第51話 虐めた子
講堂での全校集会が終わると、それぞれの教室に戻り、各クラス毎に授業を始める。
先ずは教師がこの授業の趣旨を伝え、それから35人いる生徒を五班にグループ分けする。
三時間目まで班毎に意見を交換し取りまとめを行い、四時間目に各班のリーダーが取りまとめた意見を発表する。
そして最後に教師が総括するというのが、今日の特別授業の流れだ。
ホームルームで僕が井川の代わりに今日はこのクラスを担当する事だけは伝えてあった。
講堂から戻り、僕が小梢と一緒に現れると、教室が少しざわついたのが分かった。
僕たちの関係は生徒達に知れ渡っており、しかも小梢の二股疑惑もある。
仕方ない事ではあったが、やはりやり難い。
「それでは、今日の授業について説明します。
ホームルームで知らせた通り、井川先生が体調不良という事で、今日は僕がこのクラスを担当します。
なお、僕だけでは心許ないという事で、教頭先生が雪村先生を補佐として付けてくれました」
少し冗談を含めたつもりだったが、教室には冷めた空気が流れる。
気を取り直して咳ばらいをすると、今度はこの授業の趣旨を僕は説明した。
「みんなは、去年もこの授業を受けているから知っていると思うけど、九年前にみんなと同じ二年生の女子が自らの命を絶ちました」
そこまで話して、僕はつい小梢の様子を伺ってしまった。
何といっても小梢は当事者なのだ。やはりこの場は彼女にとってつらいものではないのか? だが、小梢は少し目を伏せ僕の視線に気づかないふりをしているようだった。
「みんなには、これから『命』について話し合ってもらいます。
知っての通り、自殺した子は『虐め』の被害に会っていました。
だから『虐め』についても、みんなだったらどうするか、虐められている人がいたら、あるいは自分が虐められた時にどうすれば良いのか、もしも……、あってはならないが死にたいと思った時に考えて欲しい事など、みんなで素直な考えを共有してください。
最後に各班のまとまった意見をリーダーに発表してもらいます。
僕たちは口を出さないので、みんなが、それぞれ考えてください。
では、もうすぐ一時間目が終了しますので、それまでに班ごとに机をまとめて、休憩を挟んで二、三時間目を話し合いの時間とします」
僕が話し終わると、ガタガタと大きな音が教室中に鳴り響き、生徒たちが机をまとめ始めた。僕が小梢の隣に腰かけると、小梢が小声で囁いた。
「わたしは平気だから気にしないで」
「うん、分かってる」
これまで小梢は強固なメンタルの持ち主だと思っていたが、それは傍観者だから成し得ていたのだろうと思うようになっていた。
もし、その傍観者が自分を許せなくなった時……、その先を考えるのが怖い気がした。
幸いにも、二年生は去年もこの授業を経験している。慣れというものが、穏便にこの場を収めてくれるだろうというのが、僕の希望を含めた観測だった。
休憩が終わり、二時間目が始まったのだが、僕は直ぐに異様な空気を感じる事になる。生徒達の話し声が殆ど聞こえないのだ。
まるで何か悪だくみしているかのようにヒソヒソと会話している。
所々で女子の嫌悪にもにたリアクションが聞こえてくる。
そして、一番異様さが目立ったのが恋音の班だった。
恋音はまるで瞑想するかのように目を瞑り、一言もしゃべっている様子はなかった。
同じ班の他のメンバーも黙って座っているだけだ。
僕はとうとう黙っていられず、恋音の班へ口出しをした。
「どうしたんだ? この班は。
みんな何も話し合っていないじゃないか?」
僕が声をかけると、女子生徒が不愛想に応えた。
「先生は、口を出さないんじゃなかったんですか?」
「ま、まあ、そうなんだけど、君たちが何も話をしていないようだったんで、大丈夫かなと思って」
「ちゃんと最後の発表はします。
今はみんな考えてるんだから邪魔をしないでください」
そういうと女子生徒はチラリと小梢を見たかと思うと、僕を無視して目を閉じた。
「あ、ああ。悪かったよ……」
生徒に言い負かされて、すごすごと僕は背中を丸めて小梢の隣に戻った。
小梢が横目で冷ややかな視線を送るのが感じて取れたが、僕の中で不安が膨れ上がっていた。
先ほどの女子生徒の目……、あれは嫌悪の目に感じられた。
まだ二股疑惑は晴れていないのだろう。小梢が悪く思われ、やり切れない気持ちになる。
二時間目が終わり、三時間目になっても、相変わらず状況は同じだった。
なんともモヤモヤした気持ちの中、時間だけが進み、とうとう三時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。
「では、机を元に戻してください。
休憩後に、各班のリーダーはまとめたものを発表してもらいます」
僕が声をかけると、再びガタガタと大きな音と共に机の移動が始まった。
机が元の整列した状態に戻る頃、四時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。
いよいよ最後の締めである。そう思って声をかけようと教壇にあがると、女子の数名が手を上げた。
「どうしただ?」
「トイレに行きたいです」
「みんな?」
「そうです。休憩時間が机の移動で無くなったのでトイレに行く時間が無かったんです」
「分かったよ。じゃあ、なるべく静かに、そして早く戻ってきて欲しい」
僕の了承を得ると、女子の数名が教室を出ていく。その中に恋音の姿が認められた。
なぜか今日は彼女が僕と視線を合わせないのも気になっていた。
この異様さは、もしや恋音が絡んでいるのではないのか?
そうすると、恋音は小梢を敵対視している。何事もなく終わる気がしない。
「雪村先生、もう後は僕だけで大丈夫ですから、職員室に戻ってください」
「でも、これで終わりだし、最後まで付き合いますよ。
(何を心配してるの)」
最後の方だけ小声になる。
「いや、何か変だよ。イヤな予感がする」
僕も小声で返すが、女生徒たちが戻ってきてしまい、それ以上の会話ができなくなってしまった。
仕方なく立ち上がり、「では、最初の班から発表してください」と声をかけた。
トップバッターでリーダーとして前に出たのは、このクラスの委員長だった。
たしか、去年の弁論大会一年の部で優勝したと聞いている。
普段の授業からも分かるが、弁の立つ女子生徒だ。
開口一番、彼女はこう言い放った。
「どうして、虐めの被害に会っていた子が命を落として、虐めた子は、のうのうと生きているのでしょう?」
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