第49話 傍観者
「ちょっとー!
『お姉ちゃんにはナイショ』って言ったのに、どうして告げ口するの?」
日曜日、僕を迎えに来た小枝は開口一番、口を尖らせた。
「だって、流石に内緒には出来ないよ。全くの他人ならいざ知らず、小枝ちゃんは小梢の妹なんだし、やっぱり不味いよ」
小梢には、昨日の夜に小枝と出かける事はメッセージで知らせておいた。
小梢には、小枝に確認したいことがあるため会うだけだと伝えたが、特に気にした様子ではなかった。
今回は、海咲との事で痛い思いをした教訓を活かしたのだ。
「これじゃ、お姉ちゃんにヤキモチ焼かせられないじゃない。
でも、他人の女の子だったら、平気で浮気するんだ?」
「い、いや、違うよ。
他人でもしない、揚げ足取りをしないでよ(ヤキモチ焼かせたいのか⁉)」
「まあ、良いわ。
とりあえず車で来たけど、何処に連れて行ってくれるの?」
「……」
「どうしたの?」
「いや、何も考えてなかった」
「はあ⁉
女の子とデートなのに何も考えてないって、もしかして、わたしの事を見くびってる?
それとも、お姉ちゃんともいい加減なデートで済ませてるわけ?」
考えてみれば、僕は小梢ともまともなデートは、大学時代に江の島に行った時の一回だけで、それ以降はデートらしいデートを出来ていない事に気付く。
「もう、いいわ。帰る。
宿題は自分で考えて!」
小枝は『ベー』と舌を出すと帰ろうとした。しかし、宿題のヒントをもらうまでは帰す訳にはいかない。
僕は慌てて彼女をなだめた。
「ちょっと待って!
悪かった、からかっただけだよ、ちゃんとプランはあるんだ」
「どんなプラン?」
「え……と、水族館に行こう!
それから、近くでランチを食べて、灯台までドライブしよう!」
咄嗟に出まかせを言ったが、自分でもデートらしいプランが口から出たと思えた。
「水族館って、あそこ? 遠足で行く」
「う、うん。 やっぱり、女の子とデートと言えば水族館だろ?」
「はあ~、まあ良いか。 OK! 『からかった』って言うのが生意気だけど、行きましょ」
小枝は、ようやく機嫌を直してくれたが、扱い方に気を付けないと小梢みたいに突然不機嫌になる恐れがある。慎重に接して宿題のヒントを貰わなければと思った。
「どうしたの? ぼーっとして」
「いや、何でもない……。運転、頼むよ」
湖の畔を走りながら、小枝は小刻みにハンドルを操作していた。
「わたしね、ケンちゃん以外の男の子と二人きりで出かけるのって、初めてなの」
「え……と、男の人と付き合った事が無いって事?」
正直、意外ではあったが、小梢も男性経験がそうあるわけではない。
ただ、小梢はやり遂げなければならない目標があったのだから恋愛している暇はなかったのだと想像がつくが、小枝まで恋愛に疎いのだとしたら、姉妹ともに性格や育った環境が影響しているのかも知れないと思った。
「そう、ケンちゃんでも彼氏になってくれれば良いのだけど、あの子、お姉ちゃんが好きなのよね」
「そ、そうなの?(どっちも同じ顔なのに?)
でも、小枝ちゃんみたいに可愛い子なら、男子が放っておかないと思うけど」
「うん、数えきれないくらい声をかけられたり、告白もされたよ。
でも、何故か皆、途中で消極的になるのよね。失礼しちゃうでしょ?
友達は、わたしがガードが固いからだって言うけど、違う気がするんだよね」
何となく分かる気がする。
以前、海咲が言っていたが小梢は跳び箱十段のめんどくささだと表現していた。
これまで接してきて分かったが、小枝もそれに匹敵するのだろう。
恋愛もコンビニ感覚でできるに越したことはない。扱いにくい性格は致命的だ。だから男は直ぐに見切りをつけるのだろう。
水族館を一回りした後、少し離れた場所のイタリアレストランでランチをとり、僕たちは灯台がある岬を訪れていた。
「うわ~~、相変わらず絶景ね~
それに、風が強い~、スカートがめくれそう 笑」
そう言うと、小枝は僕にしがみついてきた。小枝の長い髪が僕の鼻をくすぐる。
「あれ?」
「どうしたの?」
「こういう時、男の人って照れるんじゃないの?
ほら、アニメとかドラマで。
お姉ちゃんが、こういう事するとは思えないし、もしかして森岡さんって女の子慣れしてる?」
「そんなことないさ、小枝ちゃんみたいな可愛い子に腕を組まれるとドキドキするよ」
「う~~ん、冴えないくせに、なんか余裕ぶってムカつく~」
「あはは、それより、そろそろ良いかな?」
「分かった。じゃあ、あっちの灯台の方へ行こう」
少し離れたところに、展望台がある。そこまで僕たちは移動することにした。
相変わらず風が強く、小枝は腕を絡めて、片方の手でスカートを抑えていた。
「お姉ちゃんって、あの事件の後に死のうとしたでしょ。
それから、ずっとあんな感じなの。
悪い意味で客観的っていうか」
「客観的? 確かに冷めている感じはするけど」
「家族は皆、いつも心配してるのよ、また何時かやるんじゃないかって。
今じゃお母さんも明るく振る舞ってるけど、お姉ちゃんが東京に出た時なんか、夜もよく眠れないくらいだったの。
まだ森岡さんを見つけるという目標があったから、お姉ちゃんは生きてこれたんだと思う。
今は、何かと自分を追い込んで、仕事に没頭して、まるで自分で自分に鞭を打ってるみたいで、何時か止まってしまうんじゃないかって思ってる」
小梢の異常なまでの前向きさは、何か目標を立て努力を重ねる事でしか走り続ける事ができないからなのか、今さらながら彼女が不憫に思えた。
「僕が気づけない家庭の事情は分かったよ。
でも、それと小梢の幸せとどう結びつくの?」
「お姉ちゃんは森岡さんの事が好きだと思うの。
でも、それが生きる活力になっていない気がする」
確かに、僕たちは何となく付き合っているし、一緒に居る時は小梢も普段見せてくれないような表情も見せてくれる。
だが、何処か引いた場所で自分自身を眺めているような感覚を小梢からは感じていた。
「やっぱり、僕が頼りないからかな?
確かに、一緒にいても傍観してる感じはしたよ」
「でしょ?
だから、そこを解消できれば良いんじゃないかなって思うの」
「う~~ん、分かったような分からないような……」
「まあ、じっくり考えて。
今日は楽しかったよ。
男の人と、こうやって出歩くのって悪くないね。これからは誘われたら考えてみよう~っと。
ありがとう、将来の『お兄さん』 笑」
『お兄さん』……か。
その時、僕は昔考えていたことを思い出した。
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