第50話 特別授業
月曜日。
先週同様に生徒達の視線が突き刺さっていた。緑彩には小梢の二股疑惑の正体は教えていたのだが、何故か反応が薄く、それが気がかりでもあった。
しかも、いつもならこの辺りで僕に追いついた緑彩が『圭ちゃん、おはよう~』と声をかけてくるのだが、今日はまだそれもない。
(緑彩のやつ、寝坊でもしたかな?)
そう思いながら歩いていると、前方を一人で歩いている小梢を見つけた。
何時もなら取り巻きの女子生徒を従えての登校なのだが、今日は一人のようだ。
二股疑惑が発生してから、取り巻きの女子生徒の数も徐々に減っていき、遂には一人も居なくなったという事なのだろう。
「おはようございます、雪村先生」
「あ、おはようございます、森岡先生。今日はお一人ですか?」
「ええ、緑彩のヤツ、きっと寝坊したんですよ。期末テストの結果が良かったから、気が緩んでるんです」
「うふふ、さすが森岡先生ですね。教え方が上手いから生徒も直ぐに結果を出せる」
「いや、それより何時もの取り巻きの女子生徒たちは、今日はどうしたんです?
流石に一人も居ないなんて寂しいですね」
「さあ。小枝のせいで、わたしは二股かける悪い女って事になっているから、嫌われたのかもしれませんね」
これなのだ。どこか他人事のように語る小梢。僕が以前から感じていた違和感だ。
小梢は、ここに居ない。
どこか遠くから自分を見つめて、傍観者として自分を解説しているのだ。
「それなんだけど、緑彩には小枝ちゃんの事を説明しておいたから、きっと誤解は晴れると思うよ」
「放っておいて良いって言ったのに……。
でも、ありがとう。
それから、小枝が楽しかったって。あの子、扱い難いから大変じゃなかった?
まあ、あなたなら扱い難い子でも優しく接してくれるとは思うけど」
「あはは……、そんな事無いよ。素直とまでは行かないけど、特別手を焼いたという事はなかったよ(……自分は素直で扱いやすい女だと思っているか⁉)」
「それにしても、何だか視線を感じますね」
「僕も感じてました。二股疑惑がまだ完全に晴れてないみたいですね」
僕も小梢も、さりげなく周囲に気を配るが、やはり生徒たちの視線を感じた。
その時、「おはようございます」と緑彩が声をかけてきた。
「おはよう、あれ?
緑彩、どうしたんだ? 目が赤いぞ。また夜更かししてゲームしてたな⁉」
「違うわよ……」
何時もなら、ここで僕に反抗的な態度を取るのだが、何処か今日は大人しい。
「本上さん、今日は元気ないのね。寝不足だから?
体調がすぐれなかったら無理しなくても良いのよ」
「今日は特別授業だからですか?」
特別授業……。
毎年、7月9日は特別授業の日となっている。
勿論、この学校特有の授業である。
7月9日は土門華子の命日だ。彼女がなぜ僅か14年で人生を終わらせなければならかったのか。人の命の重み、そして人を思いやる事の大切さ、いじめ問題、諸々『命』をテーマに生徒たちに討論してもらうのだ。
だから、今日は午前中で授業は終了する事になっていて、通常の授業は行わない。
今年は7月9日が土曜日だったため、週明けの今日が特別授業日となっていた。
「べ、別にそんな意味で言ったのではないけど……」
「すみません、わたし急ぎますんで、失礼します」
そう言うと、まるで逃げるように緑彩は足早に去っていった。
「どうしたんだ、あいつ?」
「わたしが、あなたと仲良くしてるのが気に入らないのかしら?」
今さら感がある。そうだったら、とっくの昔にそういう態度を取っただろうし、何とも緑彩の態度が不可解だった。
昨日メッセージで小梢の二股疑惑が誤解である事は伝えていたに反応がない事も気になった。
職員室に入るなり、教頭が僕の所に駆け寄ってくる。
また何か失態を演じてしまったかと思ったが、どうやら別の用件だった。
「森岡先生、実は今日、井川先生が体調不良でお休みになってしまって、急で申し訳ないのですが井川先生のクラスの特別授業を担当していただけないでしょうか?」
特別授業は、講堂で全校集会を行った後に各クラスに分かれて行われる。
基本的には生徒主体で執り行われる授業ではあるが、その監視役として担任が教室に居座る事になっている。
その為、僕のように担任を受け持っていない教師にとっては、職員室で自分の仕事に没頭できる日でもあった。
「はい、大丈夫です!
井川先生の代わりは立派に努めさせていただきます」
「すみません、よろしくお願いします。
あ、森岡先生だけだと不安なので、雪村先生と一緒にお願いします」
「え?」
突如名前を呼ばれた小梢が反応する。
「わ、わたしもですか?」
「はい、できればお願いしたいのですが……。
何分、森岡先生だけでは心配で」
どうやら、僕はあまり信用されていないのだと気付かされる。
だったら、最初から小梢に頼めば良いのにと少し拗ねた心持になるが、僕はある事に気付いた。
この特別授業は、ある意味、小梢は当事者ではないか?
その小梢に、生徒達の声は酷ではないだろうか?
おそらく、虐めを行った生徒への非難の意見も出るだろう。そうなったっ場合、小梢の心境は穏やかではないだろう。
「教頭先生、大丈夫ですよ! 僕一人で。
どうせ教師は座っているだけで良いのでしょ?」
「森岡先生の場合、座っているだけができないかもしれませんからね、雪村先生に監視していただく方が安心です。
かといって、雪村先生だけに押し付けるのも申し訳ないですから」
(結局、僕は『オマケ』か⁉)
「教頭先生、分かりました。わたしも同席します。
でも森岡先生って、そんなに頼りなくないですよ」
珍しく小梢がフォローしてくれたが、どこか僕に対してマウントを取ったような言い回しが気になった。
「分かってますよ、私も口では厳しい事を言いますが、森岡先生は信頼してますよ。急なお願いでしたが、引き受けてくれてありがとうございます。
よろしくお願いしますね」
いつになく慌ただしい朝になったが、その後も講堂での全校集会がある為、落ち着く間もなく僕たちは移動し、そこで校長先生の長い話を聞くことになる。
だが、やはりそこで僕は異様な空気を感じていた。
生徒たちの視線を感じるのだ。
当初、その視線は僕に向けられているものと思われたが、そうではない事に気付く。
僕と、僕の隣に座る小梢に向けられているものだった。
(なんだろう……)
不安に胸を締め付けられるような気がした。
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