第4話「楽しむよ」

 目を覚まとそこはまだ道場だった。


「やっと起きた」


 俺の意識が戻ったことに気づいた魔昼は、まだ床に後頭部をつけた状態の俺の顔を覗き込みながら周りに知らせるように言った。


 するとすぐに脇から加賀斗と明日香の顔も視界に入ってきた。


「どう? 3年ぶりの復帰試合でたった1分でノックアウトされた気分は?」


「お前弱いなー」


「なんか最後負け惜しみ叫んでたし」


 どうやら復帰早々に対戦を強要され、ろくに戦う暇すらなく瞬殺された俺を気遣うという精神をこの3人は持っていないようだ。いいだろう、それならこっちにも考えはある。


「俺どれくらい寝てた?」


「30分くらい?」


「ならまだ夕飯まで時間はあるな、よし! 頭にきたから本番まで猛特訓して、まず御前試合の前にお前らをぶっ飛ばす! ほら座ってんじゃねえ立て! どうやったら俺が強くなるかお前ら教えろ!」


「おい、待てよ! 俺はお前と違って明日までの課題とかあるんだよ」


「うるせー! そんなの授業前に誰かの写させてもらえ!」


 最初はなんだか勢いで引き受けてしまい、成り行きでまた魔法を習っていたがこれを皮切りに、俺は自分から積極的にもう一度魔法というものを学んでいった。



……

 特訓3日目の昼過ぎ。


「そういえばあんたって動作法でばっかり魔法使うわよね」


 特訓中、突然魔昼が声をかけてきた。


「動作法? それってなんだっけ?」


 聞き覚えはあるがいまいち意味を思い出せない単語を俺は聞き返す。


「魔法の発動の仕方には展開法と動作法の2つがあって、展開法は魔法陣を展開してそこから魔法を放つもの、魔法陣を展開する溜めの時間が必要だけどその分強力なもの、もしくは複雑な効果を持つ魔法が発動できる」


 それを言われて思い浮かんだのは初日に明日香に瞬殺された時の攻防。あの時、明日香は確かに自身の頭上に魔法陣を展開してから魔法を放っていて、その内容はまず1発目の雷球が俺の攻撃を相殺し、その後ろにひとまわりり小さい雷球が実はもう1発放たれていて俺を襲うという手の込んだずる賢い攻撃だった。


「それに対して動作法はそのまんま、体の動きに合わせて魔法を発動させるから即座に発動できるけどあらかじめ魔力を練っておいたりしないと単純な効果を持つものしか出せないわ」


 そういえば俺はいつも炎出す時、頭の中で火球をイメージしてから魔力を右手に集中させ、それをぶん投げて攻撃してるな。


「動作法は展開法より少し難しくて自然に使えるようになるまでちょっと時間がかかったりするんだけど、あんたはわりとあっさりやり方思い出してたわね」


「なんか自然に出来るからなんも考えずやってたけど、そうか展開法の方が強力な魔法を使えるのか」


「まあ、時間をかけて魔力を集中させられるから、強力になりやすいってだけだから魔力操作のセンスを磨いて一瞬で大量の魔力を集めれば、動作法でも同じくらい強力な魔法は使えるわ。だからあんまり気にしなくて大丈夫よ。というかあんたいまのあんたが展開法で強力な魔法を使おうとしても溜めの間に狙らわれるだけだからやめておきなさい」


 ちょっと試してみようかと一瞬考えたが魔昼にやめとけと言われたので俺は大人しくその戦法のことは忘れることにした。まあ確かに自然と出来て、しっくりきているから俺はこのまま動作法でいいか。


「けど問題はその動作法だけどもう少しコンパクトな動きにしたいわね、正直いちいちあんな大袈裟に投げつけるモーションを入れてたらせっかくの動作法なのに隙だらけだわ」


 と思ったらしっくりきている動作の方もダメ出しを受けてしまった。けど確かに『ダメだ火球を投げるのが間に合わない!』っとなって加賀斗や明日香に負けるケースが対戦する中で何度かあった。


「腕全体を使わなくても手の動きだけで炎を放出できない?」


「手かー」


 そう言われて俺は自身の手を見つめ、適当にうねうねと指を動かしながら何かしっくりきそうな動作がないか考えてみる。


「あ、そうだ!」


 考えること10秒、俺の頭の中で1ついい案が浮かんだ。



……

 特訓4日目の夜。


俺はあることを教えてもらうために休憩中に明日香に声をかけた。


「どうやったら魔法が当たるようになるか?」


「そう、多分このままいけば本番でも魔昼が前線で戦って、俺が後ろから炎で援護することになるだろうから、それまでに少しでも命中率を上げておきたいんだ」


「しょうがないわね、ちょっと待ってて」


 そう言うと明日香は一度道場から出て行った。



 それから10分足らずで明日香は道場に戻ってきた。こちらの方にまっすぐ向かってくるその手にはなぜか虫籠が握られており、よく見るとその中には1匹の赤い蝶が入っていた。


