第5話
志帆は「そう……」と悲しそうに言った。追求するべきではないと判断したのだろう。俺は志帆の気遣いに感謝しつつ、釣り合わない学院生活について
珈琲店を出る。まだ昼間で余裕があったので途中で見つけたゲームセンターに入る。目が痛くなりそうな光がそこら中で点滅している。
「万葉様の勝利ィィィィィィィィィィ。傷一つない完全勝利だァァァ。瞬時に壁へと追い込み、踊るような連打で相手にコマンドを入力させない。完全勝利」
「あらら、そんなに煽てなくても良いのよ」
「先日ぶりですね、聡さん」
山神はにこやかに微笑む。微笑みの裏には飢えた狼が潜んでいることを確信する。少し話しただけで分かった。
「生徒会長選挙は大丈夫なんですか?」
「問題ありません。今の所私の完全勝利です。ハプニングでも起こらないんでしょうか?退屈です」
小さくため息をつく。山神は挑発的な視線で俺を見る。
「ゲーム、やっていきませんか?」
ちらりとゲーム画面を確認すると「裏路地戦士」というセンス皆無のタイトルが表示されていた。e-sportsの競技としても採用されている格闘ゲームだ。操作方法は……まだ覚えていたはず。
「良いですよ。やりましょう、ただ条件が……」
俺はニヤリと口元を歪ませながら提案する。
「構いませんよ。勝つのは私なので」
「Fight」の文字がポップアップすると共に試合が始まる。二つ右隣には山神が座っている。俺は
ちらりと右を見る。ゲームに注ぐとは思えない殺気が見えた気がする。迫力に負けずに、冷静に観察する。肩の動き、それによって起こる腕の動き。そして入力される命令。
画面の中では、渚がお
なるほど、そういう戦い方をすればいいのか。
俺はついさっき山神がやったように壁まで追い込まれた瞬間に、掴み攻撃で攻防を逆転させる。次の入力は弱攻撃、そして強。ジャンプの後には空中攻撃の下。命令を読み込んだプログラムのように躊躇いなく操作する。相手のHPが細い棒になり、勝利を確信する。だが、剣は見事に宙を舞っていた。相手のキャラが一際輝く。そういえば、奥義みたいな要素が格ゲーにはあったな。
敗北した俺は約束もしていなかったのに、珈琲店に戻り珈琲を勝者に渡していた。
「なぜ、俺は奢らされているんでしょうか。山神さん」
「ふふふ、なぜでしょう?」
「もしかして気づいてました?」
途中から山神の操作にフェイントが混ざっていたような気がする。ある程度は見抜けるのだが、全てとなると難しい。
「『サトリ』、素晴らしいネーミングセンスだったのね。会長は相変わらず勘が良いわ」
「言わないでくださいよ。それのせいで友達が少なくなったかもしれないんですから」
「別に言いふらしたりしないわ。相手の気持ちが読めるの?」
「動きから予想してるだけです」
そう、心が読めるわけではない。呼吸や腕の動き、脚の癖。そういうものと今までの人間の性格や行動などを即座に結びつけているだけだ。外れることもある。
「聡くん、私の生徒会活動を手伝ってくれないかしら?」
「完全勝利するなら必要ないです」
「傲慢な人間は嫌いなようね。じゃあ、沙耶さんに協力してあげてくれないから。私の高い鼻を折ってみなさい。天ヶ瀬の息子」
「養子ですけどね」
「それでもよ」
「私が生徒会長になったら聡くんを役員に選ぶからよろしくね」
などとおぞましい未来を言いながら山神は帰った。変な人に目をつけられたかもしれない。
時間を潰しすぎたのか、空は茜色に染まっている。当然、昼飯はそこらのコンビニで購入したおにぎりだ。俺が昼飯がいらないと言ったら。電話口から「野垂れ死ね」とメイドの
「おい!……ようやく見つけたぞ妖怪」
帰ったら何をしようか思案しながら坂道を登っていると、立ちふさがるように小さな少女が立っていた。冷たい風に揺れて目を引く銀糸が揺れる。無地の白のシャツの上に茶色のコート、黒のズボン。年頃の少女らしからぬ無駄のなさすぎる服装だ。燃えるような深緑の眼差しは鋭く俺を睨みつけている。鳳凰院沙耶だったかな。
「私の部下になれ、いや違う。私の仲間になってくれ」
「嫌です」
「そうか、そうか。えっ、嫌なの?」
「嫌ですよ。生徒会の話ですよね。面倒なので参加したくありません。俺は帰ってギャルゲーをしなくては行けないんです」
こんな小さな少女より、銀髪巨乳悪魔っ子のエレインさんとイチャイチャしたいんだ。予想が外れたのか、鳳凰院は顔を青ざめさせながら目を潤ませている。
「そうだ、私が生徒会長になったらお前の悪い噂なんて一瞬で消してやるぞ。なんたって私は革新派だからな。……」
頑張って気丈に喋っている鳳凰院をジーと見ていると徐々に口数が減ってくる。良かった。諦めて帰ってくれそうだ。
「天ヶ瀬聡!私は私のために生徒会長になる。五月蝿く小言を言ってくる父親に認めさせてやりたい」
鳳凰院は喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。俺は無意識にまた、ボロボロのご利益などなさそうなお守りを握る。
「私を助けてくれ」
ただ呪いだ。それでも、俺は呪われたことを後悔はしていない。続く言葉は少女には渡さない。
「保証はしない。生徒会長になれるなんて言わない。『サトリ』なんて噂は馬鹿馬鹿しくて嫌になる。そんな噂はあってもなくてもいい」
「……」
「けど、お前が助けを求めてくれるなら俺は助けるよ」
それが
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