第54話 一番大切なもの
「圭君……」
「気が付いた?」
「ここは……?」
「保健室だよ。 教室で倒れて、でも自分で歩いてきたんだけど覚えてないの?」
小梢が倒れてから二時間が経っていた。
保健室に着くなり、ベッドに寝かせたのだが、しばらくは呼吸が苦しそうだった。
だが、そのうち落ち着いたのか、小梢は寝息を立てだしたのだ。
一旦、教室に戻り小梢は大丈夫だという事を説明し、特別授業を締めて、教頭に事の顛末を報告し、先ほど保健室に戻ってきた。
まだ小梢は眠ったままだったが、保険の先生が目を覚ますまで居てあげなさいと言うので、目が覚めるまで傍で待っていたのだ。
「ごめんなさい。途中から夢を見ているみたいで、ずっと息が苦しくて、呼吸しなきゃって思ってたら、どんどん苦しくなって……」
「仕方ないよ、あんなに集中して非難されれば、誰だって精神状態がおかしくなるよ」
「ううん、わたし、ちゃんと生徒達に説明しなきゃいけなかったのに、また逃げたんだわ。全部あなたに押し付けて……。
わたしの経験を生徒達のために活かしたいと思っていたのに、逆に生徒達に教師への不信感を植え付けてしまった。
わたしって、結局ダメな人間なんだわ」
こんな弱音を吐く小梢を見たのは、四年前に僕の部屋で事件の事を告白して以来だ。
やはり、今まで無理してきたのだろう。
「そんな事ないさ、小梢はたくさん努力してきたじゃないか。
それに、土門さんのお墓参りも絶やした事なかったし、誰よりも責任を感じて自分を責めて苦しんできたじゃないか。
ちゃんと話せば、みんな分かってくれるよ」
その時、「失礼しま~す」と声をかけて小枝が保健室に入ってきた。
小枝には教頭への報告の後、保健室に戻る前に連絡を入れておいたのだ。
「ええ⁉⁉」
小枝を見るなり、保険の先生が声をあげた。
「ゆ、雪村先生が二人?
え? 双子?」
無理もない、僕だって初めて二人を同時に見た時は驚いたのだから、全くの他人からすれば驚き以外の何もないだろう。
「あ、いつも姉がお世話になっています。雪村小梢の妹で、小枝と申します。
今日は、姉が体調を悪くしたみたいで、ご迷惑をおかけしました。
それで、森岡先生から連絡を受けたので姉を迎えに来たんです」
小枝は、僕の知っている生意気な態度は欠片ほども見せずに保険の先生に挨拶をする。
「まあ、雪村先生の妹さん。それにしてもよく似てるのね~
ビックリしたわ」
保険の先生は、そう言いながら二人を見比べた。
「お姉ちゃん、大丈夫? お母さんも心配してるよ」
「うん、ごめんなさい、心配かけちゃって……。でも、大丈夫よ、一人で帰れるわ」
そう言いながら小梢は身体を起こそうとするが、まだ少し気怠そうだった。
「もう、無理しないで。少しは人を頼れば良いのに。
車で来たから、素直に乗って帰りなさいよ。
それとも、森岡さんと二人で出かけようとでも思ったのかしら?」
小枝はペロリと舌をだしておどけてみせた。
「なにを馬鹿な事を言ってるの。これ以上圭君に迷惑かけられないわ。
今日もわたしのせいで生徒達から非難囂々だったんだから。
わたしと一緒に居る所を見られたら、また何を言われるか……」
「そんな、迷惑だなんて……
むしろ冷静に対応できなくて、君への誤解を解いてあげられなかった」
「誤解なんかじゃない、あの子たちの言ったことは正しいわ。
どうして土門さんは死んで、わたしは生きてるのだろう……」
「お姉ちゃん、とにかく帰ろう。
今日は本当に、姉がお世話になりました。わたしたちこれで失礼しますので。
あ、森岡さんも、今度また家に遊びにおいでってお母さんも言ってたから、落ち着いたら来てね」
慌ただし気に小枝は小梢を連れ出し、帰っていった。
その後、学校に残っていた生徒たちが二人を目撃した事で、小梢の二股疑惑は完全に晴れたのだが、九年前の事件に小梢が関与していた事が公のものとなり、事態は思わぬ方向と進むのであった。
校長の指示で小梢は翌日から自宅療養となり、その後の経緯で学校への登校は事実上の謹慎となってしまった。
特別授業の翌日、臨時の全校集会が開かれて、恋音のクラスでの一件について学校側から説明があり、小梢は事件には関与しているが直接の実行犯との関係が薄かった事や、その後も責任を感じて事件に関与した者としては唯一土門家に謝罪に訪れている事、毎年土門華子への献花を絶やしていない事などが話された。
その他、過ちを犯した者への過度の攻撃は正義でも何でもない事、そういった行為が虐めの心理と酷似している事等、僕が恋音の教室で語った事と同様の事も話してくれた。
だが、一度植え付けられた人の評価というものは直ぐに覆す事は出来ない。
更には騒ぎを聞きつけた保護者の一部が騒ぎ出した事で学校は対応を迫られることになった。
保護者たちの間では『雪村先生は素行の悪い女で生徒達へ悪影響を与える』という噂が広まってしまったのだ。
そして、遂に僕たちへの処分が異例のスピードで決まってしまった。
「それにしても、森岡先生まで異動になるなんて……。
また私が一番と年下になってしまうし、独身一人になってしまいます」
終業式の朝、隣で海咲は嘆いていた。
僕は、二学期から自分が通っていた田舎の中学への異動が決まっていた。
そして、小梢は離島の中学へ異動させられたのだ。
教育委員会は、小梢の過去を知っていて赴任を認めた校長にも処分を科したかったみたいだが、教員を懲戒処分すると公表しなければならない。そうすると教員の採用でミスがあった事まで突っ込まれるので、それは不味いという事で校長はお咎めなしとなったのだった。
ただ、保護者が騒ぐのを抑える事ができないため、小梢は離島へ悪い言いかたをせすれば『島流し』となり、僕は公私混同という事で生徒への悪影響を考えて同様に田舎へ異動となった訳だ。
小梢には校長が家へ出向き決定事項を知らせたらしいが、小梢は教師を続けると言っていたとの事だ。
僕も直接小梢と話をしたかったが、登校は許されているが事実上謹慎の身なので、自由に行動できないでいた。
「明日から夏休みだし、雪村先生に会いに行ったら?」
終業式が終わり職員室に戻ると海咲が声をかけてきた。
「ええ……、そうなんですけど、色んなことが一気に決まってしまって、引っ越しもしなきゃいけないし、何から手を着ければ良いのか……。
それに、生徒達にお別れも言えないなんて、寂しいです」
「何から手を付けるかなんて、一番大切なものからに決まってるじゃないですか。
森岡先生の一番大切なものって何です?」
僕の一番大切なもの……。
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