第4話

「神社に行くわよ」

 土曜日、片付け終わっていない部屋を整理していると雪花はノックもせずに入ってきて言い放った。

「すまない、妹よ。俺には使命があるんだ」

「セブン・シスターズ。両親は随分と頑張ったのね」

 いつの間にか、雪花は俺の持ってきたギャルゲーコレクションを漁っている。

「これ、学院で最高のゲームとして紹介しましょうか?」

「神社、楽しみだなー」


 白のダウンベストを着て外に出ると、空閑と雪花が待っていた。

「メイドさんも来るのか?」

「イエス、雪花様あるところに私ありです。聡あるところに不運ありです、お守りせねば」

「勝手に人を疫病やくびょう神にするな」

「仲がいいのね、結婚したら?」

「年収とご相談だぞ、聡」

「こっちから願い下げだ」


 数十分後、俺は外に出たことを後悔していた。脚が痛い。上を見上げればまだまだ長く階段が続いている。二千階段、ここ雪見神社の人気スポットらしい。ただの苦行だろ。作った奴は性格が悪そう。

「ほら、兄様あと少しよ」

 一歩先を行きながら息を上げる俺を雪花が見下ろしている。極上の笑顔で。殴るぞ。

 

 倒れ込みそうになりながらも最後の階段を登り終える。雪花と空閑は普段から訓練しているのかあまり疲れていないようだ。銀色の鳥居とりいの周りでは外国人観光客が写真を撮っている。ようやく雪花たちに追いつくと、間に一人の少女が立っていた。

「初めまして、天ヶ瀬聡さん」

 紅白の巫女服を着た黒髪の少女はニコリと柔らかく笑う。

山神やまがみ万葉まよ、雪見神社の巫女でございます。以後お見知り置き」

「ど、どうも」

 反射的にお辞儀をする。

「どう、兄様は面白いでしょ?」

「確かにいじめがいがありそうですね」

「早速悪い噂を流さないでくれ」

「うふふ、冗談ですよ。それにしてもこんな時期に転校生ですか。山神万葉に投票お願いしますね」

 投票?

「万葉さんは生徒会長候補なのよ。もう一人は鳳凰院ね」

 幼女の未来が不安になってきた。強く生きてくれ。

 

 日曜日、筋肉痛になった俺が布団に寝転んでいると、扉が勢いよく開かれた。

「お兄ちゃん、クッキー買ってきて。もちろん、朧川珈琲店おぼろがわこーひーてんのやつ」

 猫なで声に騙されたわけではないが、一週間もただずに俺は調教されてしまったようだ。反射的にハイと答えたのが運の尽き。何やかんやと言いくるめられて、今メインストリートに来ている。

 可愛らしい雪がモチーフのマスコットが描かれた雪花手書きの地図を見ながら朧川珈琲店に入った。木の香りが気持ちを落ち着かせてくれる静かな店だ。せっかく来たのだし、クッキーを買うだけでなく珈琲でも飲んでみることにした。

「どうぞ、エスプレッソです」

 朝はこれに限る。もう十時は過ぎてるけどな。

「あ、えーと、あの聡くんですよね?」

 反射的に振り向いてみると、確かにあの時の少女だ。名前は確か、東風ひがしかぜ志帆しほ。どこかで見覚えがあるような顔だ。いや、当然あの時会っているのだけど、それよりも懐かしい感じ。

「ごめんなさい、変な噂になっちゃって。ちゃんと否定しとくから」

 弱々しげにこちらを見てくる。

「俺が勝手にやってことだから気にしなくていいよ。交通事故の逆バージョンだと思ってくれ」

「……変わらないね」

 ボソリと言葉を漏らす。

「何でもない。助けてくれてありがとう」

 立ち去っていく小さな背中が頭にちらつく、疑問に思い、ゆっくりと眼鏡を外しよく見てみることにした。何か思い出すかも知れない。

 

 僕は涙を堪えながら頑張ってうずくまった少女に笑いかけていた。不格好で不自然だったのだろう、泣いていたツインテールの少女はこちら見てくる。

「女の子は笑顔が一番」

 少女はさっきまでの泣き顔失くし、堪えきれず笑い出す。僕は少しムッとする。

「全然、笑えていないよ。聡くん」

「うっさいな、志帆。ほら笑ってる暇があったら立ち上がれよ」

「笑顔が一番」

 僕は家に帰って布団に潜った。


「志帆、久しぶり」

 志帆はゆっくりとこちらに振り返る。察しの悪い俺に輝かんばかりの笑顔を向けた。

「女の子は笑顔が一番だからね!おかえり聡くん」


 志帆は驚くべき速さでバイトの暇を貰い、俺の正面に座った。

「まさか、忘れられてるとは思わなかったよ」

「ツインテールぐらいしか原型げんけい残ってないぞ」

「失礼な。たまに友達に変わらないね、なんて皮肉を言われるんだからね」

「皮肉なのか……」

「私はちゃんと変わってるからね。昔のようなビクビクした子供じゃないの」

「大丈夫だ。腹黒野郎だと確信している」

「それは心外。けど……、驚いたよ。灑桜に転向してくるなんて、後、名字も変わってるし。……その、可奈さんはどうなったの?」

 不安になったときは昔のように怯えている。俺は胸に僅かな痛みを覚えながらも、何でもないことのように言う。

「死んだよ。交通事故で。即死だったらしい」

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