第17話

「今日はやすみだぜぇー」

 日曜日の早朝、勝手に部屋に飛び込んできた空閑が頭の上でピースを決めながら言う。

「拒否権は?」

「ない。締切が……ゲフンゲフン。空閑ちゃんも疲れることがあるのです。人間には休息が必要なのです」

 残念さを覚えながらも「分かった」と了承する。空閑は彼女の性格からは考えられないほど俺のために時間を割いてくれている。朝と夜の各十試合以上だ。いくら慣れていても疲労を感じないほうがおかしいだろう。暇を出されてしまった。どうしたものか、……気分転換に外でも行こう。最近は少し諦めが生まれてきている。


 ふらふらと辿り着いた場所は雪見神社だった。ドMなのだろうか。二千階段を登りながら思う。前と違って足が痛くて立ち止まるなんてことはない。毎朝、自分でもランニングをしている。夕方には筋トレもしている。ここに来たのは成長を実感したかったからなのかもしれない。

 銀の鳥居を潜ると、朝早くでも山神が一人で箒で掃いていた。

「あらあら、おはようございます。聡くん」

「休日はずっと神社にいるのか?」

「ええ、用事がなければですが」

 どうにも神に祈る気にはならない。本殿ほんでんをちらりと見て思う。

「女の子のために頑張ってるのに神頼みじゃカッコ悪いですよ」

「だよな」

 立ち上がり屋敷に戻ることに決めた。やれることやるしかない。

「けど自分頼みも悲しいですからね。……だから」

 俺は驚いて後ろを振り返ると山神は何事もなかったように箒を持って薄暗い空を見ていた。


 茜色の空を仰ぎながら、俺は言われた言葉を頭の中で繰り返してた。山神はその先の言葉を口にしなかった。

「おっ、運が良いな聡。偶然で会ったぞ。統計学的には近所の人間と出会うというごくごく平凡なものなんだが、実際に体験してみると嬉しくなる」

 うんうんとしきりに頷きながら沙耶は……言う。沙耶の姿を見ていると辛くなる。わずかでも逃げようと思った自分が嫌になった。

「よし聡。雪合戦でもしよう。聡は雪国から来たんじゃないからあんまりやったことないだろう」

 燃え盛る太陽の如き笑顔に俺は苦笑いを感じながら頷いた。

 転がり込んで沙耶の繰り出す豪速球を避ける。すぐさま地面から雪をかき集めると、勢いよく放り投げた。沙耶にクリーンヒットして倒す。大丈夫かな?

「すまん、沙耶」

 急いで駆け寄って沙耶の手を握る。冷たい空気にも関わらず柔らかな暖かさがそこにはあった。突然、握っていた手に力を込められ、引っ張られる。倒れ込んだ俺は沙耶の両腕で抱きとめられていた。

「ありがとな。……私のために頑張ってくれて」

 言葉が出なかった。好きな人に心配かけて俺は何やってんだ。無意識に伸びた右手はポケットの中にある今にも千切れそうなお守りを握った。

「ふん!」

「あっ?」

 沙耶は頬を膨らませながら握っていたお守りを強奪する。代わりに口を塞がれた。甘いぼーとするような刺激が脳に奔る。

「『誰よりも優しくありなさい』」

 頭の中で誰よりも再生した言葉が紡がれる。握るべきお守りはない。代わりに手が痛いほど強く握られる。

「良い言葉だとは思う。けど……だからってお前は問題を一人で抱え込む理由にはならない」

 ……だから

「私を私達を頼ってくれ。頼ってもいいんだ。そりゃ、迷惑だって思う奴もいるぞ。雪花とか、そんな感じがするな。けど嫌じゃない。自分の恋人に友人に、家族に頼まれて本気で嫌だと思うならその関係は間違ってる。私は聡が失敗しても想いを曲げる気はない。駆け落ちするって言ったときも本気だ。もっと具体的なプランは考えるけどな。私もその理想、引き受けるよ。なんたって聡の彼女だからな」

 照れ隠しも交えた言葉。ふと頬に雫が流れた。止めようとしてもそれは止まらなくて。壊れたように零れ落ちる。

「重いなら支えてやる。鳳凰院沙耶は天ヶ瀬聡に選ばれた女の子なんだからな!」

 みっともなく、恥も外聞がいぶんもなくただ泣いた。一人の人間には重すぎる願いで締め付けられていた子供心は止まらなかった。どんな言葉もただ肯定し沙耶は俺を抱きしめた。強く、強く離さないように、俺の心を抱きしめていた。


「生徒会長、いや龍、俺に協力してくれ」

 生徒会室に直行し、頭を下げる。呆れたため息が聞こえた。沙耶のことをお願いした時のため息とは違う。

「選挙で議題に挙げたところで鳳凰院の父親が認めるとは思えない。私の権力はあくまでも学院のものだ。」

「分かってる」

「ならば良し。もともとそのつもりだった。どっかの誰かが、口を開かないために作った資料が無駄になってしまうところだったが、……杞憂きゆうのようだな。投票や演説はこちらでやっておく、お前はお前の成すべきことを成せ。目的を見失わないようにな。目下の目的は鳳凰院の父親に認められることであって、天ヶ瀬グループの長になることではないぞ」

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