第2話「でてやるよ」

「3年ぶりだな魔昼」


「ひ、久しぶり」


 ……いやいや呑気に話してる場合じゃないだろ俺。なんでこいつは木の上にいるんだ? いつこの街に帰ってきた? 


 全く良きせぬタイミングで数年ぶりの再開を果たした俺は彼女に色々と聞きたいことがあった。だがそのどれから質問するか決めかねているうちに魔昼の方が先に進言してきた。


「あの~色々と話したいことがあるんだけど」


 珍しく遠慮がちに話す魔昼の態度が気になりながらも俺は返事をする。


「お、おう。俺もそうだわ」


「とりあえず受け止めてくれない?」


「は?」


 『どういうこと?』と聞く暇もなく魔昼は勝手に意を決して飛び降りた。このままだとほんの数秒後に地面に激突するだろう。


 体が反射的に動き、数歩先にあった魔昼の着地地点に回り込んで腕を伸ばす。


 バタン!! 頭上から落ちてきた魔昼の体とぶつかりその衝撃で俺は背中を撃って倒れた。


「~って! いきなり何やってんだよ!」


「しょうがないでしょ一刻も早く降りたかったんだから! 私、高所恐怖症なのよ!?」


 すぐ上で、俺の体に覆い被さりながら魔昼は早口でそう言う。


「別に俺が受け止めなくても魔力で体を包めば怪我なんてしないだろ!」


「怖くてそんなことできないわよ!」


「だいたい怖いくせになんでわざわざあんな所に上っただよ?」


 俺が聞くと魔昼は『それは……』とかなんとか言って一度口ごもってから、やがて決心したように話しだした。


「たまたまこの公園を通りかかったら、木の上にボールが引っかかって困っている小学生がいたから私が登ってあげたのよ」


 たしかにここは地域の小学生達の放課後の遊び場なのでその流れは容易に想像できる。


「けど、その……お、思ったよりも高い所に上ってるってことに下にボールを落とす時に始めて気づいて。子供たちに助けてもらおうかと思ったけどあの子たちボールを取り戻したらそのままそそくさと帰っちゃったのよ! それからなんとか降りる決心を固めようとしてたらいつの間にか寝てて……」


「いや普通その状況で寝れないだろ、落ちたらどうすんだよ、アホなのか?」


「う、うるさいわねー! 落ちなかったんだからいいでしょー!」


 そうだったな。こいつはこういうとんでもない奴だった。


「ハハッ!」


 俺は懐かしさと呆れから短い笑いが出たがすぐに、魔昼からもの凄い怒気がこめられた視線を向けられ、あっちから手を出される前に笑いを納めて視線を逸らす。


「とりあえずいい加減どいてくれよ」


「ああ、ごめん」


 俺に言われてようやく魔昼は立ち上がり、どいてくれた。 


「全く、とんだ3年ぶりの再会ね」


 俺も立ち上がり背中についた土ぼこりを手ではらっているとそんなことを言われた。


「いや俺の台詞な」


「とりあえず移動しましょう、ここでいつまでも騒いでたら近所迷惑になるだろうし」


 どちらかといえばさっきから声をはっているのはそちらなのだが、それに触れたらまたこの公園付近のお家にご迷惑をかけそうなので俺はそれを言葉にせず、変わりに質問を1つ投げかけた。


「行くってどこにだよ?」


「あんたの家よ、聞いてないの? 私、今日からしばらくあんたの家にお邪魔させてもらうことになってるんだけど」


「はあーーー!?」


 質問した結果、近所迷惑するのは俺自身となってしまった。



……

 それから歩くこと10分と少し。俺は1秒でも早く家に帰ってこれがどういうことなのか問い詰めるため、早歩きすることに集中していて、魔昼との会話はそれ以降殆どなく家の前まで到着した。


「相変わらず大きいわね」


 自分でもいうのもなんだが俺の家はいま魔昼が言った通りなんというかこう……立派だ。家というよりは屋敷と表現した方が近いかもしれない。そこら辺のスーパーより広い敷地内に置かれた一階建ての和風建築。