「これを使いなさい」


 明日香はそう言って腕をこちらに伸ばし、虫籠を俺に向けてくる。俺は困惑しながらもとりあえずそれを受け取った。


「それ一応、精霊だから。まあ契約しても魔力を消費して分身を出すことができるだけなんだけどね。私はその分身を的にして練習してたわ」


 精霊、それは魔法によって作られた人工生命体。その名を聞いた途端俺の脳裏に3年前のあの事件が頭をよぎり、思わず虫籠を遠ざけるように1歩後ずさってしまう。


「大丈夫よ、練習用にどれだけ魔法の使いの素養が低い人間でも使える下級の精霊だから、暴走なんてしないわよ」

 

「そ、そうか」


 確かに、冷静になるとこんな蝶1匹にビビった自分が恥ずかしくなるので、それを誤魔化す様に俺は急いで蝶と契約する。


 左手だけで虫籠を持ち、空いた右手で籠の中に魔力を流し蝶と接触させる。


「あ、できた」


 その直後、一瞬だが確かに俺は自身と蝶の間に繋がりができる感覚を覚えた。俺の記憶通りならこれで契約完了のはずだ。


「じゃあ試しに出してみなさいよ」


 俺は明日香に言われた通り念じてみると、自身の前方に直径10センチ程度の小さな魔法陣が展開し、そこからさらに魔法陣よりひと回り小さい蝶が10匹程度出て道場内をパタパタと舞いだした。


「簡単でしょ?」


「そうだな」


「動きはある程度こっちで操作できるから、慣れたら飛ぶの速度を上げたり、攻撃を当てにくい不規則な軌道をとらせたりもできるわよ」


「お、それいいな。ありがとう」


 俺は早速今出した蝶を打ち落としていこうと思い、用が済んだ虫籠を明日香に返した。


「けど久しぶりに見たわあんたのそういうなにかに一生懸命打ち込んでる姿」


「そうか? いつもこんなんじゃないか?」


「どうだかね」


 妙に満足そうな顔をしながら明日香は虫籠を戻すためにまた道場を後にしていった。



……

 特訓5日目、最終日の深夜。


「やめ! やめ! やめ!」


「もう1回だけ最後にやろうぜ」


 俺から逃げるように道場の明かりを消しながら玄関に向かう加賀斗を俺は後ろから呼び止めるが、うんざりした様子で加賀斗はこちらを向き言い放った。


「最後にもう1回? それはさっき! その前も! というかこの1時間くらいずっと聞いてるぞ!!」


 痛いところを突かれた。確かに俺は加賀斗に最後に1対1の組み手をして終わろうと言ったのは確か23時くらいだった。そしてちょうど加賀斗の背後にある時計は0時30分過ぎを指しているので、いま言った『1時間』というのは外れているが、それは訂正しない方がいいだろう。


 最初の30分くらいは魔昼も明日香も終わるまで道場の隅に腰を下ろして待ってくれていたが一向に終わる気配がないのですでにここを後にしていた。なのでむしろここまで付き合ってくれている加賀斗には感謝すべきなのだろうがどうしても俺はこのままで終わりたくなかった。


「いや頼むよマジで! 今度こそ本当に最後だから!」


「うるさい黙れ、俺はもう寝る」


 俺の懇願も虚しく徒労に終わり、加賀斗はついに玄関に辿り着き靴を履き出したので、仕方なく俺も折れて自分の靴を履いて戸締りをし、この5日間文字通り朝から晩まで過ごした道場を後にした。


「くそ! 1回くらいお前らに勝ちたかったー」


 特訓初日にボコボコにされた加賀斗と明日香、そのどちらかに勝つというのがこの特訓中の中間目標だったが、結局それは達成できなかった。


「けど魔昼と一緒の2対2なら何回か勝てたろ」


「俺だけの力で1回くらい勝ちたかったんだよ」


「バーカ、たかだか数日努力したくらいで俺や明日香にに追いつけるかっての、そんなことより明日の本番のことの方を考えてろ」


 そうか、ついに明日か。魔昼と再会してなんだかんだで一時的だがまた魔法使いに戻って、特訓して……なんだかあっという間だったな。


「そういえば俺って明日は刃と戦うんだよな?」


「そうだな」


「あと1人は誰が出るんだ?」

 

 明日の御前試合、神崎刃と戦うことになるとはもう聞いているが、俺と一緒に戦ってくれる魔昼がいるように、刃の方にも誰かしら一緒に戦う従者いるはずだ。


「あー、確かソウシが出るんじゃなかったか?」


 神崎ソウシ。神崎家とうちの家はそれなりに交流があるので、その人物のこともすぐに誰かわかった。


「あいつかー」


「まあ明日は負けるなとはいわんが、いい勝負になるよう頑張れよ。俺達と始めてやった時みたいに一瞬でやられちまったら神崎のとこのお偉いさん達の笑いものになっちまう」


「ああ、別にお偉いさんがどうのこうのはどうでもいいけど、せっかく久しぶりに刃とソウシと戦えるのにすぐ終わっちまうなんて勿体無いからな。明日は思いっきり楽しむよ」


 正直いま俺は明日の勝敗の心配なんてこれっぽっちもしていなかった。ただ刃とソウシという強敵と明日は思いっきり真剣勝負で戦える、ただただその事実に胸を高鳴らせていた。


続く

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