第6話
現実は非情だ。学院の正門前、俺の顔面に、風に乗って選挙ポスターが直撃した。内の生徒会長は相変わらず顔だけは良い。足りないものは背と、胸と、性格だ。あとその他
「よし、諦めよう」
「早い、早すぎるぞ、聡。まだだ、まだやれるはずだ」
「あれを見てみろ」
俺が指差した先で、山神が笑顔で選挙活動を行っていた。周りにはゲームセンターにも集まっていた信者共がいて、一緒にビラを配っている。男子生徒はデレデレとした顔で山神からポスターを受け取る。その中には見知った顔もいた。
「早乙女のやつ、一瞬で裏切ったぞ」
「そりゃそうだろ。敗色濃厚だからな」
「だからって、あそこまでアホ面を晒すか?」
「山神は万人受けする
「おい!まるで私はニッチ受けな奴みたいじゃないか」
「げへへへ、沙耶ちゃん、今日も可愛いね」
「死にさらせ!」
鳳凰院は近寄ってきた太った男子生徒に飛び蹴りをぶちかました。相手は歓声をあげながら吹っ飛んで失神した。幸せそうだ。先程の行為のせいで、周りの女子からは白い目を向けられている。なぜ、俺にも向けるんだ。俺は悪くないぞ。
「なぜ、なぜ。情報化の素晴らしさが伝わらないんだ。AIだぞ、自動化だ。面倒なことが減るんだ」
「ぶっちゃけ、容姿だな」
「……」
俺の言葉が突き刺さったらしく鳳凰院は胸を抑え、倒れ込んだ。胸は大きくならないけど。学生の選挙はそんなものだ。何か別の手を考えなくてはいけない。
俺は昼休みに学院の図書館に入る。流石、貴族の学院だな。俺は渡された図書カードを見てため息をつく。すべての本にはバーコードが貼ってあり図書カードを端末に翳すことで情報が参照できる。どうも、情報化そのものを嫌っているわけではないな。
鳳凰院の手前、「容姿」などと無責任極まりない発言をしたが、諦める気はない。頼まれた以上は足掻いてやる。少なくともアイツが諦めるまではな。
「熱心ですね。聡さん」
俺がちらりと視線を向けると山神が立っていた。
「皮肉かよ」
「期待ですよ。諦めてなくて安心しました。つまらないですから」
「せいぜい高みから見下ろしてるんだな。すぐに引きずり下ろしてやる」
「野蛮ですね」
お前の楽しそうな顔よりはマシだと思うけどな。ファンの奴らに見せてやりたい。山神万葉は正真正銘のバトルジャンキーだ。山神が立ち去った後、俺は一冊の本を手に取る。見せるやるしかないだろ。
放課後、俺は教室前で鳳凰院を待ち伏せする。
「ということで鳳凰院、証明しよう」
「突然、呼び出して何を言ってるんだ聡は、数学の話か?」
「選挙の話だ」
俺は鳳凰院に本を放り投げる。鳳凰院はなんとかそれをキャッチする。
「Grapeのアプリ開発か?」
「俺はよく知らないけど、どうせ作れるんだろアプリ?」
「無責任な奴だな。結構、面倒くさいぞアプリ開発。Grapeは認証が厳しいからな、そう簡単には販売できない。それにアカウントも必要だ」
「持ってるだろ」
「……何を作るんだ?」
「選挙アプリ、仮の投票数を表示できるようにしよう」
「馬鹿か、そんなことしたら現実が明らかになるだけだ」
「もう、明らかだろ。どれだけ喚いていても意味がない。時間の無駄だ。選挙は容姿だけで決まらない。だけど強く影響する。性格も容姿も山神が圧倒的だぞ」
鳳凰院は頭に手を当てて黙り込む。
「……分かった。作る。本はいらない。いくらでも持ってるからな。…………あと、ありがとう聡。勇気が出た」
かすかに振り向き間際に見えた。意思の宿った緑の瞳は輝いている。手は恥ずかしそうに銀色の髪を巻く。俺はお前みたいなやつが生徒会長になった方が良いと本気で思ってるからな。これで事態は好転するだろう。このゲームはそんなに難しいものじゃない。
一週間後、真っ黒な隈ができた鳳凰院がアプリ開発が終わったことを報告してきた。天才かな?
「鳳凰院沙耶、私は学院の近代化を成し遂げる。時代に追いつかない教育をデジタル化によって改善する。毎日、家からダンベルのような重さを持つ教科書を持ってくる必要はない。伝統を重視するのは大変結構だが、効率化すべきところは効率化するべきだ。その最初の一歩が、この『サイオウくん』だ」
鳳凰院が正門前で高台に乗って演説をしていた。周りには人だかりができている。隣にいる山神はその姿を笑顔で見上げていた。
あまり好きではないGrape社製のスマートフォンを起動してアプリを開く。「サイオくん」は大手企業が開発したと言っても信じられそうなシンプルで美しいデザイン投票数を表示する。鳳凰院沙耶の名前の下の円グラフは半分以上色づいていた。流石、上流階級の通う学院だ。見る目がある。そもそも某日本最高峰の大学へ進学する人間さえいるのが、灑桜学院だ。明確な利益があるなら乗ってくる。
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