第48話 胸とネイル
「あ……あ……あ……」
僕は、尻もちをついたまま、小梢たちを指さすが、次の言葉が出せなかった。もしかして、僕はまだ夢の続きを見ているのかも知れない。
思いっきり頬を抓るが、激しく痛い。という事はこれは夢ではないのだ。
夢ではないのに、小梢が二人いる……。
「やだ、何を間の抜けた顔をしてるの 笑
また会ったわね、森岡さん」
小梢が笑いながら言うと、小梢が喋った方の小梢の耳を引っ張り、喋った方の小梢が「イタタタター」と悲鳴を上げた。
「ちゃんと、謝りなさいよ。
あなたのせいで、変な誤解をさせちゃったんだから!」
「もう、何なのあなたたち、森岡君の前でみっともない、小梢、止めなさい。
小枝ちゃんが何をしたの?」
小枝? 僕はその名に聞き覚えがあった。たしか小梢の妹で、大学生のはずだ。
そして、ここに至って、ようやく僕にも事情が飲み込めてきた。
「この子は
わたしの妹で関西の大学に通ってるのだけど、ショートステイの留学をしてたの、それが先週帰ってきていたのよ。
ケンちゃんは、わたしたちの従弟で小枝の一学年下。この子が幼い頃から子分みたいに扱っていた子で、わたしも良く知ってる子よ」
「妹……、従弟……」
「まったく、小枝とわたしを間違えるなんて、どうかしてるわ。
それに、小枝!
どうして圭君を騙すような事をしたの?」
ようやく気を取り戻し、僕は立ち上がると二人を見比べた。
背格好も声も殆ど同じで、これでは直ぐに他人には見分けが付けられないだろう。僕だって騙されたのだ、生徒たちが見間違えるのも仕方ないと思えた。
「それにしても……、よく似てるね……、けど」
だが、改めて見比べると微妙に違いがある。髪型も少し違うし、それに小枝の方が全体的にふっくらしているように見えた。
特に胸のサイズは1カップくらい大きいかも知れない。
「や、ヤダ、何をわたしの胸ばかり見てるの?
イヤラシイ~」
「そういう人なのよ。
呆れたわ、そんなところでわたし達を見分けようなんて……
これを見て!」
そう言うと、小梢は小枝の手を取り僕に前に掲げた。
手には鮮やかなネイルアートが施されている。
「教師がこんな爪をする⁉」
「なによ~『こんな』って、自分だって大学生の時にしてたじゃない」
「たしかに、二人並ぶと別人だって分かるよ、でも、あの時は全然気づけなかった。
それに、変な噂に惑わされてたし……」
「変な噂?」
「うん、生徒達のグループメッセージで、小梢が男の子と親しそうにしているって噂が流れてるんだ。
まあ、今となっては、それも妹さんの仕業だったって事か」
「はは~ん、それでわたしの事を追いかけて問い詰めたのね 笑
あ、なに? 『仕業』って、何かわたしが悪い事したみたいじゃない」
小枝は腰に手を当て、どうだと言わんばかりに開き直った。
「笑い事じゃないわよ!
わたしに成り代わって、ますます状況をややこしくしたじゃない。
悪い事した自覚がないんでしょ」
そう言うと小梢は目を吊り上げ、またしても小枝の耳を引っ張ろうとした。
「わわ!
耳は引っ張らないで!
わたし、一言も『小梢』だなんて言ってないわよ。
森岡さんが勝手に勘違いしただけだし」
「ケンちゃんが彼氏って嘘ついたじゃない」
「えへへ、それはまあ、願望というか、お姉ちゃんだけ彼氏作って、ちょっとズルいと思ったりして 笑」
こうやって二人と話していると、だんだんと違いが判ってくる。やはり似ているとはいえ長女と次女では立場の違が性格に現れるようだ。
「まあ、事情は分かったし、生徒の誤解は僕から解いとくよ」
「良いわよ、余計な事しなくても、そのうち皆忘れるわ。
それより、ゴメン。なんだか疲れたわ。
圭君も適当なところで帰って、わたしは少し休むわ」
「まあ、小梢!
そんな言いかたないでしょ!」
小梢の母が咎めるのも聞かず、小梢はさっさと二階にあがっていった。
「ごめんなさいね、森岡君……
悪気はないのだけど、時々ああなってしまうの」
「いえ、気にしてないです。疲れてるんですよ。
(まあ、普段からあんな感じだし……)」
「あ、そうだ!
今日ね、主人が帰ってくるのよ。
だから、家族で食事するのだけど、森岡君も一緒にどうかしら?」
「いいね~、お父さんにお姉ちゃんの彼氏だって紹介したらビックリすると思うよ~」
今日は色々ありすぎて、僕も少し疲れていた。
それに、いきなり小梢の父親と対面するのはハードルが高いような気もする。
「あ、いや、せっかくの家族水入らずなので、僕は遠慮しときます。
また機会があったら、ご挨拶させていただければと思います」
「そう?
まあ、そうよね、急だし。
そうだ、小枝ちゃん。
森岡君を送っていって」
「え~~、めんどくさいな~」
「もう! 誰のせいで森岡君が迷惑していると思ってるの!」
「あ、いや、歩いて帰れるから、送ってもらわなくても大丈夫ですよ」
「あはは、冗談よ。この間のお詫びに送らせてよ。」
僕は固辞したのだが、小枝と二人きりで話せるチャンスができたわけだ。僕は日曜日の件で彼女に確認したい事があった。
小梢の母に挨拶を済ませると、僕はさっき小梢が運転してきた車に、今度は小枝のナビゲーターとして乗り込むことになった。
ハンドルを握る小枝の横顔は、やはり小梢に似ている。思わず僕は小枝に見とれてしまう。
「なに?
そんなにわたしの顔を見て。
お姉ちゃんの事でも考えてた?」
「あ、いや、やっぱり凄く似てるなって思って」
「そうね、双子とよく間違われるもの。
でも、自分の恋人と間違えるなんて、流石にお姉ちゃんも怒るんじゃないかな~」
自分が騙すような事をしておいて、どうやら僕に責任転嫁する気だ。
どうも、小枝はちゃっかりした性格なのかも知れない。
「あれは、本当にごめんなさい。
ところで、日曜日の事だけど、小枝さんが言ってた『わたしの幸せ』って、『小梢の幸せ』って事だよね?」
「あはは、わたしの方が年下なんだし『小枝』で良いわよ」
「じゃあ、小枝ちゃん」
「まあ、良いわ。それで 笑
あ、『お姉ちゃんの幸せ』ね。
今日は時間ないから、明日会える?」
「明日? 僕は平気だけど……」
「じゃあ、わたしとデートして」
「へ?」
「お姉ちゃんにはナイショね。宿題のヒントを教えてあげる。
ところで、お家は何処?」
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