第58話 プロポーズ
「ここへ来るのは二回目だけど、相変わらず竜宮城みたいな駅ね」
片瀬江ノ島駅で降りて、僕たちは江の島へと向かった。手が触れ合ううちに自然とお互いの手を握り合う。ここでは誰の目も気にする必要はない。多くの観光客がいたが僕たちは二人きりではないかと錯覚してしまう。
既に陽も沈みかけて、富士山が薄っすらとシルエットになっている。先ほど新幹線から見た時は大きく感じたのに今はあんなに小さい。今更ながら遠くへ来たのだと実感した。
「そういえば、ここで写真を撮ったんだったね」
弁天橋を歩きながら、小梢は立ち止り富士山のシルエットを眺めた。
「それで、これから何処へ行くつもり?」
「え~と、展望台へ登って夜景を見ようかと」
「ああ~、あそこからの眺めは素敵だったわね……。
まさか、また圭君と一緒に来れるなんて思ってもみなかった。
一生の思い出にするつもりだったけど、思い出が増えちゃった 笑」
「あはは……」
再び来ることはない、あの時、小梢はそう思っていたのだと知って少し胸が苦しくなった。僕はそんな事も知らず、此処を再び訪れた時の事を妄想してデレたのだから。
展望台に上がる頃にはすっかり陽は沈んでいたが、まだ海面は少し赤みを帯びていた。街の灯りが目立つようになり、先ほど通ってきた弁天橋もライトアップされており、その光が海面を照らして揺らいでいた。
展望台の下はイルミネーションで宝石箱のようにキラキラと輝いている。
間違いなくムードは満点だ。
「やっぱり、凄く綺麗ね……」
そう言うと小梢は腕を絡めてきて、頭を僕の肩に預けた。
今だ! 今こそ計画を実行に移すのに絶好の機会だ。
僕は、小梢の肩を抱いた。
「小梢……。今日ここに来たのは、君にどうしても言いたいことがあったからなんだ」
「なあに?」
「僕にとって、僕の一番の幸せは小梢と一緒に過ごせることなんだ」
「……」
「そして、小梢の幸せって何なんだろうって、ずっと思っていた」
「わたしの幸せは……、自分の仕事を続ける事よ。前にも言ったわ」
「分かってるよ、でも、それは何のため?
仕事をして、努力を重ねて、自分で自分を追い込んで、それが小梢の幸せなの?」
「なに? 言いたい事って、哲学?
馬鹿馬鹿しい。わたしは十分幸せよ。自分こそ、わたしなんかが圭君の幸せなの?
そんな価値……、わたしに……ない」
「価値とかじゃなくて、義務……、いや違う。
君が一緒に居てくれることそのものが、僕の人生だ。君が……居てくれなきゃ嫌なんだ」
僕はずっと考えていた。小梢がなぜ自分を追い込むことで走り続けるのか。
きっと、そうしないと生きる事に対して関心を持てないからだ。
小梢は今、生きていない。
「君がもし生きる事を傍観してるのだとしたら、僕と同じ目線で、同じ道を歩いて欲しい。
どちらかが躓けば支えて、今回みたいに二人とも一緒に転んでも一緒に起き上がって、いつか君が生きている事を幸せだと思えるような、そんな人生を一緒に送りたい」
そこまで言うと小梢は絡めていた腕を離し僕に向き直った。
当然だが驚いた表情をしている。
「それって……」
「僕と結婚して欲しい!」
小梢はこれ以上ないというくらい目を見開いて僕を見つめた。
僕は祈るような気持だった。四年前、悲しそうに小梢が『ごめんなさい』と答えた時の事が頭を過る。
不安が増幅していき、胸を押し付けられる思いがした。
だが、小梢は目を見開いていたかと思うと、意外な行動に出た。
「ぶーーー! なにそれ? そのために此処まで連れて来たの?」
小梢は突如吹き出して笑いだす。
「え……と」
僕はどう反応して良いか分からず、ただ戸惑うばかりだった。『YES』は期待していたが、『NO』も覚悟していた。だから、その時のための反応しか用意していなかったのだ。
「ホント、どうしようもないんだから……、笑い過ぎて涙がでちゃったじゃない」
そう言いながら、小梢は拳を作って涙をぬぐった。
どうやら、僕の計画は『YES』『NO』以前に、あまりにも突然過ぎて小梢には実感のないものに感じられたようだ。
むしろネタなのか……、たしかに一世一代の馬鹿をやってしまった自覚はある。
僕が落胆していると、またしても小梢は意外な行動、無言で手を差し出してきた。
「え……と? 小梢さん? その手は何でしょう?」
「今のって、プロポーズでしょ?」
「うん……」
思いがけない小梢の行動に僕は思考が周回遅れになる。
「だから、プロポーズって指輪を渡しながらするものじゃない。
わざわざ、こんなところまで連れ出して、ちゃんと用意してるんでしょうね?」
確かに、ドラマや映画でのプロポーズでは指輪を渡している。しかし、この計画を思いついたのは最近だし、実行に移そうと決めたのは昨日だ。指輪なんて考えも及ばなかった。
今さらながら、無謀な計画だったと思い知らされ、キョロキョロと目が泳いでいる僕に、展望台の下に見える宝石箱が目に留まった。
「いや、もちろんあるさ。でも指輪はサイズも確認しないといけないから、だから、今は君にあれを送るよ」
僕は眼下にキラキラと輝いている宝石箱を指さして言った。
「マター、似合わないから止めて、そんなキザな事! 笑
ホント、どうしようもないんだから」
またしても小梢は笑いながら涙をぬぐった。
もはや僕の言葉はギャグでしかないようだ。ハッキリした答えももらえず意気消沈している僕の手を小梢が握る。
「下の方で良い匂いがしてたから、お店が閉まる前に食べて行こうよ。
喉も乾いたし」
展望台を降り、磯焼でハマグリやサザエを食べながらビールを飲み、その日は急遽予約したホテルに泊まった。
次の日、せっかくだからと鎌倉まで足を伸ばして観光し、帰ったのは翌々日だった。
その間、プロポーズの事は封印していた。
即答は貰えなかったが、少なくとも『NO』がなかった事は前向きにとらえようと自分に言い聞かせた。
小梢も、旅行が良い気分転換になったのか、いつにもまして口数も多くなり、少し明るくなったような気がした。
帰ってから、僕は引っ越しの準備に忙殺され、一世一代の冒険だったプロポーズの事はすっかり無かった事のようになってしまった。
小梢も転校の準備があるため、当然忙しい。旅行以来会う事も出来ず、ゆっくりと話すこともできないでいた。
そして、時間だけは過ぎ、いよいよ僕が実家に戻る日が来てしまった。
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