第47話 尻もち

車が止まると、小梢は不機嫌そうに「行きましょ、彼女が待ってるわ」と言った。


小梢はトランクから花を取り出し、別の袋も取り出すと「これ、お願い」と僕に手渡す。

流石に僕にもここが誰が眠っている墓地なのか分かった。



土門華子のお墓があるのだ。



管理事務所に立ち寄り、桶とひしゃくを借り、墓石が並ぶ場所へと歩いて行くと、その一角で小梢は立ち止った。


「ここが土門さんのお墓、お掃除するから手伝ってくれる?」

そう言うと、その一帯を手際よく掃除し始めた。

僕も慌てて雑草を抜き、散らかっている落ち葉を拾い集めて手伝う。


それが終わると、小梢はひしゃくで墓石に水をかけて墓石の汚れを落としていく。


「慣れているんだね……」


「うん、毎年やってるから……

知ってる? こうやってお墓にお水をかけると、亡くなった人の魂が現れるの」


「だから、三人で話そうって言ったのか……」


「そう。


ゴメンね、ちゃんと説明しなくて……

知らないのも無理ないよね、お墓の水かけにどんな意味があるかなんて。


今日はね、彼女の命日なの」


たしか、土門華子は期末試験の終わった翌日に亡くなったと聞いている。

僕は、どんな日程だったのだろうと九年前のカレンダーを思い浮かべた。


小梢は手際よく花を生けると、今度はお線香に火を灯し、墓石の前に跪いた。

僕も並んで跪く。


「土門さん……

圭君を連れて来たよ……

やっと、会えたね」


チラリと小梢の横顔を伺ったが、先ほどとは打って変わって穏やかな表情をしていた。


「中学の時のままでしょ? 笑

わたしも大学で見かけた時に驚いたもの、『写真の通りだ!』って

それからも全然変わらないの……


まあ、中身は変わったというか、元々なのか、いっぱいどうしようもない所があるの。


でも……」


そこまで語りかけて、小梢は黙ってしまった。もしかしたら、僕に聞かれたくない事を彼女と話しているのかも知れない。


僕も、声にこそ出さなかったが、土門華子に語りかけていた。


(土門さん。

きっと、君は僕を見てガッカリしてるかも知れないね。

だって、僕は全然冴えないし、それに、ゴメン。小梢の事が好きになってしまったんだ。


君は怒るだろうか?

小梢が僕と付き合う事を……でも、それもないか……

だって、僕は振られるのだから。


せめて、彼女の事を許してくれないだろうか?


小梢が幸せになれるように、見守ってくくれないだろうか……)



「彼女と話せた?」


不意に声をかけられて、僕は我に返った。小梢の目には少し涙が滲んでいる。

小梢の涙を見るのは、四年前で僕の部屋で土門華子の事を打ち明けて号泣した時以来だった。


「うん、小梢……、大丈夫?」


「うん、ちょっと彼女に報告しなきゃいけない事があって、そうしないとわたしの中で区切りがつかない気がしたの」


区切りをつける……、やはり、小梢は僕との関係を終わらせる気なのだ。


「それで、区切りはついた……んだろ?」


「それが、まだ分からないの……

どうしたら良いのか、ずっと分からない……」


「? まだ決まってない?

でも、この間君はハッキリと言ったじゃないか」


「なにを?」


土門華子の前で言い出しにくいのか、小梢は日曜日の事をとぼけているようだった。

それとも、あの後に気が変わったというのだろうか?


「いや、良いんだ。てっきり気持ちは決まっているものだと思っていたから、なんだか安心したよ。

僕はまだ、君を諦めなくて良いんだね」


「? どうして、あなたがわたしを諦めるの?

わたしの区切りは、土門さんとわたしの事、わたしの区切りなんだけど?」


あれほどの事を言っておきながら、しらばっくれる小梢に流石の僕も少し苛立ちを覚えた。いったい、僕を翻弄して何を企んでいるのだろう?


「いや、だって『ケンちゃんの事が好き』って言ったじゃないか」


「ケンちゃん? どうしてケンちゃんの事を……」


「? なあ、酷くないか?

二股かけておいて、此処へ呼び出して、土門さんに何を報告したの?

僕をからかっているなら、いい加減にしてくれ!

はやくケンちゃんに合わせてよ。ちゃんと決着をつけるから。

もちろん、僕は君を諦めない」


小梢は怒りの表情を見せると急に立ち上がり、鬼の形相で僕を見下ろしたが、直ぐに跪くと、またお墓の前で手を合わせた。


「ゴメンね、土門さん。

この人、こういう人なの……

あなたの前で、この人を怒るのははばかれるから、今日は帰るね」


そう声をかけると、小梢は再び立ち上がり、「帰るわよ」と帰り支度を始めてしまった。


「ちょっ、なんだよ?

急に怒りだして、この間から意味不明だよ」


「今日はまだ時間ある?」


「ああ、あるけど……」


「ケンちゃんに合わせてあげる」


ついに、ケンちゃんと雌雄を決するのだ。僕は緩んだ気を引き締めた。

小梢は、眉間にしわを寄せたまま車を運転している。彼女もこれから起こる修羅場がどんなものか分かっているのだろう。



だが、車が向かった先は小梢の家だった。


「え……と、ここにケンちゃんがいるの?」


既に家族公認なのか? だが、ここで不自然な事に気付く。家族公認なら、どうして小梢の母は小梢に男っ気がないような事を言っていたのだろうか。


「入って」


玄関をあけ、リビングに通されると小梢の母が居た。

「まあ! 森岡君。久しぶりね~、やっと来てくれた~

ね、小梢、もしかしてお父さんに紹介するの?」


「違うわよ。お母さん、ちょっと圭君の事をお願い」


そう言い残して小梢はドスドスと足音を立てて二階へと上がっていった。

取り残された僕は小梢の母と顔を見合わせて『どうしたの?』と首をひねった。


「森岡君、小梢と何かあったの?

土門さんの墓参りしてきたんでしょ、それで喧嘩?」


「いや、僕にも良く分からなくて、此処へはケンちゃんに合わせてあげるって連れてこられたんです」


「??? なんでケンちゃん?」


その時、階段の方から小梢の声が聞こえてきた。



「イタタタタ! 引っ張らないでよ、耳がちぎれるってば」


「うるさい! 自分が何をしたか分かってるの⁉」


「だから、ゴメンって、放してよ」



小梢が一人で喧嘩しているようだった。まるで独り芝居をしているようだが、階段を下りてきた小梢を見て、ようやく何が起きていたのか、僕は理解できた。



それと共に、僕はその場に尻もちをつくことにになる。

腰が抜けるとは、この事なのだろう。



そのくらいのがあった。





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