第8話

「残念だが、それは無理だな」

 開口一番、龍は言い放つ。うるし色の瞳と、紅蓮の髪。案の定、あの時、俺を助けてくれた少女だ。あと煮込みハンバーグが好きであることが確定した。

「……まだ何も言ってませんよ」

「お前の妹が何度か直談判に来ている。こちらだって事実は真否なのか知らないが、あまりにも理不尽な措置であるとは知っている」

 龍は大きくため息をつく。生徒会室の奥側には近代的なオフィスが広がっていた。ちなみに表側は豪華な和室になっていた。どちらにせよ、生徒会長の権力が強いのは確かなようだ。

「鳳凰院は本当に退学になるんですか?」

「……なるだろうな。コンピュータウイルス配布などしたらそもそも警察沙汰だ。退学どころか、逮捕かもしれない。とりあえず、私の権限で学内の問題に止めている」

 それ以上は無理だと暗に伝えられる。

「何があれば、取り消しになりますか?」

「ウイルスの配布元、もしくは鳳凰院のアリバイだな。とはいえ、証明することは難しいだろうな。学院側は適切な判断を下すように面倒な圧力をかけてきている。不自然極まりないことに気づかないのか、愚か者共が。……とりあえず、私はやれることはやっている。なんとかしたいと思うなら証拠を集めることだな」


「結果は空振り。なんとかできるならなんとかしてる……か」

 学院の授業はとっくに終わった。俺は家に帰る気にはならず、公園で座り込んでいた。植えられた花はまだ咲いていない。冷たい風が熱した鉄のように血が登っていた頭を冷やす。叫んでも訴えても、無駄なことは鳳凰院自身が証明してしまっている。怒りでは変えられない。

「何してるの、聡くん?」

 俺は聞き慣れた声が聞こえてそちらを見る。元気そうな黒い瞳。

「東風か」

「幼馴染に偶然出会う美味しいシチュエーションなのに喜んでない?」

「……どこからの情報だよ?」

「聡くんの可愛い妹だよ」

「まさか、アイツ俺の趣味を喋ったのか!」

「聡くんって変な人だよね。いつもそう思うよ」

「いつも思ってるのかよ……」

「思ってるよ。思ってる。今だって変なことに悩んでいる」

 変なこと、か。確かに変かもしれない。なんたって会って一ヶ月ぐらいの奴のために本気で悩んでいるだからな。

「なぁ」

「何、聡くん」

「お前は、俺と一緒に居て迷惑じゃなかった」

「迷惑だったよ。助けてくれって言ってなくても、助けてくる。変な人だからね」

「すまん」

「けど、同じぐらい嬉しかったよ。だから……だから聡くんがやりたいことをやったら良いんじゃないかな?」

 その言葉で心が軽くなった気がした。俺は冷たい地面からゆっくりと立ち上がる。

「変人のレッテルが貼られても、私と雪花ちゃんがいじってあげるよ」

「それは遠慮しとく」

「そうだ、鳳凰院の住所教えてくれない?」

「幼馴染が変態だった!」


「鳳凰院さんの退学処分の取り消しにご協力ください!」

 放課後、私は大声をあげながら通り過ぎる人に呼びかける。チラシを貰ってくれる人は、少なくはない。仲の良い友達には参加するように既にお願いしてある。

「志帆ちゃん、どれくらい配れた?」

「半分ぐらい。効果があるかは分からないけど」

「ビラ配りなんてそんなものだぜ」

 早乙女くんはそんなことを言いながらも、流れるような動作で人に近づき紙を押し付けている。流石、新聞部のエース、躊躇いない。たまに女子に蹴られているのはご愛嬌だろう。

「早乙女くんって馬鹿じゃないのに、馬鹿そうに見えるよね?」

「馬鹿に見えるか、けど、けど志帆ちゃんに罵られるのも悪くないぞ」

「馬鹿」

「ありがとうございます」

 これで学年に三人しか居ない特待生なのだから人は見かけによらない。

「そういえば、聡のやつは何してるんだ?」

「あ、聡くんは……」


 何度か間隔を開けて校内を周回する。教師が目の前を通り過ぎるたびにばれないように視線を向ける。伺えるのは疲れや憂鬱が大半だ。教師も大変らしい。時たま、汗を流して焦っている人間がいる。目的の人物とそういうタイプの人間が区別がつかないのが難点だ。大学ノートに人物の容姿の特徴を箇条書きにする。犯罪者リストが如く名前が書かれたノートにチェックを付ける。

「あの人は、関係ないな」

 集中力が切れてため息をつく。あまりにも見るものだから目が疲れてきた。自分の感覚が人と異なるのに気づいたのは、小学校の頃だった。母親と外に遊びに出かけたときに、自分の感覚を喋っていると指摘された。目が良いのだ。視力的な意味ではなく観察眼という意味でだが。視力の方はこれの影響なのか分からないが、徐々に下がってきている。周りを見れば、他人の感情が伝わる迷惑な代物だ。

 けど、犯人探しには最適だ。俺は最後の人物をノートに書き込んだ。

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