第5話「御前試合」

 御前試合当日。


「暇だ」


 時が来るまで俺達は自分の部屋で待機するように言われ、スマホを適当にいじったり置いてあった漫画雑誌を軽く読んだりしたが、どれもたいした時間潰しにはならなかった。そこで俺はさっきからあえて選択肢から外していたモノにいよいよ手をつけることにした。


 意を決してちらりと部屋の隅に視線を向けると、そこには最後に見た時と全く変わらない姿勢でその場に座り目をつぶり瞑想をしている魔昼の姿があった。冷静に考えるとこの1週間殆どの時間一緒に過ごしたが特訓に関する話ばかりで雑談とかあんまりしてなかったな。


「お前ちゃんと起きてるの?」


 俺が声をかけると、魔昼は右目の瞼だけを上げて俺と目を合わせてから言った。


「当たり前でしょ」


 それだけ言うと瞼を下げ、魔昼は再び瞑想に入った。どう考えても迷惑だが俺は構わずそんな魔昼にまた話しかけた。


「そういえば再会したとき、お前公園の木の上に引っかかったボールを取って上げてそのまま降りれなくなってたけど、そもそもなんであの公園にいたんだ?」


 俺が問いを投げかけた瞬間、魔昼の表情が固まった気がした。それから10秒近い沈黙を経てから魔昼は相変わらず目を閉じたまま、小声で答えた。


「……った」


「は?」


「あんたの家行こうとしたら迷ってあの公園にたどり着いたのよ!」


 俺が聞き返すと魔昼は両目を見開いて語尾を荒げて『それが何か問題ある!?』とでも言いたげに言い放つ。


「いやいや、お前3年前まで俺とか明日香とこの家の周りで遊んだから土地勘それなりにあるはずだろ? なのになんで迷うんだよ」


「うるさいわね! ちょっと道をど忘れしてただけよ!」


 そう言われて俺の頭の中に1つの記憶が呼び起された。


「そういえばお前方向音痴だったな」


「違うわよ! そこまでじゃない!」


「けど昔みんなで夏祭り行ったらお前はぐれて迷子になってたじゃん」


 昔、まだ子供の頃、俺に魔昼、加賀斗と明日香それから保護者ってことでクソ兄貴と一緒に夏祭りに行ったことがあった。その時に魔昼はトイレかなんかで一旦俺らから離れ、俺達はその場で帰ってくるのを待ったが一向にこいつは帰ってこなくてみんなで探し回ったことがあった。


 ……そういえばあれって結局どうなったんだっけ?


「あんな人でごった返しのところで1人になったら誰だってわけわかんなくなるわよ!」

 

 確かうちの近所の夏祭りは結構規模が大きく、人がたくさん集まってごった返しになるが、だからって普通普段歩き回ってた街で迷子になるなよ。


「というか俺の家なんてデカすぎて近所じゃそこそこ有名なんだからその辺にいる人に聞けば教えてもらえたろ」


「そうしようと思ったけどその前に逃げられたのよ!」


 ああ、そういえばボールを取ってあげたらそのまま小学生達にそそくさと帰られたって言ってたな。


「俺があの時たまたまあの公園を通ってよかったな」


「ま、まあ確かにその点については感謝してますけど……そういえばあんたこそなんであの日あんな時間まで外でぷらぷらしてたのよ?」


「それは……」


 あの日、魔昼と出会う直前のこと。その時のことを思い出した瞬間、なぜか俺は胸を締め付けらるような感覚に陥り、言葉に一瞬つまった。ちょうどその時、部屋の襖が開けられそこには加賀斗の姿があった。


「いよいよ出番でっせお2人さん」


……

 地下室に来るのはこれで2回目だ。地下は何かしら大事な儀式かなんかに使う神聖な場所だから基本的に出入口しては行けないと言われてきた。ちなみに前に来たのは5年前、バカ兄貴と戦うことになった時ここに連れてこられた。


