第15話

 薄暗い部屋にノックが響く。

「天馬様、鳳凰院正道まさみち様がお越しです」

「入ってくれ」

 言葉と同時に大柄な一人の男が入ってくる。僕は細身だから傍から見れば暴漢か何かに襲われていると勘違いしそうだ。

「それで、何用かな。鳳凰院さん」

「噂の話だ」

「はてさて、何の話かな?」

 私はそう言いながら彼に席を薦める。この状況でも、礼儀正しくお辞儀をして正道はどかりと腰を下ろす。日本のGrape社と呼称される鳳凰院グループのリーダ。思うんだけどこの呼称、若干皮肉だよね。鳳凰院グループが負けているように感じる。

 頭の中で苦笑いを浮かべながら、対面した人物を見る。

「娘の話だ」

「確か……私立灑桜学院の生徒さんでしたよね」

「……貴様、ふざけているのか」

 今にも飛びかかってきそうな苛立ちをぶつける。目を細めた空閑を片手で静止する。内のメイドは優秀なんだが沸点が低すぎる。いや沸点がランダムなのかな。

「はいはい、内の息子との交際の噂ですか。良い話じゃなありませんか。そろそろ我々は手を組むべきだと思っていたところです」

 これは本音だ。天ヶ瀬グループは浅く広く市場を支配している。スーパーに行けば食品や生活用品には天ヶ瀬グループのものが必ずと言っていいほど置いてある。

「本気でその気があるなら、それもいいだろう。……天ヶ瀬聡は本当にお前の息子なのか、俺は今まで見たことがないんだが」

「数ヶ月前に取った養子ですよ。白河聡、僕の親友の息子です」


「ふふふ……」

 沙耶はご満悦で手のひらを恋人繋ぎで握っている。

「今日も昼休みに聡の教室に突撃するから覚悟しておけよ」

 ビシッと可愛らしく指をさす。数日前に人生の節目となりそうな体験をしたが、俺と沙耶の関係がより深まっただけらしい。通学路にはいつものように生徒と街の人が入り乱れながら歩いていた。

 背後から大きな音が聞こえ、反射的に振り向く。俺に手を伸ばそうとしていた帽子を被った大柄な男に龍が蹴りを入れていた。男は武道の経験が在るのか、両手を使ってギリギリで防いでいる。だが龍の体に似合わぬ脚力は、防御を貫通して男を転倒させる。

「見たことあるな、お前」

 沙耶は倒れた男の顔を冷めた目で一瞥した。龍は何事もなかったかのように埃を払っている。ついていけていないのは俺だけらしい。

「鳳凰院の関係者だろうな」

 龍は俺に言う。

「ちゃんと意味を分かってるのか、聡」

 何度か頭を捻ってみるが、恨まれる心当たりはない。俺の様子に察しがついたのか、龍はため息をつく。

「狙われる理由は、隣に大切な彼女がいることだよ」


 狙ったようなタイミングで沙耶の携帯が振動する。沙耶はすぐに取り出し確認する。

「お父様だ。……何を考えてるだ。…………そんなことどうでもいいだろうが。私が決めたことだぞ!」

 苛立たしげに言葉を聞いたかと思えば、目を細めながら声を張り上げる。

「聡……、お父様が話したいとかほざいてる。でなくてもいいぞ」

 今にも通話を切りそうな様子で言う。

「出るよ。どっちにしろ沙耶との関係が原因なら今後もやってくる可能性はあるから」

 沙耶が無言で手渡し来る。

「貴様が内の娘に手を出した愚か者かぁぁぁ!」

 電話を耳に当てようとしてすぐさま離す。薄々予感していたが、やはり問題はそれなのか。

「えーと、天ヶ瀬聡です」

「……礼儀正しいことは評価しよう。お前の養父と初めて会った時は名乗ることも、目を向けることもしなかったからな。だがこれとそれとは話が別だ。娘と今すぐ別れてほしい。とは言え、何の対価もなしとは言うわけではない」

「いえ、何もいりませんよ」

 言葉を遮る。

「そもそもなぜ、別れる必要があるですか?沙耶が言ったとおり俺たちが決めたことです」

「……そうだろうな。内の娘が悪い男に騙されとも考えにくい。娘が退学処分になりそうになった時に助けてくれたらしいな。お前の養父が随分と楽しそうに語っていた。感謝してもしきれないほどだ」

 ならばなぜ。

「だがお前に娘を預けることなどできない。お前が養子だからだ。天ヶ瀬グループとは何の関係もないただの少年だ。お前は沙耶の重りにならない自信があるのか?」

 納得した。この父親は本当の娘のことを案じて言っているのだ。特に娘の才能を。その足枷になると思ってしまっている。頼まれたプログラムを短期間で市場に売れるレベルで組み上げる能力、その手の才能があるのは間違いないことだろう。俺にあるのはやたら良い感覚だけだ。たとえこれが役に立つとしても彼女ほど示していない。俺の問題だな。

「…………分かりました」

 沙耶が不安そうな顔でこちらを見てくる。鳳凰院天馬が彼に俺のことを喋ったのは、この状況が想像できなかったからではない。あの人はそういうタイプじゃない。だったら養子になると決めた時に言ったあの言葉は嘘やたちの悪い冗談じゃなかったのだろう。だから

「俺が天ヶ瀬のリーダーになれば何も問題はありませんね」

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