第57話 雪辱
「ちょっ! 何を言い出すの?
江の島って東京の先よ、これから向かったら着くのは夕方じゃない。
冗談じゃない、行くなら一人で行って!」
「お姉ちゃん、行ってきなよ。でも、江の島に何かあるの? 森岡さん」
「え……と(まだ、此処では言えない)」
「初めて二人でデートしたのよ」
小梢はプイと顔を背けて言い放った。少し照れているようにも見れたが、憮然としているようにも感じられた。
「ええ~~、二人の思い出の場所なんじゃない。
いいな~、森岡さんって案外、思い出を大切にする人なのね。
だったら行くべきよ、もう一度二人で愛を確かめてきなよ」
「簡単に言うけど、その辺のコンビニに行くのとはわけが違うのよ」
小梢姉妹の押し問答は続いていたが時間が無い。何せ、この時間の列車を逃すと次は一時間後なのだ。
「ゴメン、時間が無いんだ。頼むから一緒に来てくれ。小枝ちゃん、ありがとう!」
それだけ言うと僕は小梢の手を取り改札へと急いだ。
「ちょっと! だから、そんなに手を引っ張らなくても良いって!」
「はい、これ切符」
小梢の抵抗を他所に、僕は前もって買っていた切符を渡すと改札を抜け、ホームへと急いだ。
程なくして特急列車がホームへ滑り込んでくる。
「なんとか間に合った。ゴメンね、急がせちゃって」
「謝るのはそこ? もっと沢山やらかしてるんだけど」
「全部まとめて謝るよ、とにかく乗って」
僕たちが車内に入る頃にドアが閉まるベルが鳴り、間もなくして静かにドアが閉まった。
指定席まで移動し、着座する頃には列車は走り出していた。
座席に座り一息つく事ができたが、そこからまた小梢の質問攻めが始まる。
「江の島に行くのは良いとして、今日は泊まる場所はどうするの?」
「それが、まだ決めてない……けど、これからネットで予約するよ」
特急列車は暫く湖畔と海沿いを走った後に山間部を抜けるルートを通って岡山で終着となる。車窓には夏の日差しを受けた海面がキラキラと輝いて見えた。
「は~~、ちゃんとしたところを予約してよ。手っ取り早くラブホなんて嫌だからね」
「分かってるよ……。
そういえば、僕たちってラブホに行ったことなかったね。
小梢って、ラブホに行ったことないんじゃ?」
「ヤダ! 変なところに気付かないでよ。だからって、わたしは絶対に嫌だからね」
どうやら、小梢はラブホに良い印象を持っていないようだ。
「分かってるよ、湘南の方は観光地だからいくらでも泊まる所はあるし、いざとなったら新宿辺りまで戻ればホテルなんていくらでもあるさ」
強引に連れ出したものの、小梢も覚悟を決めたみたいで僕は安堵した。
後は、計画を実行に移すだけだ。
「岡山には何時に着くの?」
「たしか13時くらいかな」
「そう……、じゃあ岡山でお弁当を買いましょう。
わたし飲み物を買ってくるわ。 それに化粧を直したいし」
そう言うと小梢は座席を立ち隣の車両へと移動し、しばらくすると戻ってきたのだが直ぐに不機嫌になっていると気付いた。
「どうかしたの?」
「この列車、自販機も車内販売もないみたい」
「あ! そうだった!」
「は~~~、仕方ないから岡山まで寝るわ。起こさないでね!」
思わぬところで僕の計画に暗雲が立ち込めてきたが、僕は岡山で十分に挽回できると睨んでいた。小梢には大好物があるから、それを与えれば機嫌は直るはずだ。
暫くすると小梢は本当に寝息を立て始め、僕の肩にちょこんと頭をのせた。
甘い匂いに少し汗の匂いが混じっていた。久しぶりに間近で見る小梢は、やはり美しい。僕は小梢を起こさないようにトイレも我慢して、なるべく動かないようにした。
今の僕にできるのは、そのくらいしかないからだ。
山間部をうねりながら駆け抜け、列車が岡山に到着したのはお昼過ぎだった。
小梢は岡山の少し手前で目を覚ましたが、その頃には機嫌が直っているようだった。
「岡山に着いたらお弁当を買って……、できれば洋服を買いたいのだけど、時間はある?」
「いや、お弁当買うだけで精一杯だと思う。
そうだ、洋服なら品川で買えば? ルミネもあるし」
「そうね、そうするわ。
あと、旅と言えばアレよね」
「(キタ!)そうだね、やっぱりアレだよね。分かってるよ、僕も付き合うよ」
「あら? 珍しい 笑」
やはり小梢の機嫌を直すにはアレが一番だ。普段はめんどくさいくせに単純なところもある。僕は今ほどビールというものに感謝せざるを得なかった。
「それ、頂戴」と言うなり小梢は僕のお弁当からおかずを取っていく。
「代わりにこれあげようか?」
岡山を出てからというもの、小梢の機嫌は上々だった。
なんとも良い雰囲気だ。これなら僕の計画は高確率で成功しそうな気がしていた。
「富士山を見るのも久しぶり……」
静岡に入ると富士山が見えるようになり、いよいよ東京が近いという頃、小梢がポツリと漏らした。
新幹線から見える富士山は特別だ。普通ならテンションが上がるのだが、小梢の言葉には感慨が含まれているように感じられた。
「僕は四ヶ月ぶりかな……、でも懐かしい感じはするよ」
「東京から地元に帰るとき、富士山を見た時にもう圭君とは会えないものだと思っていた。それが今、一緒に車窓から眺めてるんだもの、なんだか不思議だわ」
「ぼくだって同じだよ。小梢とまた会えるなんて思ってなかったし、ましてやこうして一緒に旅行に出るなんて思っても見なかった」
手を握ると、小梢も握り返してきた。抱きしめたい衝動を抑え見つめ合うと、小梢の瞳は少し潤みを含んでいた。
もし、ここが個室なら、そのままキスをしてしまいそうな雰囲気だった。
「ヤダ……、わたしったら、変な事を考えちゃった……」
少し恥ずかしそうに小梢は目を逸らして、少し顔を伏せる。
「あ、いや……、僕も同じことを考えたかも」
「もう。そういうトコだけ敏感なんだから。普段は頓珍漢だったり突拍子もなかったり、かと思うと優柔不断で……、でも凄く優しくて……、ちょっとエッチで……。
でも、ありがとう。最初は気が進まなかつたけど、こうやって旅行するのって気分が晴れるわね」
なんと可愛いのだろう!
頑固でめんどくさくて扱いにくい女だけど、それだけに素直な小梢は超絶可愛い。
僕はきっと鼻の下が最大限に伸びきっていた事だろう。
思った以上に最高の雰囲気のまま横浜を通過し品川へ着いた頃には夕方になろうかとしていた。
品川で買い物をして、そこから東海道線に乗り換えて江の島に向かう。
考えてみれば、四年前の告白で拒否された雪辱でもあるのだ。
今度こそ『YES』をもらう!
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