全魔力を集中させていたからそれ以外のところは無防備と言っていい状態だった。


 そんなところにいきなり背後から俺の炎弾を受ければ服が燃えちまうのは当然と言えば当然の結果だった。


「まあ確かに我ながらちょっと荒っぽい方法だったとは思うけどそのおかげで勝てたんだからいいだろ?」


「わかってるわよ、確かにあんたの土壇場の判断には助けられたと思ってるから文句はないわよ。ただその……せ、背中見られるのは恥ずかしいからこうやって地面につけて隠してるのよ」


 あーなるほどな確かにその態勢ならどうあがいてもお前の背中は拝めないから、背中を隠すという目的を達成させるためには最も理にかなっている態勢なのだが、なんというかこう……めちゃくちゃ格好悪いな。


 ザッ!


 ちょうど魔昼が説明を終えた途端、足音が聞こえてきた。反射的にそちらを向くとそこには鋭い眼光でこちらを睨みつける神崎ソウシの姿があった。


「やっべ! まだあいつがいたのか、魔昼早く立て!」


「いやよ! 立ったらあんたに背中が見られるじゃない!」


「見ねーよ! というかそんなに見られたくないなら手で隠せばいいだろ」


「そんなのちゃんと隠せてるか気になって集中して戦えないわよ!」


「じゃあ諦めて俺に背中見せながら戦え!」


「やっぱり私の背中見たいんじゃない!!」


「別に見たくはねーよ!!」


「こんなバカみたいな喧嘩してる奴らに負けたと思うと自信なくなってくるからその辺にしてくれ」


 聞き分けのない魔昼との言い争い夢中になっている俺にソウシはそんなことを言ってきた。


 というか今『負けた』ってこいつ言わなかったか? 確かに刃を倒し2対1に持ち込んだ今なら、魔昼が背中のことを気にせずちゃんと戦ってくれでば十中八九こっちが勝つだろうけど、こいつそんな諦めの早い奴だったか?


 素直にソウシの敗北宣言を認められない俺の心を読んだように魔昼がそこであることを教えてくれた。


「あんたさては御前試合のルールちゃんと把握してないでしょ」


「え?」


「これは次の御三家を引っ張っていく存在の実力を試す場。だから従者の状態は関係なくその主、つまり刃くんがこうして戦闘不能になった時点でこの試合私達の勝ちってことになってるのよ」


「あ、そうなの?」


 なんだよ全然知らなかった。てっきり両方倒さないと決着はつかないのかと思ってた。


「まさかこんなルールもちゃんと把握していない奴に負けたとはな」


 ソウシはぼやきながら床に倒れている刃を肩に担いで俺達に背を向けた。てっきりそのまま出口に向かうのかと思ったがその前にこう言った。


「魔昼、お前の言う通り俺は煉のことを舐めてたよ」


「え? 俺舐められてたのか?」


「うん、あんたじゃあ刃に絶対勝てないって言われてたわ」


「どうだ! 勝ってやったぜ!」


「そうよ! 私達の勝ちよ!」


 あれ? 魔昼のことだから俺がこんなことを言えば『品がないから辞めろ』とかたしなめてくるかと思ったけど逆にのってきたな。表情もめっちゃ楽しそうだし、なんかキモいな。


「ああ、完敗だよ。だからちゃんとお前の評価を改めたよ、例え実力で数段劣っていてもその発想力は侮れないって……まあそうは言ってもお前と戦うことはもうないだろうから、無意味かもしれないがな」


 あ、そうか。


 俺はその時自分でも驚くほど重要なことを忘れていることに気づいた。


 御前試合が終わったから俺は明日からまた普通の中学生に戻るんだ。


「『魔道は3回勝負』なんて言うけど今回はそれに当てはまらないみたいで残念だよ」


 そう言ってソウシは刃を連れて部屋から出ていった。



……

 パーティーは今でも苦手だった。


 御前試合が終わった後、いつも通り御三家のお偉いさんの会食が始まり、そこで俺と刃の戦いを観戦していたお偉いさん達が俺を囲ってもてはやしてくれたが誰1人、目は笑ってなかったので別に嬉しくはなかった。


 だから俺はいつも通り適当に隙を見てその場から脱出した。


 いつもならそのまま自分の部屋に戻って引きこもるところだが、今日はなんとなく庭に出た。……いやなんとなくじゃない、俺は頭の隅ではもうわかってたんだ。このまま部屋に戻って寝てしまえばもう二度と魔法を使うことはない、もうあんなに夢中になることのない退屈な人生を送ることになると……


「いて!!」


 目的地に近づくにつれ頭痛がする。まるでもう1人の俺がそこに行くなと警告しているようだ。けど俺はそれを無視して足を進め、辿り着いた。


 今ではすっかり舗装され、何でもない庭の一部と化しているがここは確かに3年前俺が焼け野原にした場所。



 魔導精霊、それは魔法によって作られた人工生命体。これを世界で始めて誕生させたのが俺の生まれた天神家らしい。だから家はかなり強力な精霊をいくつか所有しており、基本的にガキのうちから自分と相性のいい精霊と契約をかわし訓練していく。


 例にも漏れず俺も5年前とある精霊と契約した。しかし当時の俺にはそいつの力を使いこなせず、暴走して今いるこの庭の隅を火の海にし、その時近くにいた魔昼にも重傷を負わせてしまった。