 別にこんなに立派なところに住んでるのは親が有名企業の社長さんとかそういうわけではない。ただ家は昔からこの辺のいわうる地主という奴で、あとついでに魔力革命が起きて魔法使いの存在がこの世界に知れわたるよりもはるか昔から存在し、代々この国の魔法使い達を牛耳ってきた家の1つ御三家なんて呼ばれている家ってくらいだ。


 なので俺も昔は魔法使になるため12歳までは色々としごかれた……だがある日、色々あって俺は魔法使いとしての道とは完全に決別した。だから俺は魔法とはもう無関係、どこにでもいる普通の中学生だ。 


「おそーい!!」


 玄関を開けてたところ、言うつもりもなかったが『ただいま』というよりも暇もなく怒鳴り声に迎えられる。


「全く、こんな時間までどこで油を売っておったんじゃ!?」


 靴を脱ぐ隙さえ与えず俺に怒っているのは母、天神蓮華だった。いつも急がしくて家には月に数える程度しかいないのに今日に限って……いや今日だからいるのか?


「なんか川でボーっとしてたら2時間くらいたってたんだよ」


「川で2時間だと~?」


 母さんは怒気をこめながら俺が言ったことを復唱した。そこからもうひと怒鳴りくるかと思ったが、そこで何か違和感に気づいたようで、母さんは一度その場で天井を数秒見上げてから、顔を元の位置に戻し確認してきた。


「え? 川で2時間ボーっとしておったのか?」


「してた」


「……我が子よ、お前は病気なのか? 正直川で2時間もボーっとする精神が血が繋がっている私でもまるで理解できぬのだが」


「うるせーな! 俺だってやりたくてやってたわけじゃねーよ! なんか気づいたら凄い時間が過ぎてたんだよ」


「どうしたんだい蓮華さん? 『たまにはビシッとしかってやる!』って張り切って出て行ったのにもう静かになったけど」


 続けて奥からやってきたのは俺の父、天神花火だった。


「大変じゃ花火! 煉の奴は病気かもしれん」


「だから俺は病気じゃねーよ!」


「病気の奴はみんなそういうのじゃ」


「病気じゃない奴も言うわ!!」


 気づけば話がおかしな方に広がり、収拾がつかなくなりかけていたが、これまでずっと外でこのよくわからない会話を聞かされていた魔昼がとうとう痺れをきらし動いた。


「あの~、お邪魔しま~す」


 俺の後ろから控え目な声をあげながら魔昼が姿を現すことで場は一旦静かになった……と思ったが、


「年頃の男女が川で2時間……」


 この距離でもしっかりとは聞き取れない小声で母さんは何か呟いてから


「煉! お前いつの間にそんな大人になって!!」


「は?」


「母さん達はもっとしっかりと手順を踏んどったぞ!!」


 頬を真っ赤に染めながらそのまま走ってこの場を去ってしまった。


「あれ? ちょっと蓮華さん? ……行っちゃったよ。まあ、よくわからないけど魔昼ちゃん久しぶりだね、どうぞ上がってください。それから煉、ちゃんと門限は守りなさい、あんまり帰りが遅いとお父さん達心配になるんだから」


 ああ、多分最初から母さんじゃなくて父さんが迎えてくれたら、あんなよく分からないやりとりはしなくてすんだんだろうな。


「すいませんでしたー」


 俺は自分の両親が片方だけでもまともだったことに感謝しながら魔昼と共に、ようやく靴を脱いで家に上がった。 



……

 ガラッ、一度自分の部屋に荷物を下ろしてすぐ、俺は居間の襖を開けて中に入った。そこには既に加賀斗、明日香、魔昼の3人が先にいた。


「お、ようやく来たか非行少年」


 襖のすぐ近くで胡坐をかいて待っていた加賀斗が俺を迎える。

 