 滅多に入れない地下に行けると知った時、俺のテンションは少し上がったが、実際に来てみると俺の記憶の中の姿となんら変わっていなくてガッカリした。


 バスケットコートより一回り大きいくらいのスペースに、苦労してここまで運んだであろう石畳が床に敷き詰められ、天井に設置されているパネル照明が白い光を放っている。


 ただ唯一5年前と違うことが1つあった。それは部屋の真ん中にはすでにこれから雌雄を決する相手、神崎刃とソウシの姿があるということだ。


「やあ、煉に魔昼さん。久しぶり」


 俺達のことに気づいた刃は気さくに話しかける。別に余裕を見せてこちらに精神的ダメージを与えようとかそういう策ではない。ただ友達と顔を合わせたから反射的に挨拶しただけ、こいつは昔からこういうただのいい奴だ。


「久しぶり刃君」


「おひさ~」


「緊張感のない奴らだ」


 俺たちの一連のやり取りを聞いてから刃の横で腕組みをしていたソウシはため息混じりにそんなことを言う。まあ少し鼻につく台詞だが、真っ当な指摘でもあるので俺はあえてスルーした。


 刃のことをさっきいい奴と評価したが、ソウシはその真逆、こういう嫌な奴だ。まあ厳密に言うならば厳しい奴だ、基本的には自分を含めた誰に対しても厳しいことをいちいち言う。


「そういや俺らだけなのか? なんか今日はお偉いさん達の見世物にされるって聞いたんだが」


「あー、それなら」


 刃はそこで一度言葉を切り、天井を指で刺してから続きを口にした。


「屋上が監視魔法になってるらしくてちゃんと見られてるらしいよ」


 まじか、自分の家なのにそんな機能あるなんて知らなかった。


「手なんて振るなよ」


「振らねーよ!」


 関心してバカみたい天井を見上げたらに心外なことを言われたので俺は言い返す。


「で? もう揃ったし始めていいいのか?」


「いや、審判係の人が来るって聞いたから、それからじゃない?」


「はいはい、来ましたよー」


 ちょうど話をしてたら後ろから聞き覚えがある、気の抜けた声が聞こえた。


「なんだ審判って父さんのことだったのか」


「そうそう、せっかくの息子の晴れ姿をちゃんと近くで見届けたくてね」


「審判はちゃんと公平な立場でお願いしますよ」


「いやいや、そこは安心して大丈夫だよ。息子のためにならないことは絶対にしないからね」


「ならいいですけど」


 ソウシの噛みつきも済んだところで俺達は父さんの指示に互いに離れ、5メートル程度の距離をとった。それを見届け、父さんは静かに右手を振り上げた。恐らくあれを振り下ろした瞬間に戦いが始まるのだろう。


 そんないよいよ、というタイミングで隣から短く俺を呼ぶ声がした。


「煉」


「うん?」


「勝つわよ」


 『当たり前だろ』という俺の返事は恐らく魔昼には届かなかった。そう考えられる要因は2つ。


「御前試合開始ー!!」


 1つはそれより早く、父さんの大声がこの部屋に響いたこと。そしてもう1つはそれと同時に魔昼は刃とソウシの2人に向かって全速力で駆け出していたから。

 


 開幕と同時に炎を打って刃とソウシを分断させろ、それが魔昼から受けた指示だった。まあ、つまりは始めて加賀斗と明日香と戦った時と同じ戦法だ。俺が分断させてその隙に魔昼が片方を追撃する。


 なので俺はたったいま俺の真横から全力疾走を始めた魔昼が相手の所に到達するよりも早く魔法を発動させなきゃいけない。前みたいにドッチボール投げで炎を打ち出していたら間に合わなかったかもしれないが、俺がこの1週間の特訓で身につけた新たな動作なら今からでも余裕で間に合う。


 グッ、俺は魔力をこめた握り拳を自身の前に構え、その状態のまま親指を人差し指に添え、その瞬間人差し指で親指を弾く。ようはデコピンの要領だ、俺はその動作に合わせて指先から炎弾を真っ直ぐとばす。


 炎弾は魔昼を追い抜き刃とソウシに向かって行く、想定通りソウシと刃はバラバラにそれを避けてくれた。しかしその避け方は俺達の予想の斜め上だった。刃が俺から見て左に跳んで炎弾を避けたのに対してソウシは真っ直ぐ進み、ギリギリのところで体を捻り、紙一重で炎弾をやり過ごした。


