第12話

「ということで、これよりあやかし狩りのブリフィーングを開始する」

「狩ったら死ぬじゃないか」

「何言ってるの、恋は戦争よ。他者を潰さずにはいられない崇高すうこうなゲームなのだから。ふふふ」

 万葉はブツブツと興奮した様子で語る。……もう少しで私はコイツに負けるところだったのか。

「ということで、恋は戦争なのよ?」

「ああ、分かった。分かった。抽象ちゅうしょう的すぎる説明はいらないから、実際問題、どうなったら成功なんだ?」

「相手から言質げんちを取れば良いんじゃないかしら。『好きだって』」

「……凄いな、数日間、積極的に関わったはずなのに万葉に言われても一ミリも嬉しくない」

「黙りなさい。じゃあ、お望み通り早速、本題に入るわ」

 万葉がプロジェクターを起動してプレゼンテーションを始める。参考文献と書かれたリストには、よく分からない恋愛本と並んで……。

「おい、なんだそのゲーム」

 大悪魔のラブソングと書かれた文字の右隣にはでかでかと二次元の少女の画像が貼られている。銀髪赤目で悪魔のように二本角を生やしている。何より乳がでかい。けしからん。

「神ゲーよ!」

 目を輝かせてそう言う万葉を見て私は不安を覚えずには居られなかった。


 俺は再び鳳凰院の部屋に来た。相変わらず簡素で綺麗な部屋だ。俺の部屋には未だにダンボールが残っているというのに、部屋は性格を表すというのは本当だったのか。暖房が効いており温かい。

「よし、始めるか聡」

 無地の白シャツと、黒のズボン。シャツの下は絶壁だ。女の子の部屋に入っているというのに色気の欠片もない。

「どうしたんだ、聡。そんなに見つめて……」

 鳳凰院は何故か頬を染めながらこちらをチラチラと見てくる。

「鳳凰院にはいつも現実を教えてもらってるよ。ありがとう」

「ッ!まさか、そういうシチュエーションもあったのか!」

 愕然がくぜんと驚きながら鳳凰院は立ち止まっている。そういうシチュエーションってなんだよ。

「すまない。聡、私の勉強不足だ」

「一体、何を勉強してたんだ?」

 鳳凰院は突然、頬を勢いよく叩く。

「だが安心してくれGrapeのOfficeの操作方法は徹夜で叩き込んどいた。ショートカットキーから各種詳細設定まで何でもござれだ」

 俺は一体これから何を教えられるのだろうか?

 

 頭から湯気が出そうになり俺はパソコンの前に座っていた。肩には柔らかな手のひらが乗せられている。側に鳳凰院がいるからなのか、ほのかに甘いシャンプーの香りが不思議な気分にさせる。

「ありがとな、鳳凰院」

「い、いや。別にいいぞ。私が好きでやってることだからな」

 鳳凰院の説明は想像以上に分かりやすかった。簡単なタスクをステップアップ方式にこなしていく手法で、駄目なところがあれば指摘してくれる。耳元で喋られるからこそばゆかったが。おかげで人並みに扱えるようになったはずだ。

 窓の外から空を見ると暗くなっていた。いい加減おいとましなくてはいけない。

「あっ」

 俺が立ち上がると鳳凰院が悲しげな声をあげる。気になって顔を見てみる。恐怖と似たよく分からない渦巻いた感情が見える。どこか母を見た感じとも似ていた。よく分からない。

「どうしたんだよ、そんな顔して。あんまり居すぎても邪魔だからそろそろ帰ろうと思ってな。……ありがとう、めっちゃ分かりやすかった」

「そ、そうか。なら良かった」

 もじもじとしながら鳳凰院は腕を所在しょざいなさげにワタワタとさせている。口を開いては閉じている。先程見えた奇妙な感情は強まるばかりだ。

「さ、聡。泊まっていかないか!」

 大きな声で鳳凰院は言った。


「別にいいわよ兄様。良かったわね女の子の家にお泊りできて、ラブコメの定番シチュエーションよ」

「現実であんなことやったら犯罪者だけどな」

「いやらしい」

「俺は直接は言ってない」

 その後も冷やかしが続いたので適当なところで電話を切る。

「どうだった?」

 縮こまりながら鳳凰院が言ってくる。

「良いらしい。……まあ、いいんじゃないか。友達同士の家に止まるなんてよくあることなんだろ?」

「さ、聡はこういうことがよくあるのか?」

「ない。いや、小学生頃だったら志帆の家に泊まったことはあったな。けど中学に入ってからはないな」

 友達少なかったからな。嫌われていたわけではないと信じている。


 夕食はシンプルな鮭、漬物そして味噌汁という一汁三菜いちじゅうさんさいの料理で美味しかった。シャワーは面倒だから明日の朝、家に帰って浴びると言ったら浴びろと強行されたので浴びている。……女友達の家でシャワー浴びるとかどんなシチュエーションだよ。ここって実はラブリーなホテルなのか。こんなことを考えていると鳳凰院に蹴り殺されそうだ。友達として信頼してもらっている以上、それに応えよう。

 鳳凰院が普段使ってない布団を渡され眠る。残念なような気もするが、何も起きなかった。ただ隣では鳳凰院が寝転がっているという夢のような状況だ。鳳凰院も何だかんだ可愛げのある奴だからな。この状況を作ってくれたことに感謝だ。死ぬまでにやりたいギャルゲー・シチュエーションを一つ達成した気がする。おやすみ。暗がり天井に向かって言葉を口にした。夜中に何かがもぞもぞと入ってくる音が聞こえたが、夢だろう。

 

 冬の鋭い寒さで目を覚ます。なぜだが、手のひらが暖かく柔らかいものに触れている。長いまつげに縁取られれて緑色の瞳と、小さな鼻、解きほぐされた銀色の髪が俺の顔にかかる。……予想外のシチュエーションだ。俺は自分の手のひらが鳳凰院の胸元にあるのに気づいてそっと引っ込める。見た目以上に柔らかいのか……。

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