「ちょっと門限過ぎたくらいで大げさなんだよ」


 俺はそのまま加賀斗の横に腰を下ろした。すると嫌でも見えるのは、対面に座る明日香と魔昼の2人が『久しぶりー』、『元気だった?』などと3年ぶりの再会を喜ぶ姿だった。


「ちなみにお前もあんな感じだったのか?」


 加賀斗があるはずのない質問をしてきたので俺は真実を包み隠さず伝える。


「再会して1分後には喧嘩してた」


「ははっ、そういやお前ら昔からよく喧嘩してたな」 


 ガラッ、先ほど俺が閉めた襖が再び開き、今度は父さんが俺達と対面にいる魔昼達との間に座る。


「さて、まずは改めて、魔昼ちゃん久しぶりだね」


「お久しぶりです、花火さん」


 魔昼は丁寧に頭を下げて父さんとの挨拶をし終えたのを確認した俺は、公園からここまでずっと我慢していた疑問について、やっと問い詰め始める。


「まてまて、そもそもなんで魔昼がいまここにいるんだ? しかも今日からしばらく家で暮らすって聞いたんだけど?」


「そうだね、どこから説明したものか……まず第一に、今日から1週間後に家で会合があるんだ」


 『会合』、というのは天神、神崎、神原の魔道御三家の大人達が定期的に一ヶ所に集り、詳しい内容は知らないがとにかく大事な話をするというもの。まだガキの俺にはそれくらいの認識でしかないので『会合があるんだ』と言われても『へー』くらいしか感想はない。


「いつも通りなら話し合いが終わった後はみんなで会食という流れだけど今回は少し違って会食の前に1つ催し物をすることになった。それが御前試合」


「御前試合?」


「まあ簡単に言ってしまえば御三家の子供同士が従者を1人つけて2対2での決闘を行うということだ」


 御三家の子供、従者をつけて決闘する。……俺は一応、御三家の当主の息子、そして昔馴染みの魔法使いが突然今日、このタイミングでその俺の前に再び姿を現した。ここまで材料が揃っていればバカでも答えは出る。


「俺がそれに出ろってことか!?」


「つまりはそういうことだね」


「嫌だ! 俺はそんなの絶対出ないぞ!」


 思いっきり声を荒げて反発すると、父さんは『やっぱりそうなるよねー』と言わんばかりに苦笑した。


「だいたい俺はもう魔法は使わないって言ったろ? そういうのはあのバカ兄貴にやらせればいいんだよ!」


 そう、この天神家に生まれた子供は俺だけじゃない。俺より1年先に生まれたあいつはすでに中学を卒業し高校に進学し、そこの寮で現在生活を行っているので今ここにはいないが、それでもこういうのの担当は俺じゃなくてあのバカ兄貴の方が適任のはずだ。事情を話してその日だけここに呼び戻せばいい。


「いや基本的にこの御前試合というのは代々同じ年に生まれた子同士でやるというのがしきたりらしくて。今回の相手は神崎家の刃君が出るんだ」


 神崎刃(かんざきやいば)、それは俺もよく知る人物。それこそ『会合』などが開かれると必ず顔を合わせて一緒に終わるまで遊んで時間をつぶす、友達といっていい関係。


 そういえば子供の頃に何度か手合わせしたことがあったが、俺はもうここ3年魔道とは完全に別離した。たいして、あいつは俺と違って家を継ぐためにその間も真剣に魔道と向き合い腕を磨いていたはずだ。そんな2人が助っ人がつくとはいえまともに戦えば結果は火を見るよりも明らかだ。


「なんでそんなの受けたんだよ! 俺が刃にボコられるの見世物にするつもりなのか?」


「いや勿論大事な息子をそんな目にあわせるつもりはないよ。ただ色々と手違いがあってもう今さら中止とも言えない状況なんだ。だから申し訳ないけど煉にはこの1週間の間だけ魔法使いに復帰して魔昼ちゃんと一緒に御前試合にでてほしいんだ、頼む」


 父さんは本当に申し訳なさそうに頭を下げていて、確かにそこから謝罪の誠意は伝わってくるが、だからっていきなり面倒ごとに巻き込まれた理不尽に対する俺の怒りは収まらない。というかやっぱり俺と一緒に戦うのは魔昼なのかよ。


