第45話 JCの妄想
(な、なんだろう……)
月曜日、登校途中にやたら視線を感じて、なんとも居心地の悪さを感じていた。
生徒たちがヒソヒソと会話しているのだが、小声で聞き取れない。
昨日、緑彩に事情は聞いていたから凡その見当はついているが、それでも気分の良いものではない。
運動会の後も、生徒たちの視線を感じたが、今日のそれは、その時の比ではなかった。
しかも、間の悪い事に少し前を小梢がいつものように取り巻きの女子生徒達と一緒に歩いている。
彼女たちはお喋りしながら歩くので、歩く速度が遅い。僕が追いつくのも時間の問題なのだが、今日はまだ小梢と顔を合わせたくなかった。
昨日の夜のショッピングモールでのやり取りで、小梢が僕を騙して二股かけていた事がハッキリしただけでなく『けんちゃんの方が好き』とまで言われたのだから、一体どんな顔をして接すれば良いのか、皆目見当がつかなかった。
自然と足が重くなる。
「圭ちゃん、大丈夫?」
「わっ! いつの間に?」
いつの間にか後ろに緑彩が居る。いつもなら元気よく『おはよ~』と声をかけるのだが、まるで殺し屋が背後からターゲットに近づくかのように気配を消して忍び寄ったみたいだった。
「背中に悲壮感が漂ってるよ~
その様子じゃ、雪村先生と顔を合わせるのが怖いみたいね」
「ば、馬鹿言え!
プライベートと仕事は別だ。普段通りにやるさ」
「でも……、昨日の夜、ショッピングモールで雪村先生と喧嘩してたんでしょ?
二股されてたことで喧嘩になったんだよね?」
「な⁉ なんで、そんな事まで知ってるんだ?」
「だから、生徒の情報網を甘く見ちゃだめだって!
ショッピングモールなんて、ここの生徒がどこで見ているか分からないような場所で痴話喧嘩なんて、晒してくださいと言ってるようなものだよ」
小梢の二股疑惑だけではなく、昨日のやり取りまで見られていたとなると、今朝の生徒たちの反応も納得だった。
今さらながら、昨日ショッピングモールへ行ったことを後悔したが、もう遅い。
「なんだか、圭ちゃんが二股かけられた事に腹をたてて雪村先生を問い詰めてたって事になっているけど、本当なの?」
すっかりとストーリーができてしまっている事に、今さら驚かなかった。
JCたちは噂と妄想が大好きなのだから、それは周知の事だ。
「別に喧嘩したわけじゃない。土曜日の事を確認しただけだ。君たちの妄想に付き合ってはいられない。まあ、見てな。
僕は全然平気だって見せてやるから」
「あ、ちょっと、圭ちゃん」
ムキになった僕は歩く速度を上げ、小梢に追いつくと何時も通り「雪村先生、おはようございます」と声をかけた。
取り巻きの女子生徒たちの表情が凍り付く。
「あ、おはようございます、森岡先生。
本庄さんもおはよう。どう? 勉強の成果は発揮できそうかしら?」
小梢には、叔母の家で緑彩の勉強を見てあげる事は話してあった。
「はい、しっかり対策したから良い結果が期待できそうです」
と答えたものの、小梢の様子を伺っているのが傍から見ても分かる。
「どうかしたの? 本上さん。
そう言えば、皆も少し変だけど、もしかして試験初日だから緊張しているのかしら?」
改めて小梢のメンタルの強さに僕は舌を巻く。
昨日の事など無かったかのように接しているばかりか、生徒たちの異変に気付きながらも、それが自分の行動によるものだとは微塵も思っていないようだ。
もっとも、生徒たちに二股疑惑やショッピングモールでの僕との一件が知れ渡っている事など知りもしないのだから仕方ない事ではある。
だが、普通の人は小梢みたいにメンタルは強くない。
しかも、周りにいるのは多感な女子中学生なのだ。憧れの女性教師が男性教師と付き合っているだけでなく、二股していたとなると微妙な反応を示すのも無理はない。
取り巻きの女子生徒達も、僕たちの事が気になっているのかチラチラと二人の顔色を伺っているようだった。
「あ、わたし、少し復習したいので、これで失礼します」
(あっ! 緑彩のヤツ、逃げたな)
その場の微妙な空気にいたたまれなくなったのか、緑彩は早々に逃亡を図る。
「あはは、普段は勉強嫌いなくせに、今回は妙に張り切ってるんだから。 あはは……」
「うふふ、森岡先生の指導の賜物じゃないんですか?」
あまりにも普通に接してくる小梢に、僕は胃がキリキリと痛む思いがした。
僕の表情が重い事に気付いた女子生徒が溜まらず声をかける。
「も、森岡先生……、大丈夫ですか?
なんだか、顔色が悪いけど……」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう。
少し寝不足なだけだよ」
僕の返答にその場の女子生徒達も悲痛な表情になる。
生徒に心配されるなんて、なんとも情けない気分だった。
「あの……、わたし達もテスト前に復習したいから、先に行きます……」
そう言うと、取り巻きの女子生徒達も僕たちの元から逃げるように散っていった。
必然的に僕だけが小梢の元に残る。
「あなたまで寝不足だなんて言うから、生徒たちが不安になったじゃない」
立ち去っていく女子生徒達の後姿を見送りながら、小梢が咎めるような口調で呟いた。
「ご、ごめん」と言ったものの、『誰のせいで寝不足だと思ってるんだ!』と言いたい気分だった。
「やっぱり、運動して身体を疲れさせないと熟睡できないわね。
またジョギングを始めましょう。今度からは少しスピードを上げるわね」
「あ、ああ。お手柔らかに頼むよ」
どうやら、ジョギングは続けるようだと分かったが複雑な気分だった。
『けんちゃん』が彼氏だとすると、僕は何なのだろう?
もしかして、ジョギングの後の情事も続けるのだろうか?
小梢の意図が全く読めなかった。
「そうだ、今度の土曜日だけどちょっと付き合ってくれる?」
「え? え……と、ジョギング以外で?」
「うん、ジョギングは来週から再開したいの。
今週はテストの採点と通知表の評価もつけないといけないし、土曜日の夜はちょっと用事があるから」
土曜日の夜の用事とは、おそらく『けんちゃん』とのデートなのだろう。
あからさまな態度に少し腹が立ったが、次の小梢の一言で一気に萎んでしまう。
「10時くらいに迎えに行くから、車で20分程なの。海が見えて素敵なところよ」
「う、海?」
「うん、せっかくだから三人で話しましょ」
「わ……、分かったよ……」
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