第7話

「勝利。見事な勝利だぞ。見ろ、聡」

 星が見えそうなほど目を輝かせながら鳳凰院は自分のスマホを見せてくる。

「僅差だけどな」

「けど、勝利だぞ。喜んだって良いだろ。今までずっと苦汁くじゅうをなめさせられてきたんだ。酷いときなんて配ったチラシを目の前で破られたんだぞ!」

「嫌われすぎだろ」

 俺は苦笑いをしながら、鳳凰院が頼んだ期間限定メニューに口をつける。ジンギスカン、北国らしい料理だが食べるのは初めてだ。この学院のメニューはぶっ飛んでいる。

「あっ、意外と美味しい」

「そうかぁ、今日は私の奢りだからな。お代わりしてもいいぞー」

「浮かれ過ぎだぞ、鳳凰院」

 とか言いつつ、俺も高笑いしたくなる程度には喜んでいる。アプリが生徒に公開されてからは、毎朝アプリを確認していた程だ。

「鳳凰院先輩、俺は信じてましたよ。先輩なら絶対に逆転するって」

「黙れ、ナンパ野郎。貴様の玉を蹴り潰すぞ」

「ひぇ……、聡助けてくれよぉー。俺、ちゃんと依頼通り働いただろ。アプリの宣伝しただろ?」

 隣りに座っていた東が居心地悪そうにこちらを見てくる。というか鳳凰院は俺達より年下だぞ。

「覆水盆に返らず」

「酷い」

「冗談だ。ありがとな東、助かったよ」

「だよなー」

「聡は激甘だな。虫歯になりそうだ。まあいい、これからもバリバリ働いてくれるんだろうな、ア・ズ・マ君?」

「当然じゃないですかぁー。嫌ですね、この鳳凰院様の飼い犬たる俺に確認する必要なんてありませんよ」


 物事が一段落すると息抜きをしたくなるものである。というわけで、俺はゲームぐらいでしか使わないノートPCを起動して「大悪魔のラブソング」を起動する。

 異世界から舞い降りた、悪魔っ子たちのアイドル活動を支える物語だ。

「貴様の助けなどいらぬわ!我は王として仲間を守るだけだ」

 画面の中では、銀髪巨乳の女の子が睨んできている。エレイン・オブ・レッドグレイヴ、この作品のメインヒロインで自称大悪魔。傍から見たら傲慢不遜で嫌なやつかもしれないけど、けど、可愛いんだよなー。主人公がエレインのために体を張るシーンは何度見返しても色褪せない。

 現実の女の子もこんなに綺麗だったらいいのに。

「あら、随分と楽しそうね変態さん」

 特に心が。

「ギャルゲーをやってるからって変態扱いするな。失礼だぞ。ギャルゲーだからエロゲーは成り立たない」

「それは?」

「18禁だ」

「……襲われないか心配だわ」

 雪花はいつも無遠慮に部屋に入ってくる。もともと、雪花の屋敷だから文句が言えないのが痛いところだ。

「ところで、噂のこと知ってるかしら?何でも鳳凰院さんのアプリにウイルスが入っていたとか」

「ウイルス?インフルエンザがパソコンに入るのか?」

「コンピュータウイルスに決まってるでしょ。貴方が熱心に協力しているようだから悪い噂は伝えておくわ」

「根も葉もない噂だな。鳳凰院はそんなことしないだろ」

 俺は自分でも驚くほどあっさりとそう断言した。


「ねぇ、ねぇ、鳳凰院さんが職員室に呼ばれてたんだけど」

「あー知ってる。鳳凰院さん普段から不定期で不機嫌な時あるけど、あの時の顔は……」

「私、食べられたりしないかな?」

 東と共に移動教室のために廊下を歩いているとチラホラとそんな声が聞こえてくる。俺は何度か息を吸って吐いた。

「東」

「いいぜ、貰っといてやるよ。ついで遅れた理由は誤魔化しといてやる。後でミネラルウォーターでも奢ってくれるんだよな?」

 俺の友人はやたら健康志向だな。

「分かった。頼む」

 重い教科書は雑に東に投げ渡すと、走り出した。


「そんなわけ無いだろ、馬鹿を言うな!ウイルスが入ったPCを見せてみろ、すぐに犯人を引きずり出してやる。……信用できないだと、……ならどうやって……」

 職員室の壁を貫通して鳳凰院の怒号が飛んでくる。膨大な怒りの中に、涙が混じったような不快な声だ。聞きたくない声。破壊せんばかりの力で扉が開いた。

「どうしたんだ、聡。授業中だぞ」

「……」

 鳳凰院は先程までの雰囲気は一切見せず言う。俺は。

「何でもない。ただのトイレだよ」

「一年の階でする趣味でもあるのか?」

「移動教室だからだよ。そんな変態みたいな趣味はない」

「じゃ、じゃあな。聡」

 鳳凰院は駆け足で隣を通り過ぎる。

「ごめん……」

 消え入りそうなその声が聞こえた。俺はポケットの中に入れていたお守りを砕かんばかりに握った。


「鳳凰院さん、今日、来てないらしいよ」

「本当なのかな?」

「分かんないわよ。けど、もしかしたら退学になるかも……なんて噂も出てるわよ」

「どこからよ?」

「どこかの先生が言ってたらしいの」

 噂は根も葉もなければどんどんと飛んでいくものだ。

「東、この学院の生徒会長って?」

「龍さんだ。りゅう楓花ふうか。お前も見たことあると思うぞ」

 俺は席から立ち上がった。

 廊下を歩いてると眼鏡をかけた細身の教師が、横を通り過ぎた。平静を保っている口元はどこか曲がっているように感じた。人の不幸が蜜の味という屑か、はたまた。判断はつかない。

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