「嫌だね、俺はそんなの絶対に出ない! 俺はもう魔道からは離れたんだ。大人しく今からでもやっぱり御前試合は無しにしますって神崎家の人に言って謝ってこいよ」


「ダメよ煉、あんたは御前試合に出なさい」

 

 怒りに狂う俺をたしなめたのは父さんではなく当事者の1人である魔昼だった。

 

「あんたにとっては面倒ごとにかもしれないけど私にとってはこれはチャンスなの。御前試合に出れば御三家の人達の前で私の実力を証明できる」


「それもお前の都合だろ!」


「けどあんたは私の都合に付き合う『借り』があるはずよ」


「ぐっ……!」


 そう言われて俺は言葉が詰まった。なぜなら魔昼の言う通り俺はこいつに確かに『借り』がある。3年前、魔法から別離した日、俺は魔昼を……


「反論はないようね。ならこの件は正式に決定ていうことでお願いします花火さん」


「まあ、落ち着きなよ魔昼」


 勝手に話を進めようとする魔昼に待ったをかけたのは俺ではなく襖の向こうから響く聞きなれない声だった。 


 ガタッ、襖が開き姿を現したのは同い年くらいの見知らぬ少年。『お前は誰だ?』と聞きこうとするよりも先に後ろから答えが聞こえた。


「兄さん?」


「は?」


 俺は思わず驚いて声がした方に振り返ると、さっきまで偉そうに俺にすごんでいた魔昼の顔は見る影もなく、青ざめていた。


「天神家のみなさんこんばんは。私は魔昼の義兄、桂木暮魔です」


 これまで例え義理とはいえ魔昼に兄妹がいるなんて聞いていなかった俺は内心、完全に動揺して言葉を失っていた。そうしてるうちに暮魔は話を続けた。 


「途中から外で話は聞いてたけど魔昼、天神家のご子息にあの態度はないいじゃないかな? あれじゃあ完全に脅しただよ」


 どうしてだろう、こいつが言ってることは完全に俺側の意見だ、本来なら『そうだ、そうだ』と同意して好感を持つ所なのだろうが、なんというか俺がいまこいつに持っているのは全く逆の、気に食わないという感情だった。


「兄さんこれは私と煉の問題です、口出ししないでください」


 まだ顔色はいいとは言えないが、魔昼はなんとか声だけでも平静を保たせながら反論する。


「そうはいかないよ、突然家を飛び出したかと思ったら天神家に乗り込んで本人は拒否してるのに御前試合に出させようとするなんて迷惑な話だ。君はどれだけ桂木家に泥を塗る気なんだい?」


 暮魔の発言の特に最後の方に反応して、よくなりかけていた魔昼の顔は再び青くなる。


「わ、私は、ただ……」


 俯いて何か言おうとするがそれは途中で途切れ、ちゃんと言葉として発せられることはなかった。


「これ以上恥を晒す前に家に帰るよ魔昼、全く君は本当に役立たずだね」


 暮魔はそう言うとその場に凍り付いている魔昼の手を引いて立ち上がらせてこの部屋から連れ出そうとする。


「うちの者がお騒がせしてすいませんでした」 


 これで一件落着、俺の相方でやる気満々だった魔昼さえいなくなればこの話をなかったことにするのはそう難しくないはず。そうなれば俺の日常は保たれる。明日からもまた魔法がない青春が……


 その時、俺のすぐ横を通って開けた襖を跨いで部屋から連れ出されていく魔昼と俺の目が合ってしまった。長い付き合いだが始めて見る、あいつの不安そうで今にも泣きだしそうな顔……


「待てよ」


 俺は手を伸ばし、魔昼を強引に引き続ける暮魔の手を掴み静止させた。


「やっぱり気が変わった、出てやるよ。その御前試合ってのに。だからその手を放せ、今すぐ」


 それは俺が再び魔道の世界に足を踏み入れる宣言でもあった。


続く

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