魔法のある青春
ドル
まだ魔法がない青春
第1話「ここにいるけど」
あれは確か俺がまだ小学生にもなってない頃、6才の時のことだ。その日俺は両親の知り合いの家で行われた社交パーティーというものに連れて来られていた。そういう場に来たのは別に始めてではなかったので、その催しがどれほど退屈でつまらないイベントであるかを俺は知っていた。
なのでその日、思いっきて両親の目を盗み、パーティーから抜け出してみた。パーティー会場となっていた主催者の屋敷から出て、適当に庭を散歩してみた。
そのまましばらく庭をうろうろしているうちに、隅に置かれている木造建築が目に着いた。見覚えのあるその建物の正体はすぐにわかった。道場だ。
その中から見えてくる光とかすかに聞こえてくる物音から誰かが使用してることもすぐ理解した。そして俺はその道場のことがなんとなく気になり足を踏み入れた。
靴を脱いで中に上がり、ふすまを少し開き中を覗いて見た。その先の光景を両目が捉えた瞬間、俺は人生で始めて目を奪われるという感覚を体験した。
道場の中にいたのは俺と同じくらいの歳のショートヘア黒髪の少女。彼女は道場の真ん中で1人日本刀を両手で持ちまるで自分の体の一部のように操っていた。普通に考えて俺とたいして年の変わらないような見た目の少女が鋼鉄でできた刀を振り回すなんてあり得ないことだが俺にはすぐその理由がわかった。
目を凝らして見てみると彼女の全身を白いもやもやが包んでいるのがわかる、あれは魔力だ。つまりは少女は俺と同じく魔法使いなのだろう。
そんな彼女に見とれる俺の視線を感じたのか、やがて彼女はこちらの存在に気づき、驚いて視線と体勢をこちらに向け、少し緊張気味に俺に聞いてきた。
「あなた誰ですか?」
この状況に適切な至極真っ当な質問だった。
「俺は煉、天神煉(てんじれん)」
「天神?」
どうやら俺の名字の方に彼女は聞き覚えがあったようで、どうにか思い出そうと頭をひねっていたが、俺はそれを待たずに聞き返す。
「お前の名前は?」
「桂木魔昼(かつらぎまひる)……です」
彼女は短くはっきりと名前を教えてくれた。
さてこれで互いの氏名がわかり見ず知らずの他人では無くなったので俺はさっきからずっと持っていた彼女に対する願望をそのまま伝えた。
「なあ、俺と勝負しようぜ」
それまでどこか警戒するように見ていた彼女の目の色が変わり、楽しそうに笑いながら返事をした。
「いいわよ」
……
魔力、そう呼ばれる目には見えない未知のエネルギーが大気中、人間の体内中に存在するという大発見はまさにこの国を震えあがらせるほどの事件だった。
しかし国中を震えあがらせる事件はさらにもう1つあった、それは自らを魔法使いと名乗る存在が現れたことだった。彼等は遥か昔からひっそりと魔力とそれを効率よく利用して物理法則を越えた超常現象を起こす方法、魔法という技術の研究をしていた。太古から決して部外者の人間に存在を悟られないようつとめてきたが今回魔力の存在が世に露見したため、魔力の悪用を未然に防ぐため世界に接触したという。
これら2つの大事件はまとめて魔力革命と呼ばれ、今では歴史の教科書にちゃんと太字で書かれてもれなくテストでよく出る単語認定されている。そんないま、人はサッカーやピアノ教室くらいの感覚で魔法を学べるようになっていた。
だがそんな大事件も俺には特に関係ない。なぜなら俺は魔法なんて使えないどこにでもいる普通の中学生だからだ。
……
「うーん」
中学3年の夏、既にその日の授業は全て終了し、部活動に向かう者、残って勉強に励む者、みなが思い思いの支度を進めて騒がしい教室。そんな中で俺は自身の教室の机の上に無造作に置かれている書類を見て唸っていた。
紙面の一番上にはでかでかと『進路希望調査』と書かれていてその下には第一希望、第二希望、第三希望という3つの項目があったが、現状そのどれも空欄だった。
「煉、お前まだ出してなかったのかよ」
目線を書類からはなして声がした方に向けるとそこにはかれこれ10年以上の付き合いになる仲で同じクラス、ついでに同じ家に住む加賀斗暁(かがとあきら)の姿があった。
「私達はもうとっくに出したわよ」
加賀斗の後ろからひょっこり姿を現したのは、これまたガキの頃からの付き合いで同じクラス、同じ家で暮らす椎名明日香(しいなあすか)。
