第13話
「何も起きなかったぞ……」
私は真っ黒な心になりながら頭を学院の机に押しつけていた。
「不能なんじゃないかしら」
「どういう意味だ?」
「だから股の間についているものが機能していないじゃないかしら?」
「病気なのか?」
山神が何分か呆然とした「ああ」と納得して頷く。
「性教育が必要ね」
雄しべと雌しべ、雄しべと雌しべ、雄しべ雄しべ。ふう、落ち着いた。そう、あれは雄しべだ。
「これぐらい知らないと今どきの女子高生は名乗れないわよ」
全裸の男女の動画を躊躇いなく山神は止める。……止まると滑稽に見えてきた。
「……女子高生ってたくましいな万葉」
「ええ、本当。彼女たちには私も追いつける気がしないわ」
「万葉……万葉はそのこういう行為をやったことはあるのか?」
「ないわね。一応巫女なのだから処女であるということは重要よ。信仰が
「う、うん。そうだな」
「とりあえず当たって砕けろよ。聡くんの鈍感さを把握したのなら、突撃あるのみ」
万葉は私に二枚のチケットを渡しくる。遊園地のチケットだ。地元民からは「伝統が……」と疎まれているが私は好きだ。何度か子供の頃に母に連れられて行ったことがある。
「あっ、代金は貰うから」
「体よく稼がれている気がする……」
女子に遊園地に誘われて断れる男などのいるのか、否、いない。俺はワクワクしながら家から遠く離れた遊園地の前に来ていた。有名どころは揃えていそうだ。どれも行ったことはないけどな。ベージュの色のコートと長い黒のスカート。顔が埋もれそうなほど白のマフラーで覆っている。
「まさか、鳳凰院がスカートを持っているだと?」
「私を何だと思っているんだ。……実は数日前に買ったんだが。その……似合ってないか?」
俺はまじまじと鳳凰院の姿を見る。マフラーの隙間から期待した目で緑色の瞳が覗いている。
「に、似合ってるぞ……」
どもってしまった。どうして画面の中の主人公は流暢に女の子を褒められるんだ。人生二週目なんだろうか。
「似合ってる。鳳凰院にはシックな色が似合うな」
「――――、ありがとう」
もう完全に顔が見えない。
「で、行きあたりばったりで回るのか?」
俺の言葉を聞くと、鳳凰院は一気に気を取り直した。
「いや、ちゃんと30分ごとに区切った完璧な予定を構築している。予定外の事態のことも考えてるぞ」
尻尾があったらブンブンと降ってそうな勢いで喋る。無性に褒めてあげたくなるな。
「よし、では行こうではないか鳳凰院君」
「オーー!……て、それは私のセリフだからな」
ジト目で突っ込まれた。
完璧な予定……ね。ベンチに座った俺の隣には顔が真っ青になった鳳凰院が横たわっている。俺の手はまだ震えていた。途中までは、途中までは良かったんだ。ジョットコースターも大丈夫だ。だがお化け屋敷、お化け屋敷だけは駄目なんだ。
「自信満々に入っていくから、得意なのかと思っていた」
「私は非科学的な幽霊など信じていない」
それが彼女の最後の言葉だった。
まあその鳳凰院さんは絶叫しすぎて倒れているわけだ。
「おーい、起きろ。…………お前の後ろに何かいるぞ!」
「ぎゃああああああああ。……どこ、どこだ。銃、銃、銃がないぞ!」
「逮捕されるぞ」
鳳凰院が状況を理解したのか、涙目で俺を睨んでくる。
「完璧な予定だったとしても、俺達は完璧じゃないから関係なかった」
「……せっかく立てたのに」
「流石にここまで苦手なら避けようぜ」
「うっ……けどこれは重要な攻略法なんだ」
一体何を攻略しているんだろうか。俺は恐る恐る立ち上がる鳳凰院の手を握って支えた。
「えっ、…………」
「どうしたんだ、鳳凰院」
「手が、手が……」
鳳凰院はあたふたしながら手を見ては俺の顔を見ている。動揺しすぎだろ。腕が千切れたかと思った。
計画に穴は空いたが、最後は観覧車に乗って終わり。下を見れば怖くなるから、茜色に染まる空を見ていた。鳳凰院はさっきから、こちらをチラチラと見てくる。
「楽しかったよ」
「えっ」
「えっ、て何だよ。楽しかった、お前と一緒に遊ぶのも、お化け屋敷に怖い目にあったのも、全部楽しかった」
「嘘つけ、聡だってビビってたじゃないか!」
鳳凰院は指差してくる。
「ビビってたし怖かったけど楽しかったんだよ。別にいいだろたまにはお前に感謝しても」
「そんなの……私の方だ」
真面目だな鳳凰院は。
「じゃあさ、……俺が困ってたら助けてくれよ。俺が倒れそうになったら一回だけ支えてくれ。それだけで俺は救われるから」
空を仰ぐと日は既に落ちていた。冬の夜は一瞬で暗くなるな。街頭の明かりが俺たちの道を示していた。
「…………聡」
夜風で銀の髪が揺れて輝かんばかりの緑の瞳が俺を射抜く。先程まで見え隠れしていた不安や奇妙な渦巻いた感情が収束にした。広がってしまった波紋が逆再生されたような感情の変化。
「聡のことが好きだ。……誰かのために本気になれる聡が好きだ。お前にとっては何でもないことなのかもしれない。志帆にも、お前の妹にも聞いた。いつものことかもしれないけどな……私はお前にいつものような結果を渡す気はないぞ」
俺が口を開こうとすると、状況に似合わない獰猛な笑みを浮かべ止める。
「何度でも言ってやる。私はお前のことが好きだ」
……言葉を聞いていると、どこか遠くから聞こえてくるように感じる。思い出すのは母の時折見せる悲しげな表情……その瞳はいつも――
「お前の過去なんて私は知らないし、知っていても考慮しない。お前が本当に嫌だと思ったなら私のことなんて途中で捨ててしまえばいい。私は泣かない。後悔しない!」
叫ぶような声に現実に引き戻される。瞳が揺れる。
「私を見て答えを聞かせろ」
静かに言い放つ言葉は心の鏡を揺らし亀裂を入れる。憧れていたのだその燃える瞳に。失われた子供の頃の情熱を
「――――俺もお前が好きだ」
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