第10話
痛いほどの寒さが肌を貫く。……早く、外に出すぎたか。まだ日は完全に昇っておらず薄暗い。普段学院に行くには早すぎる時間だ。当然、朝食を食べていない。どうせ出たところで、緊張して喉を通らなさそうだから関係ないのだが。
「随分と早いのね。布団と結婚したと思っていたのに?」
「俺に対物性愛はない。普通に女の子が好きだ」
「画面の中の?」
「別に三次元が嫌いなんて一度も言ってないぞ。もちろん、巨乳銀髪悪魔っ子は日本の宝だと思ってるけど」
「惜しいわね。巨乳だったら、すべての要件を満たしていたのに」
この義妹、自分のこと悪魔だと言ったぞ。雪花が立ちふさがるように、門の前に立っている。
「今日は何の日だったかしら?」
「さあな」
俺があっさりと門を通り過ぎると、雪花が横に並んで歩く。
「止めないのかよ!」
「止めないわ。私は逆に楽しみにしてる。兄様の晴れ舞台だもの」
「卒業式でもあるのか?」
「運が悪ければそうなるんじゃないかしら」
「個別の卒業式なんて、初体験だな」
隣で聞こえていた足音が突然止まる。
「損することを理解している?リスクを負っていることを把握しているの?私には可奈さんがこういうことをするとは考えられないのだけど」
俺は義妹の口から溢れた母の名に驚く。
「彼女はいつも損をしていた。私が関わった短時間の間だけでもね。貴方のような人間はいつだって損をして最後には誰にも覚えられることなく忘れられる」
「そんな奴は嫌いか、妹?」
俺の妹は、乾いた笑い声のあとに楽しそうにこちら見た。
「最高よ。流石、私の兄様ね」
薄暗い中、学院に着くと黒髪の少女がニマニマとこちらを寄ってきた。
「楽しみにしているわ。聡くん」
「俺は山神さんの悔しそうな顔が見てみたいですよ」
キーボードを打つ手が震えていた。きっかけは父だった。自室に籠もって仕事ばかりしている父の気を子供ながらに引きたかったのだ、と今の私の考えている。
それからは指の下にキーがあるのは、当たり前の生活だった。皆が外に遊んでいるときも、家でプログラムを組んでいた。確か、母親に死ぬのではないかと心配されたこともあったか……。
私は力なく指でアルファベットをなぞる。もし私が退学させられたところで、これは側にいる。
「だから、大丈夫。……いつものことだ」
そう言い聞かせる声は見るからに震えていた。笑えるな。
もう行くまいと決めていた学院にふと立ち寄る気分になった。今日が確か最終的な判断の期日だと愚か者共に言われた気がする。歩みなれた道に影がチラつく。
「退学になったら、どうしたものか」
助けてくれるかは知らないが、親を頼ることになる気がする。気が滅入る。
「馬鹿を言うなぁぁl!!」
あまり立ち寄る機会のない体育館から大気を震わせる男の声が聞こえた。
紙の束を持って壇上に飛び乗った俺に視線が集中する。
「自分の位置に戻れ、天ヶ瀬聡」
天ヶ瀬……ね、俺には重すぎる名前だ。これはお叱りを受けそうだ。最悪の場合は、…考えたくない。けどな。俺はポケットに入れてある母からの贈り物を強く、押しつぶさんばかりに握った。俺は天ヶ瀬聡である前に、白河可奈の一人息子の、白河聡なんだよ。
「伝えることがあるんです。協力してください、生徒会長」
「だ、そうだ」
龍はそう言い切りマイクから手を離す。壇上に立つのは緊張するものだ。けれど、よく顔が見える。
「……今日、退学させられそうになっている。鳳凰院沙耶は無実です。ウイルスがどうとか言っている人間がいますが、報告した人が新種のウイルスにやられて虚偽の報告でもしたんでしょう。…………お前だよ」
緩急をつけて放った言葉で呆れてい群衆に動揺が広がる。その中に一点、異質な恐怖が垣間見えた。俺は一枚の紙以外を床に放り投げる。
「
答えは鼓膜が破けんばかりの怒号だった。そして、それが真実だ。もうお前の心を捉えそこねることはない。
結果としてこの教師は見事に自白してくれた。
「……では、お前の失態をなんとかしようか」
座り込んでいた龍が立ち上がり、俺からマイクを奪う。
「貴様の妹の頼みだぞ。……お前はもう少し後のことを考えたほうが良い」
俺は下で可愛らしくウインクをする妹に苦笑いを向けた。
「では、この瞬間に天ヶ瀬聡の行動の是非をこの学院のすべての生徒に問おう。都合の良いことに選挙アプリもあるしな。しっかりと使えるんだろ、鳳凰院沙耶?」
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