さっきからなんでこんな一緒の家に暮らしている奴がクラスメイトに2人もいるのか気になってるかもしれないが、簡単に言ってしまえば加賀斗の家と明日香の家は昔から俺の生まれた天神家に代々仕えている家で、たまたま歳が同じ俺らは昔から一塊にして育てられてきた、それだけの話だ。
「俺はお前等と違って色々将来のことを考えてるんだよ」
「どうだか」
「まあ言うだけなら誰でもできるからな」
2人のトゲのある返しにムッとしながらも、俺は聞いた。
「お前らは神守学園なんだっけ?」
「この先魔法使いとしてこの先やってくならそこしかない」
「まあ私も加賀斗も将来は家の手伝いをしてくってもう決めたからね」
神守学園、誰もが一度は名前くらい聞いたことがあるこの国で1、2を争う超名門の魔法学校。加賀斗家も椎名家もそれなりに歴史がある魔導名家のため既にその神守学園の推薦が決まっている
俺も魔法使いとして将来生きていく予定だったらそこに入学していたんだろうな。
「……また今度考えるか」
俺はそう言うと置いてあった進路希望調査書をファイルに入れてから鞄にしまい、席から立ちあがる。
「適当だなー」
「まあまだ提出まで1週間以上あるし、ぼちぼち考えとくよ」
そのまま鞄を背負い俺は加賀斗と明日香と共に廊下に出たところ、急いでこちらに駆け寄ってくる人影があった。
「煉、迎えに来たぞ! さあ早速練習に行こう!」
人影の正体は隣のクラスで友達の陸上部部長だった。一応最初に言っておくと俺は別に陸上部に所属しているわけではない。
「なんだお前また引き受けたのか?」
両脇に立つ2人から呆れた視線を向けられる。
「いやーだって最後の大会だっていうのにリレーのアンカーが怪我しちまったんだぜ、同じ学校に通う仲間としてそんなの見過ごせないだろ?」
そういわば俺はその怪我をしたアンカーの代理、助っ人として今日から一時的に陸上部に所属しているだけである。
そして加賀斗がいま『また』と言った通り、こういうのは今回が始めてではない。俺は去年の夏前くらいまではサッカー部に所属していたが色々あって退部し、自分でいうのもなんだがそれなりに運動能力はあるため、ちょくちょく助っ人としてこんな風に頼られたりしている。
「そんなこといってどうせまた報酬目当てだろ?」
「今度はなにが貰えるのよ?」
「駅前のラーメン一杯」
「あー、あそこ美味いけどちょっとたけーもんな」
「そういうこと……そうだ! 加賀斗、お前も暇なら一緒に陸上部に仮入部しようぜ」
「俺はパス、帰って親父にしごかれる約束があるからな」
加賀斗は両手を胸の前でクロスさせばってんを作り首を横に振りながら言い、それにつけ足すように明日香も言う
「来年から私達は神守学園でよその家の魔法使いとバチバチ戦うことになるから、その時恥を晒さないようにってことで最近本格的に魔法の稽古をつけられてるって前に言ったでしょ?」
「……ああ、そうだったな」
「じゃあ俺らは先に帰ってるからな煉、あんまり遅くなるなよ」
そう言うと加賀斗と明日香は俺に背を向けて歩き始めた。そのままどんどん離れていく2人の背中から俺はしばらく目が離せなかった。
……
その日俺は家に帰らなかった。
家とは反対方向にある河川敷で俺は腰を下ろし暗くなってもう辺りを包む闇と区別がつかない川水を眺めるふりをしていた。特に時間は計ってないが少なくとも2時間はもうこうしている気がする。そろそろ家の者たちが心配してそうだが今はそんなことどうでもよかった。
「なんか違ったなー」
ポツリと呟く。
陸上部の練習に参加した俺の走力は部員達の期待以上だったようで、『これなら安心して任せられる!』なんてチヤホヤされたが、俺の内心は落胆していた。
ナニかが違う。ナニかが足りない。
始めはサッカーだった。俺が欲しているナニか、サッカーならそれが得られると思って1年と少し、自分を騙しながら打ち込んでみたが結局そのナニかを得ることはなかった。
それから後は助っ人という形でがむしゃらにそれを求め、探した。野球にバスケ、バレーボール、テニス、絵とか音楽とか料理にも手を出してみたがどれも違った。唯一近いと思ったのは柔道や空手といった格闘技だったが後1歩ナニかが足りなかった。
「本当にどうしたもんかね」
俺はさっきからずっと右手に握りしめていたせいで、端の方がくしゃくしゃになった進路希望調査書の方に目を向ける。
これから先、俺はずっとナニかが足りないまま生きていくのか?