 俺はその一件以来、魔法が怖くなって親に魔法使いにはならないと宣言して逃げた。


 今思い返すと自分でもらしくない選択を取ったと思うが、間違ってはなかったと思う……いや思っていたこの1週間を過ごすまでは


「楽しかったなー」


 魔昼と再会してから今日までの日々を思い返し浮かんでくるのはその一言だけだった。 


「ならどうすんのよ?」 


 このタイミングで俺以外の人間がここにいるなんて完全に予想外だった……はずなのに俺はなぜかその声を聞いてもあまり驚かなかった。


「魔昼か」


 俺は振り返ってそこにいた人物の目を真っ直ぐと見つめながらその名を口ずさんだ。相変わらず鬱陶しい頭痛は治まらない。


「どうするって何の話だよ」


 無駄だとわかっていたが俺は一度しらばっくれてみる。


「あんたのこれからの話よ。本当にもう魔法は使わないの?」


 案の定、俺が予期していた言葉が返された。


 ならば俺の答えは決まっている。


『そうだよ、もう魔法なんてつかわねーよ』


 そう言えば全てが終わる。魔昼はこの家から出ていき、俺はいつも通りまた中学に通い卒業してどっかの高校に通って大人になっていく、ナニカを永遠に失ったまま。


 そこまで考えたところで俺は胸を締め付けられるような感覚を覚えたと同時に頭痛がました。


 頭の中で3年前のあの日ここで魔昼を傷つけたときの光景が頭の中でフラッシュバックし、俺は吐き気を覚え、思わずその場に膝をついてうずくまった。


「煉!?」


 顔は下げているので見えてはいないが魔昼の両手が優しく俺の肩にかかるのを感じた。


 この3年間で何度も体験した感覚、答えはもうそこまで出かかってるのに鬱陶しい頭痛がそれを邪魔する。特に今日のは酷い、頭が割れそうだ。


 それでも俺は魔昼にいまどうしても確認しておきたいことがあった。


「なあ魔昼……お前ってどこまで強くなりたいんだ?」


 それは3年前俺がここを火の海にする直前にした質問。


 あいつはあの時と同じく一切の迷いない声ですぐにその答えを返した。


「そんなの決まってるでしょ世界一よ」


 なら俺もこんな頭痛になんて負けてはいられないな。なぜなら……


「世界一の魔法使いになるのは俺だよ。だからお前は世界二の魔法使いだ」


 その時、まるでそれまでものが嘘だったかのように頭痛がおさまり解放される感覚を覚えた。


「あんたそれって……」


 軽くなった頭を持ち上げるとそこには嬉しそうにこちらを見つめる魔昼の顔があった。


「ああ、俺やっぱり魔法使いになるわ」


 そうだ俺はとっくの昔から知っていたんだ。そしてそれを今日の御前試合で思い出した。魔法で戦ってる時に感じるかあのヒリヒリとした緊張感と最高のスリル、変わりなんてない唯一無二の俺を満たしてくれるモノ。


「ありがとな魔昼」


 それを思い出させてくれた魔昼に俺は心からの感謝を伝えた。


「へ?……べ、別に私はただこれからどうするのか聞いただけで後はあんたが勝手に決めただけでしょ」


「なんだお前照れてんのか? キモいな」


「誰も照れてなんかないわよ!!」


 気を損ねた魔昼は俺に背を向けて歩きだしこの場を去ろうとしたが5歩ほど歩いたところで足を止めこちらの方に振り返って言った。


「私も明日香ちゃんと加賀斗と同じ神守学園に進学する予定だから、その……あんた入試で落ちたりするじゃないわよ」


「おっけー、カンニングしてでも受かるわ」


「正攻法で受かりなさい」


 最後に呆れた口調でそれだけ言うと魔昼は俺の前から消え、その日もう会うことはなかった。



……

 翌日の朝、俺は自分の部屋に加賀斗と明日香を呼び相談に乗ってもらっていた。 


「やっぱ怒るかなー」


 俺は昨日、もう一度魔法使いになることを決意した旨を2人に伝えたのち聞いてみた。


「そりゃー『やっぱり魔法使いになりたいです!』なんて今さら言い出したら怒るだろ」


「そもそもだいぶ無理を言って辞めさせてもらったんだから」


「だよなー」


 2人からこの後に待つ憂鬱な未来を聞かされ俺は思わずうなだれる。


「なんだその程度で揺らぐ覚悟なのか?」


「バカ言え! 俺は一度決めたことは曲げたりしねーんだよ!」


「いやあんた今まさに曲げにいくところじゃん」


 明日香にものすごく痛いとこをつかれたが俺はそれを無視し、これ以上決意がぶれる前に机に置いていた用紙を取り上げ決戦の地へと向かうことにした。


「とにかく行ってみるわ!」


 俺は部屋から出ると真っ直ぐに母さんの部屋の方に向かった。



……

 3分ほどで目的地の前の襖までたどり着く。そこで深呼吸を1つしたのち俺は中に向かって声をかける。


「母さんいる?」


「なんじゃー?」


 すぐに返事は帰ってきた。ここまで来てしまえばもう後には引けない。当たって砕けるしかない。俺は襖を開いて中に入る。


「実は進路のことで相談があるんだけど……ま、まあ、まずはこれを見てくほしいんだ」


 俺はお茶をすすっている母さんの前に1番上に進路希望調査と書かれた紙を差し出した。


 相変わら下にある第2希望、第3希望と書かれた部分は空白だったが第1希望の欄にははっきりと先ほど俺が書いた『神守学園』という文字が記されていた。



続く

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