第14話

 昼休み嬉しい呼び出しをくらって寒空さむぞらの下、学院の庭を歩いていた。体当りするように横から柔らかいものがぶつかる。

「遅いぞ聡!」

 口を尖らせながら沙耶は腕に抱きつく。

「これでも、授業が終わってすぐに出たんだけど……」

「ふん、そんなものでは私の愛には追いつけない。なんたって聡のためにようやくお弁当が作れたんだからな!」

 

 むふんと、鼻息を出しながら自慢気に沙耶は胸を張る。

「ようやく?」

「ようやくだ。ずっとアピールしてたのに、お前はすべて無視していたからな」

 そう言えば、何度も教室に来てお弁当を自慢していたな。……ただ自慢してるだけだと思っていた。俺がギャルゲーの主人公並みに鈍感だったのか、沙耶が驚くほど恋愛が下手だったのか。おそらくどちらもだろう。

「それで本日のお弁当はどれだけストイックなんだ」

「そんなにストイックではない。揚げ物は一切入れていないし、肉は鶏肉しか弁当には使わないが、ストイックではない」

「十分ストイックだよ」

「からあげは寿命を減らすぞ」

 沙耶は黒い大きめのお弁当をベンチに乗せると一気に開く。定規で正確に計測したように分割され整列した野菜軍と鶏肉が戦っていた。

 なんだろう、俺のために作ったほうがより遊びがない気がする。

「聡にはいつだって健康で居てほしいからな。世の彼女たちは、男の幸せを願うなら健康的な食事を提供すべきだと私は思う」

 沙耶さんは色々と変人だ。けど可愛いからいいや。


「彼女を遊びに誘うならどこがいいと思う?」

「は?死ねよ、殺すぞ」

 強烈な殺気が隣の男から放たれる。東、一体どれだけ彼女が欲しかったんだ。

「くっ、残酷過ぎる。残酷すぎるだろー。何で、ほぼ二年間も彼女を求め女の子にアタックしていた俺が何も持ってなくて、つい最近来た転校生に彼女ができるんだー」

 わんわんと喚きながら東は机を叩く。日頃の行いじゃないのかな。ほら今、お前を女子たちが可愛そうなやつを見る目で見てるぞ。良いやつなんだがな。誰か貰ってやってくれ。

「温泉に行ったらいいんじゃないか。温泉に行けば彼女の裸は……無理かもしれないが最低でも浴衣姿が拝める。可愛いな、俺のイマジナリー彼女」

 はははと壊れた笑い声を出しながら東は天井を見ている。重症だ。隣の志帆が困ったような顔で東を見ている。……温泉か。そういえば温泉も遊園地も電車で会った綺麗な女性が言っていた気がする。あれ以来会っていない。本当に妖怪だったのだろうか?

 放課後の帰り道、沙耶にそのことを伝える。

「う……うん、ちゃんと準備しておくからな」

 どういうことかよく分からなかったが、了承してくれた。


 車窓しゃそうの外に流れる景色には目もくれない。俺は沙耶の手元と表情を代わる代わるじっと見ていた。俺の手元が動き、狙うカードを変えるたびに確かに感情の変化が訪れる。しかし判断がつかない。俺は心のなかでため息をつきながら一気にカードを引き抜いた。……ジョーカーだ。

「ふはは、騙されたな、聡」

 俺は素早くカードを後ろに隠してシャッフルする。沙耶は勢いよくカードを引き抜いた。さっき俺が沙耶から貰ったやつをな。


「俺の勝ちだな」

 沙耶は顔を暗く染めていた。ババ抜きに負けた人の顔とは思えないぞ。寒そうな外を見ると、奥の方に目的地の温泉が見えた。


「寒い、寒いぞ。そして重い!聡ー」

 茶色のコートに包まりながら両手に大きなバッグを抱え沙耶は訴える。確かに雪の量も学院近くと比べると増えているような気がする。

「勝者が敗者の言うことを一つ聞くって約束しただろう」

「……そうだけど。女の子に慈悲はないのか」

「俺は彼女には遠慮しないんだ」

「じゃあ、私はもっと凄いこと命令してやる」

「勝ったらなー」


 私は乳白色にゅうはくしょくの温泉に脚を踏み入れる。入るまでは凍えるように震えていた体が暖かさを取り戻す。周りを見渡すと積もり積もった雪が壁のように温泉の枠になっていた。

「全く聡は容赦ない……」

 不満を漏らしながらも私の口は笑っていた。ババ抜きは負けたが、まだチャンスはある。温泉旅行中に私は目的を成し遂げてやるぞ。

「楽しそうで安心したわ、未来の兄嫁あによめさん」

「……気が早すぎるだろ。私にはまだまだ前途多難なように思えるな」

 雪花はスラリとした無駄のない裸体を惜しげなくさらしながら隣に浸かる。……身長高い。

「兄様に目をつけるなんてお目が高いわね。きっと爆笑させてくれると思うわ」

「お前は自分の兄を何だと思ってるんだ」

「いい意味で変人ね」

「それは同意できる。ただ聡のカッコよさはそんな一言では収まらないぞ!」


「やばいな」

 俺はつい本音を口に出す。風呂から上がった俺達は黒と白の駒を置いた盤面を睨んでいた。相手の表情からヒントを得ようとはしているが、効果的な手を打ったところで袋小路に追い詰められている気がする。俺の駒は大半がキングを守るように囲んでいる。

「チャックメイト」

 遥か遠くにいたビショップが戻ってきた。……詰んだな。


「じゃ、じゃあ約束通りお願いしてもいいんだよな」

「あまりにも無理だったら断るけど、だいたい大丈夫だ」

「……ちょっと無理そうな気もする」

 一体何をお願いする気なんだ。沙耶は大きく息を吸い込み覚悟を決めたようだ。


 触れてしまいそうなほどの距離に沙耶の唇があった。まさか一緒に寝るはめになるとは。茹だったような赤い沙耶の顔。耳にかかる暖かい息。鼓動が加速していく様を俺は抱きしめた沙耶の体から感じる。

 沙耶が顔をあげると唇を突き出してきた。その意味を理解できないほど俺は鈍感ではないと信じたい。不安に揺れる瞳を見て決心する。

「ちゃんと俺はお前のことが好きだよ」

 銀色の髪を撫でながら沙耶の顔を見る。静かに唇を重ねた。脳が麻痺しそうな甘い味だ。離そうとした口を逃すまいと沙耶は貪る。

「今日は……」

 呆けた顔でそういう沙耶の言葉の意味を改めて理解した。

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