「まじかよ」


 ソウシの度胸ある一連の行動に俺は半分呆れながら、半分感心しながら呟いた。


 その間にソウシの両手が一瞬ひかり、次の瞬間にはその両手には白い薙刀が握られていた。そして炎弾の後ろから迫って来ていた魔昼に向けてそれを振る。魔昼は全く動じることなく既に召喚しその手に握っていた刀でソウシが薙刀を振り切る前に刃をぶつける。



……

 キーン!! 私とソウシ、互いの振るう刃が重なり合った瞬間に甲高い金属音が響き渡った。


「やるわね」


「そういえばお前とは戦ったことがなかったな魔昼」


 鍔迫り合いの最中、思わず出た私の感心の言葉にソウシは涼しい顔をして答える。


 全く、こっちは全力で押し込もうとしてるんだから少しはきつそうな顔をしてほしいものだわ。その状態でもう2秒ほど粘ってみたが、やはりソウシの体は微動だにしない……それなら、


 キーン!! 私は刀を強引に左に振り、勝ち目のない鍔迫り合いから抜け出す。そして全身を覆う魔力量を増やし、一時的だが運動能力をさらに向上させ『技』を放つ。


「神鳴り神楽(かみなりかぐら)……壱の舞『神立(かんだち)』」


 それは雷魔法の力で強化された私の右腕から高速で放たれる4連の斬撃。


 キン! キン! キン! 


 最初の3度の斬撃をソウシはことごとく弾いた、だがすでにその表情から先程までの余裕は消え失せていた。実際これまでの攻撃がソウシに直接届くことはなかったが、その態勢を崩し僅かな隙を作ることには成功していた。その瞬間、私はこの4度目の太刀が当たることを確信し放った。


 シュッ、風を切りながら私の刀の切先は急所である胸に真っ直ぐ振り下ろされる。ソウシは咄嗟に薙刀の刃でそれを防ごうとしたが、ギリギリ私の刃の方が早く届く……はずだった。


 突然、真っ直ぐ突き出された私の刀はソウシに届く直前で静止した。いや、よく目を凝らせば見える。ソウシの薙刀の刃の先から魔力がまるで犬の顔の形のように伸びていて、その口で私の刀をガッチリと噛みしめて止めている。


 カーン!! その隙にソウシは薙刀をぶつけてこれを防いだ。


 ザッ! 必殺の連撃を全て防がれた私は仕方なく一度下がり距離をとる。


「今のは精霊ね」


 本来なら確実に当たっていたはずの私の突きを防いだソウシの魔法の正体は既に検討がついていた。


「そうだ、正直あんな不完全な形でもこいつを外に出すのは相当魔力食うから避けたいところだったが……今の場合それをしなかったら負けてたからな。正直お前のことを少し舐めてた」


 できれば舐めてくれてるうちに倒しておきたかったけど、これは骨が折れそうね。


 チラッ、ほんの一瞬だけソウシから目を放して横目で煉の様子を伺う。


「あっちが気になるか?」


 どうやらその行為はソウシに見好かれたようでそんな指摘を受けた。


「まあ、当然だな。誰がどう考えても今の煉じゃ刃には勝てない。確かに3年前まであいつは俺や刃と競えるほどの実力者だったが、それはもう昔の話だってのはさっきのお粗末な炎魔法の攻撃で一目瞭然だ。」


 そう言われた瞬間、私の中で燃えるような感覚を覚えた。


「知ったような口を聞くわね」


「なんだと?」


 確かに今の煉は魔法使いとしては3流もいいところだが、それでも私は知っている。この1週間誰よりもひたむきに彼が魔道と向き合ってきたことを。


「あんたは今の煉のことなんて本当は何も知らないって言ったのよ」


「つまり煉は1人でも刃に勝てると?」


 いやそれは無理だろう。ソウシの言う通り今の煉ではどうあがいても刃には勝てない、これは紛れもない事実だ。しかし偉そうに知った顔で煉のことを語る彼の姿を見てついカッとなってしまい、もう取り返しはつかない。


 そう簡単に負けんじゃないわよ。


 私は私のメンツを保つためにも煉の方を一瞥して口には出さず念を送る。それからソウシと目を合わせて宣言する。


「確かにあいつ1人では勝てない。けど『私達』なら負けないわよ」


続く

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