第9話

 放課後、学院の近くにあるアパートを訪れていた。志帆から貰ったメモに書かれた住所と、スマホを見比べてここが目的地であると安心する。頑丈な作りで地下駐車場を備えた建物だ。とても学生が住む場所とは思えない。人のことは言えないけどな。

 勝手に入ると、ホテルのロビーのような空間に出る。

「鳳凰院沙耶に会いに来たんですが」


 受付から渡された電話を受け取って耳に当てる。

「サトリじゃなくてストーカーだったのか、お前は?」

「志帆から聞いただけだよ。友達からその友達の住所を聞くぐらいよくあることだろ」

「プライバシーの侵害で訴えてやろうか?」

 イライラとした感情が声色からダイレクトに伝わる。未来の生徒会長様はこの状況にご立腹らしい。大きなため息が聞こえる。

「何しに来たんだ?」

「鳳凰院が心配になったんだ。それだけだ」

「……正直、お前はもっとドライな奴だと思ってる」

「何言ってんだ。俺はギャルゲーの女の子に熱狂するほどの情熱家だぞ。エレインちゃん可愛いからな」

 電話の奥から笑いを堪える声が聞こえる。そこまで追い詰められてなさそうで、俺は安心したよ。プライドを捨てたかいがあった。代わりに変態だと認識されたようだが。

「……好きにしたら良い」


 女性の部屋に入るのは、母親を除くと初めてだ。鳳凰院の部屋は、モノクロのインテリアで統一されており如何にも金が費やされていそうだ。ストイックなビジネスマンの部屋と言っても信じられそうなほどに無駄がない。一人暮らしをしているようで、親は居なかった。

「よく分からないハーブティーでも飲むか?」

「お前が買ったんじゃないのかよ」

「私が買った。面白そうだったからな」

 流れるような動作でカップを温め、ハーブティーが出される。落ち着かない匂いだ。少し口をつけてみる。

「不味いな。何なんだこの商品は」

 俺は何も言ってないぞ。買ってきた張本人が咳き込みながら飲んでいる。正直俺からしたら、これはただの香りつきのお湯にしか感じない。鳳凰院は苛立たしげに貧乏ゆすりを始める。早く要件を言えということだろう。

「学院の情報をハッキングできるか?」


「……私はやらないぞ、自分の首を締めるだけだ」

「大丈夫、締まるのは俺の首だ」

「別に私はお前だから犠牲になっていいとは思ってない!」

 少しだけ鳳凰院は声を荒げる。

「じゃあ、このまま黙るのか」

「ああ」

「お前はやっていないのに」

「だが証拠をこちらに渡されない限り、証明もできない」

「まともな方法なら、な?」

「……」

 鳳凰院は黙り込み、こちらを睨みつける。俺は感情を表に出さずにその深緑の瞳を見る。瞳の奥には怒りと涙が見えた。


「誰よりも優しくありなさい」

 それが白河可奈かな、俺の母親の口癖だった。母はその言葉通りの人間で、困っている人が居たら俺を待たせてでも助けていた。それを寂しがる気持ちと思いと同じぐらいに、俺は母に憧れていた。

 良い人間ばかりじゃないこの世界で、自分の信念を貫き通す母のように成りたかった。

 母は、……母なら鳳凰院を見捨てるだろうか?自業自得だと断じて、見て見ぬ振りをするのだろうか。何度も瞼を閉じて、開いたところでそんな声は聞こえない。


「人を助けるってのは、ただの自己満足だ。何の価値もない。感謝されることもない。されど自己満足だ。俺は俺が、美しくありたいから、正しくありたいからお前の意思を踏みにじってやる」

 鳳凰院は席から立ち上がり、自分の部屋に入る。数時間後、出てくると同時に、紙の束を投げつけてきた。避けられずに顔面に紙面が当たる。その印刷されたばかりの紙には人物の写真が並んでいた。

「どうして、お前はそこまでやりたがるんだ?」

「憧れだよ」

「そうか……」

 消え入りそうな、どこか悲しさを含んだ声が耳に反響した。


「私は止めるべきだと進言します。天馬様」

 私が自室で書類を見ていると、空閑が入ってくる。

「答えは変わらないよ。空閑くん」

「……天ヶ瀬の名に汚点がつきますよ」

 私はメイドに目を向けることなくパソコンと向き合う。

「その時は、その時さ。それに私はこれがそこまでリスクのある行動だと思わないよ。息子の非行一つ見過ごせなくてどこが親だというのかい?」

「天ヶ瀬聡が行っている行為は道徳的は正しかろうと、法的に犯罪です」

「と言っても、相手も確実に犯罪者だろう。灑桜の権力対立にも困ったものだ。山神の息女は賢いが、好奇心旺盛すぎる。止めないだろうね。だから聡くんがやらなければ、そのまま通り過ぎるだろうさ。……君は、鳳凰院の娘が罰を受けて当然の存在だと思うのかい?」

「そういう話ではありません。……あの時の話は本音なのですか?」

「当然だよ。私が嘘や冗談を言ったことがあるかい?」

「ありますね」

 あまりにも正直なメイドの物言いに毒気を苦笑いを浮かべる。

「今回は本当さ…………彼は――」

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