第3話

「ハッピーエンド、天ヶ瀬聡の冒険は終わった」

「終わってないです」

 痛い。あの後、屋敷に戻って治療を受けていた。第一の刺客、ようするにあのメイドからだ。空閑つばさ、天瀬家専属のスーパーメイド。……もちろん、自称だ。

「今日は厄日です」

「おいおい、このスーパーメイドに消毒してもらえるなんて十億かけても貰えないサービスですよ」

「最初の歓迎もか?」

「オフコース。ちゃんと当たらないように手加減はしたから大丈夫」

 普通の人間だったら目を見れば、冗談かどうかは分かる。空閑のは分からない。今まで会った人間の中でもまったくテンションが読めず、感情が表に出ない少女だ。実は武術の達人だったりするのかもしれない。

「終わりました」

「ありがとうございます」

「お兄様、これから歓迎会があるので見事に恥をかいてきてください。ボロボロの体に有りもしないマナー、この二点セット、これはお得ですぜ」

「殴るぞ」

「やってみろい!」

 空閑は素早く距離を取りシャドーボクシングを繰り出す。雪花がまともに見えてきた。


「ようこそ。会えて嬉しいよ、聡君」

「ありがとうございます、天馬さん」

 天ヶ瀬天馬てんま、天ヶ瀬家の当主であり日本のあらゆる業界に君臨する天ヶ瀬グループの代表でもある。近場のスーパに行って彼のグループの製品を見つけないことのほうが難しいだろう。

「内の娘は可愛いだろう。お勧めだよ。聡君が娘と結婚して会社を継いでくれたら良いのになー」

「か、考えておきます」

 養子に引き取られる前にも言われていた冗談に狼狽える。本人に目の前で言われるとサラリと流せなかった。 

「兄様、父さんにこびを売っても無意味だから辞めたほうが良いわ。お小遣いは増えない」

「お前はなんて理由で父親と喋ってんだ」

「あら、妹なのだからこれぐらいのしたたかさは持ち合わせておくべきよ」

 屋敷の中だけの小さなパーティということも会って、新しくできた妹と他愛もない会話を話した気がする。出されたポーク&ビーンズは、母の顔がちらついた。

 

 転校生というものは往々にして試練を乗り越えるものだ。自己紹介という名のな。

「天ヶ瀬聡です。趣味は読書、好きなジャンルはハイファンタジーです。……」

 当たり障りもない自己紹介が終わった後、教師に指定された席に座る。周りを見渡すと、先日出会ったバイトの少女が居た。この学院の生徒らしい。無害な自己紹介をしたと思ったのが、所々ヒソヒソ声と興味深いものを見るような視線が集まる。

 その単語が何度か聞こえた。悟りでも開いた僧だと思われているのか。

「大人気だな転校生」

 隣の男から声がかかる。トラウマの金髪だ。別人だけどな。校則で禁止はされていないらしい。

「素晴らしい自己紹介をした覚えはないんだけどな」

「昨日のことだよ」

 昨日、何だか嫌な予感がする。

「何でも昨日この街に妖怪が現れたらしいぜ。見ただけで心を読むな。……これ、どこまで本当なんだ?」

 憂鬱ゆううつな学院生活が確定した瞬間であった。と後に俺が言うかもしれない。

 

 どの学校に居ても変わらないチャイムが鳴り響くと生徒が席を立つ。俺は嫌われているのか、周囲から質問攻めされることもなかった。熱い視線で見つめられるだけである。疑わしさもセットだ。

「聡、弁当か?」

「いや、持ってない。学食があるらしいから、それにするつもりだ」

「おっ、じゃあ一緒に行こうぜ」


 早乙女さおとめあずま、俺の隣席の男と一緒に階段を降りる。一階が三年だから、二年はまだ近い方だろう。

 食堂は無数の丸テーブルが並べられた和気あいあいとした場所だった。生徒たちは、楽しげに声を上げながら食事を楽しんでいる。雪花の言っていたとおり、学院ではテーブルマナーなど気にせずに済みそうだ。

「俺のお勧めは鯖定食だ」

「凄まじく普通のチョイスだな」

「俺は渋い男なんだ」

 いや全然。東は短時間、話しただけで気さくで人付き合いが上手いタイプの人間だと確信した。

「やあ、そこのお嬢さん、俺達と一緒に食事しない?奢るよ」

 追加情報、ナンパな奴だった。この世の金髪は皆ナンパをするのか?

「また、今度機会があったらね」

 話し掛けれた女子生徒は笑顔で言う。東はこちらに戻ってきてため息をついた。

「聡、女子は残酷だな」

「この、生徒会長推薦って何なんだ?」

 煮込みハンバーグの側に書かれている文字に東は視線を向ける。

「そういや、他の学校だと珍しいか。名前の通り、生徒会長が勝手に依頼して作らせている料理だ。この学院の生徒会長はそれはそれは偉いぜ、アメリカの大統領並だ。核爆弾なんて即時発射さ!」

「煮込みハンバーグ、大盛り!!」

 綺麗なハスキーボイスが食堂に響く。どこかで見たことのある燃えるような髪だが、気のせいだろう。


 結局、煮込みハンバーグを注文した。庶民の弱点、特別感を突かれれば注文せざるを得ない。期間限定は呪いだ。

 うん、生徒会長推薦なだけあって柔らかく肉汁が溢れるハンバーグだ。東に生徒会長制度のことについて聞いていると怖くなってきた。「生徒の強制退学」、「教師の解雇」など暴君ぼうくんのようなことも選挙さえ行えば実現できてしまうらしい。

「おいナンパ野郎、依頼はちゃんとこなしてるのか?」

 突然、隣から話し掛けられて驚く。小学生に間違えられそうな銀髪の少女が居た。エメラルドの瞳は不満そうに細められている。右腕には最近流行りのスマートウォッチを着けている。健康管理に興味があるのか、それとも効率的にしたいのか。少女の視線は俺の隣に向いていた。ほっ、良かった俺じゃなかった。

「俺はナンパじゃない。彼女が欲しいだけの紳士なんだ」

「変態だな」

 真顔で言うと、少女は俺の隣に座る。

「ん、早乙女に友達ができたのか」

 少女は俺の顔をじっと目を見てくる。

鳳凰院ほうおういん沙耶さやだ。よろしく頼む」

 俺は半ば流されるように握手を交わす。柔らかく熱を帯びた手が俺の手に触れる。瞬きの瞬間には、ぬくもりはなくなっていた。鳳凰院は期間限定メニューであったナンとカレーのセットをどかりとテーブルに置く。

「で、早乙女、ちゃんと働いているんだろうな?」

「沙耶ちゃん、俺ほど女性に優しい紳士はこの学院にはいないさ。沙耶ちゃんは、守備範囲外だけど」

「カレーぶっかけるぞ」

 物騒なことを言いながら、鳳凰院と東は何かを話し始める。どうやら新聞の文章の話のようだ。

「沙耶ちゃんは生徒会長候補なんだよ。んで、俺が新聞部でそのための資料を作ってんだ」

 なるほど。……幼女が生徒会長。

「おい、貴様。なんか失礼なことを考えただろ」

「いえ、何でもありません」

 鳳凰院の睨みつけるで、俺は萎縮いしゅくする。

「そういえば、『サトリ』の噂は聞いているか?何でも心を読むそうだ」

 俺は一瞬どきりとする。

「ヤダなー、そんな人間いるわけないじゃないですか。中二病ですか?」

 鳳凰院の拳骨げんこつが東に下った。

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