「それは嫌だな」
反射的に口が動き音を出していた。
『来年から私達は神守学園でよその家の魔法使いとバチバチ戦うことになるから、その時恥を晒さないようにってことで最近本格的に魔法の稽古をつけられてるって前に言ったでしょ?』
数時間前に明日香が言ってたことを思い出す。
ズキン
「いって!」
その瞬間、それを邪魔するように鋭い頭痛に襲われる。
だが俺は左の手で頭を抑えながら考えることをやめない。
あー、本当は知っているんだ俺は、イマの自分にナニが足りないのか。
それはもう喉まででかけている、だがそれを明確に思い浮かべることはできない、相変わらず鬱陶しい頭痛がそれを邪魔している。
「……帰るか」
そしてその痛みに負けて今日も俺はナニも気づかないふりをして帰路につく。
……
「神守学園か……やっぱりアイツもいるのかな」
帰る途中、ふと『アイツ』のことを思い出す。最後に会ったのは確か3年前、俺にとっては忘れることができないあの忌まわしき事件があった日。それまでは一応、定期的に会わされていた……いや正確には俺の方から会わせるように親に頼み込んでいたな。
けどそれももう過去の話。あんなことがあったんだ、誰かに直接聞いたわけではないが俺と『アイツ』との関係はもう解消されているのだろう。
「あ」
ふと足を止める。目の前にあるのはどこにでもあるありふれた近所の公園。普段だったらこんなものを目に止めても構わず素通りするのだが今回は違った。なんせこの公園にはついさっきまで思い浮かべていた『アイツ』との思い出が詰まっているのだ。
どうせ門限はとっくに過ぎていて怒られることは確定しているのだ。もう少しばかり寄り道でもしていくか。
俺はもう誰もいない夜の公園に足を踏み入れる。
「ちょっと久しぶりに来たけど……なんも変わってねーな」
特に意味なく一番近くにあった遊具、ジャングルジムに近づいてみた。久しぶりに登ってみようと思ったが目の前まできたところでそんな気は失せてしまった。
「ちっせー」
当時はハラハラしながら下の段から登ったジャングルジムだったが、今ではその場から少し手を上げるだけで最上段に届いてしまう。
「なるほどな、変わったのは俺の方だったわけか」
『アイツ』はどうなんだろ。
少し虚しくなってジャングルジムから離れた俺はそんなことを考えていた。
恐らくこのままいけば二度と会うことはない相手。
『アイツ』がいまどうなってるのか俺には見当もつかない。
俺みたいに背は伸びたのだろうか?
少しは女の子らしくなったのか?
相変わらず高い所は苦手なのだろうか?
……まだ世界一の魔法使いを目指しているのだろうか?
考えても当然答えは出ない。しかしそれがわかっているのになぜか俺の頭は考えることをやめない。そんな無駄な思考にピリオドを打つために俺はあえて声に出してみる。
「今頃どこで何やってんだろうなー、魔昼の奴」
「ここにいるけど」
突然頭上から懐かしい声がした。俺は雷にうたれたような衝撃を感じながらも顔を上げ声がした方を向く。一応この公園のシンボルマークとされている大木、その太い枝の上に声の主はいた。
あの頃の面影を残しながらも成長して凛として整った顔、子供の頃は鬱陶しいと言っていつも後ろで結んでいた綺麗で艶のある黒髪は肩の辺りまで伸びていた。
……改めて確認する必要などなかった、間違えるはずがない。
「3年ぶりだな魔昼」
その時、確かに俺は止まった時が動き出す音を聞いた気がした。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます