第3話「よくわからん」
「やっぱり気が変わった、でてやるよその御前試合ってのに。だからその手を放せ、今すぐ」
ズキッ! その宣言と同時に一瞬また頭痛がしてきたが俺はそれに耐えながら暮魔を睨みつける。
「あれ? てっきり君は喜んでくれるかと思ったんだけどな」
「気が変わったって言ったろ? 確かにお前の言う通りこいつには色々と迷惑を受けたが、それはもう許したし俺は魔昼と御前試合に出ると決めたんだからそれまでこいつは家で預かる」
暮魔は一向に魔昼を引く手を放す気配はないので俺は魔昼を連れ行く理由がもう存在しないことを丁寧に説明してやる。
「……わかったよ。ここは大人しく引き下がりますよ」
数秒俺と睨み合ったのち暮魔は魔昼をはなして両手を挙げて『やれやれ』とジェスチャーをした。それから1人襖で廊下に出ようとしたが一度足を止め、こちらに背を向けたまま聞いてきた。
「ところでそこに座っている彼」
俺はまだ突っ立ったままなのでこの『彼』とは消去法で考えた場合、俺の横で正座している加賀斗のことになる。
「どこかで会ったことあるかな?」
「いや今日が初対面だ」
なんだそれ?
この奇妙なやりとりに俺が心の中で突っ込みをいれていると
「……あーこれ、前の方のやつか」
暮魔は勝手に1人で納得した様子で部屋から出て行った。
……
夢を見た。
夢の中で俺は地面に仰向けに倒れて空を見上げていた。雲1つない青空が広がっていたがくもって見えた。なぜなら薄灰色の煙が周囲に充満していたからだ。
首を右に回して周りを見てみると煙の出所がわかった。俺の周囲に小さな火柱が点々と存在していた。だがそんなことより驚いたのは俺の右手が丸焦げになっていることだった。
前に焚き火したときに見た炭化して真っ黒になった木、あれに近い見た目。ちょっとつついたら粉々になりそうで、夢だから感覚はないが凄く痛そうだなと思った。そんなボロボロな状態だが俺の右手はしっかりと一振の刀を握っていた。
それを見て俺は嫌でも思い出す。これはただの夢じゃない昔本当にあった出来事、俺が魔法と決別する決心をした日の記憶。
首が勝手に回り、俺の顔はさっきとは逆の左方向を見る。そこには俺の予想通りの光景があった。出来ればもう見たくなどなかったが俺はこの事実から目を背けてはいけない。
左を見るとそこにいたのは、焼け焦げてボロボロになって倒れている魔昼の姿だった。
そうだ、俺はあの日もう少しで魔昼を殺すところだったんだ。
……
「煉……煉……起きなさいってば煉!」
体を激しく揺さぶられる感覚で目を覚ます。上半身を布団から起こし眠い目をこすっているうちに段々と意識が覚醒してくる。枕元に置いてある目覚まし時計に目をやると時刻はまだ5時31分だった。
「はや……」
「早くない!」
思わず呟いたところを鋭く指摘された。声に反応して顔を上げところでようやく自分が魔昼に起こされたということに気づいた。
「昨日5時に起きて15分に道場集合って自分で言ったくせに何呑気に寝てんのよ」
「そんなこと言ったっけ?」
「言ったわよ! 御前試合までもう時間がないから今日から学校もしばらく休んで魔道の鍛錬するって話の流れで」
「あーそうだったかも」
「全く昨日、兄さんにあんな偉そうに啖呵を切っておいてこの体たらくじゃ先が思いやられるわ……」
兄さん。昨日始めてあった血は繋がってないが魔昼の義兄だという男。少なくとも俺と魔昼がまだ交流があったころ桂木家にあんな男はいなかったはずだ。あいつがなんなのか魔昼に直接聞きたい所だが、昨日の2人のやり取りから察するに良好な関係ではないようなので今は首を突っ込むのはやめておこう。
「ちょっと聞いてるの煉?」
「え? 悪いなんか言ってたのか?」
「ほんとしっかりしてよね。私、先に道場でウォーミングアップしてるからあんたもなるべく早く来てよね」
「わかった、顔洗って着替えたらすぐ行く」
……そうか俺は3年ぶりに今日魔法を使うのか。
魔昼が部屋から出て1人になったところで俺はようやくその実感がわいてきていた。
……
屋敷の裏に置かれている道場についた俺は早速魔昼の指導を受けていた。
「確かあんたの適正魔法は炎だったわね?」
人は誰しも生まれながらに得意とする魔法を1つ以上持つ、その魔法のことを適性魔法という。
「それじゃあまずは準備運動ってことで指先に炎を出してみて」
魔昼の動きに習って俺も人差し指を1本立てる。あとは魔法でこの指先に蠟燭みたいに火をつければいいだけなのだが。
「……あんたひょっとしてできないの?」
10秒待っても何も起きなかった結果、魔昼はその事実に気がついてしまったようだ。
「いやー3年も何もしてないとすっかり忘れちまうもんだなー」
「呆れた、まさかそこからなんて」
「うるせーな、忘れちまったもんは仕方ねーだろ! さっさとやり方教えろ」
「まあ1から魔法の発動方法を教えるんだったらちょっと骨だけど、あんたの場合は1回発動できれば感覚を思い出してなんとかなるはずだから、そうね……あんた魔法の良し悪しは何で決まるか覚えている?」
「魔力?」
突然始まったクイズに俺は戸惑いながらも1番初めに思い浮かんだ答えをそのまま口に出す。
「確かにどれだけの魔力を込めるかも大事だけど同じくらい大事なのは感情、もっといえば心よ。心と魔法は繋がってる、今どき小学生でも知ってる魔法の基礎原理よ、思い出した?」
言われてみれば昔、確かにそう教わった気がする。
「ということで、そうね……最近あった嬉しいことを思い浮かべてみて」
最近あった嬉しいこと、また随分ざっくりとした質問だ。藪から棒にそう聞かれると中々何も思い浮かんでこない。とりあえず直近の昨日の出来事を思い浮かべてみる。
昨日はいつも通り学校に行って、陸上部の練習に参加して……そういえばあいつらには悪いことしたな、怪我した選手の代わりに俺がリレーを走る約束をしていたが、この御前試合に出なければいけなくなったから昨日の夜、部長にチャットで事情を伝えて強引に辞退してしまった。今度学校であったらちゃんと直接謝らないとな。
「ちょっと煉! 集中してるの? 全然火が付く気配ないわよ」
おっと今はそんなことを考えてる場合じゃなかったな。えーっと昨日はその後、家に帰る前に川でボーっとして、それから公園でこいつに会って……。
「な、何よ! 今度は急にこっちのことジロジロ見て」
「……やっぱりこれやめないか? そんな急に嬉しかったことなんて言われても思い浮かばねーよ」
「そうじゃあ悲しかったことは?」
うわ、それはそれで思いつかないな。けどまあさっきのお題のまま続けてたらなんとなくまずかった気がするからこれでいいか。悲しかったことか、悲しかったこと……
不意に浮かんだのは昨日見た2つの光景、まだ白紙の進路希望調査書、それから俺を置いて先に帰る加賀斗と明日香の後ろ姿。
なんでこの2つ? 自分のことながらその真意がわからず、推理してみようとしたところ。
「あ、ついた」
魔昼の言う通りいつの間にか俺の指先には3センチ程度の長細い火がついていた。
「こっちはうまくいったわね、最近なにか悲しいことあったの?」
「……いや、よくわからん」
……
「ほっ!」
俺の掛け声に合わせて上に向けていた手のひらから火柱が上がる。あれから半日近く特訓した結果俺はだいぶ勘を取り戻した。
「とりあえずスタートラインに立てたってところね」
朝からずっと横であれこれ騒いでた魔昼からもようやく合格をもらえた。
「おーやってる、やってる」
「2人共おつかれー」
ちょうどそこに学校に行っていた加賀斗と明日香の2人が帰ってきた。
「なんだよ、いま特訓してるんだから邪魔すんなよ」
「いやいや普段ここは俺らが鍛錬に使ってるんだよ。御前試合が終わるまでの間は2人の邪魔しないようにしろって言われて譲ってんだから感謝しろよ」
「で? 少しは感覚取り戻せたの?」
「あったりまえよ」
俺は聞いてきた明日香に向けてピースサインをしながら、突き立てた2本指の先から火を出した。
「なら早速試してみるか?」
「え?」
「そう、感覚を取り戻したなら次は早速実戦よ。なんせ本番までもう時間がないから、連携を鍛えるためにこれから早速私とあんた、加賀斗と明日香ちゃんの2対2で勝負するの」
なるほど、だから2人は俺達がいて道場が使えないのにわざわざここに来たわけか。正直ようやく手から火を出すコツを思い出せただけのこの状態でいきなり対戦なんて不安しかないが、
「いいね、面白そうだ」
俺はここ数年感じたことないくらいいまワクワクしていた。
……
俺は一応ここにいる3人の適性魔法を把握している。まず一緒に戦う魔昼は雷魔法の適性持ちだ。魔法使いは魔力を全身に纏うことで身体能力を強化させ、常人を遥かに凌駕する動きが可能となるが、雷魔法の場合これが更に強力で、文字通り雷の様に速く、鋭い動きを可能として魔昼はこの力で相手をフルボッコにするのを得意とする。
一方で対戦相手の加賀斗と明日香、まず加賀斗は闇魔法の適性持ちだ。闇魔法は逆に使ってもそれほど速くはならないが変わりに圧倒的な防御力と攻撃力を誇るため、加賀斗は相手の攻撃を捌いてカウンターで一発逆転という戦法が得意だ。
明日香の方は魔昼と同じく雷魔法が得意だが、インファイトをガンガン仕掛ける魔昼と違い、距離を取って電撃を放ち痺れさせるなど相手に不利益な効果を与えるいやらしい戦法を得意とする。
対戦前に俺が3年前の記憶を頼りにざっと3人の能力を確認していると魔昼が俺に近寄り耳打ちをしてきた。
「始まった瞬間2人の中間くらいを狙って炎で焼き払って」
「おう、やってみる」
「その炎で2人を分断できたら私は加賀斗を集中して狙うからあんたはその後明日香ちゃんが邪魔しないよう適当に炎で牽制して」
今日ようやく感覚取り戻しただけの俺が、この3年間の間も鍛錬し続けた明日香相手に牽制だけとはいえしっかりできるのだろうか。
一瞬不安になりかけるが、そん弱気な考えはすぐに捨て去る。
「任せとけって」
……
「じゃあ始めるか?」
俺と魔昼は道場の真ん中に立ち加賀斗、明日香の2人と向き合う。
「いつでもいいぞ」
「右に同じく」
「よし、じゃー始め」
パン! 俺と魔昼の承認を経て加賀斗は試合開始の合図として手を叩いた、その瞬間。
「おらっ!!」
俺は試合開始前から右手にこめていた魔力を直径30センチくらいの火球をドッチボールの感覚で魔昼の注文通り2人の間に投げこむ。
「あぶねっ!」
「おっと!」
ボンッ! 明日香は左に加賀斗は右に跳んでこれを避けたため、火球はそのまま床に直撃してちょっとした爆発が起きる。
木造建築のこの道場でそんなことが起きたら普通火事になるが、普段から魔道の修練に使われているここの床や壁は魔法に強い耐性を持つように作られているため床には焦げの1つすらつくことはなかった。
「いきなりだな、おい」
緊急回避からなんとか態勢を立て直そうとした加賀斗の背後には、俺の火球が爆発する数秒前に隣から駆け出した魔昼が迫っていた。
「やべっ!」
加賀斗はまるで後ろに目がついているのかのようにすぐに背後に回った魔昼に反応し、体を反転させる。
シャキン!
魔昼と加賀斗、対峙する両者の手元が一瞬ひかる。その光が消えると魔昼の手には1本、加賀斗には右と左の両方の手に日本刀が握られていた。
キーン!!
魔昼が上段の構えで振るった刀の軌道を読み、その進路上に置かれていた加賀斗の2本の刀がこれを受け止め甲高い金属音が道場内に響く。
普通に考えてこんな練習試合で真剣を使って斬り合うなんて物騒なことこの上ないが、2人が使う刀はただの鋼で作られた日本刀ではなく魔刀、つまりは製造の過程で魔法が使われたもので普通の剣や刀とは異なる様々な特徴がある。
例えばいま2人がやってみせたように1度所有者となった者が魔力を行使すれば、どれだけ離れていても手元へ一瞬で表れることなどがあげられるが、いちばんの特徴はこの刀の刃が斬り裂くのは人の肉体ではなく体内に眠る魔力という点だ。
体の大部分もしくは魔力が特に集中している胸の部分を斬られて著しく魔力が消失すると人はそのまま意識を失うこともある。だが言ってしまえばそれだけ、その場合でも通常2時間程度で目を覚ますのでわりと護身用に持っている人もいたりいなかったりするらしい。
キーン!
その後も魔昼は加賀斗に果敢に斬りかかる、加賀斗はこれをなんとかしのいでいるが押されているのは明らだった、このままいけばいずれ加賀斗は魔昼に斬られるだろう。
しかしそう簡単にことは運ばない、加賀斗を援護しようと動いた明日香の動きを俺は視界に捉え。
「させるか!」
先ほど同じように火球を投げつける。
「鬱陶しい!」
瞬間、明日香の頭上に魔法陣が展開し、そこから俺がいま投げたのと同じくらいの雷魔法の球が飛び出してぶつかり爆発する。
「牽制大成功」
俺が自信満々に独り言を呟いた瞬間に ブワッ! 爆風を突き抜けあらたにもう1つ雷球がこちらに向かってくる。どうやら明日香は俺と違って全く同じ起動上に2つの魔法を放っていようだ。
「せこいぞ!」
今からでは火球をまた作って相殺することも、跳んで回避するのも間に合わないため、俺に出来るのは精一杯の罵倒を叫ぶことだけだった。
その直後 バチーン!! 雷球は俺に直撃、全身にビリビリと電撃が走る衝撃を感じ、俺はそのまま前のめりに体制を崩し倒れた。
「バーカ」
明日香の呆れ声を最後に俺の意識は完全に途切れた。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます