第43話 二股疑惑

日曜日、僕は叔母の家で従姉の緑彩の期末テスト対策のため勉強を見てあげていた。

昨日、小梢がイケメン男子と一緒にいる所を写した写真が生徒の間のグループメッセージであっという間に広まったという事なのだが、何故か今日はその事に触れようとせず、真面目に勉強している。


流石に明日から試験なので、それどころではないのだろうと思ったが、僕の方が気になって仕方ない。


何処かで昨日の写真について聞き出そうとタイミングを見計らっていたのだが、ようやくチャンスが回ってくる。

午後の休憩に、叔母がおやつを持ってきてくれたのだ。


「なあ……、緑彩……

え~~と、何か僕に言う事はないか?」


「はい! 試験、頑張ります!」


「そうじゃなくて……だな」


「他になに?」


「その……、写真の事なんだけどな……」


「あれ? 昨日、既読無視したから興味ないのかと思ってたけど」

と、涼しい顔で緑彩は答えたが、待っていましたとばかりの表情が読み取れる。


「いや、急にあんな写真を送りつけられて、なんと返事して良いか分からなかったんだよ」

本当は動揺のあまり、なんと返事して良いか分からなかったのだ。


「あれだけじゃないよ、他にも出回ってるの、見る?」

そう言うと、緑彩は自分のスマホを操作し、僕に数枚の写真を見せてくれた。


そこには、イケメン男子にボディータッチしている小梢の姿が写っていた。

かなり親しい関係である事が伺える。


「圭ちゃんには刺激が強すぎるかなと思って、こっちの写真は送らなかったんだけど、なんか、ヤバくない?」


「ヤバいって、何がだ?」


「いや、どうみても、この二人って恋人同士でしょ。

でも、雪村先生って、圭ちゃんとも付き合ってるんだよね?」


「ま、まあ、そうだ……な」


「じゃあ、二股かけられてるってこと?

圭ちゃん、平気なの? 恋人が堂々と浮気してるんだよ」


女の子に二股かけられた経験は既に大学時代にある。愛莉は彼氏が居ながら僕とも関係を持っていたし、その事が原因で愛莉は元カレから暴力を受けている。

ただ、その時の僕は、二股かけられている事を知っていて愛莉とも付き合っていた。


愛莉の彼氏は、今の僕のような気分だったのだろうか。

自分の中に、嫉妬の感情が沸き上がってくるのを自覚する。


「わたし、雪村先生の事、見損なったわ。

生徒の間でも、圭ちゃんが可哀そうって事になってるよ。

見たところ、こっちの彼氏は年下みたいだし、大学生かフリーターじゃない?」


「まあ、たしかに大学生っぽいな」


「でしょ?

だから、不安定なイケメン大学生、もしくはフリーターは付き合っていても将来が不安じゃない。

だから、冴えないけど安定した職業についている圭ちゃんをキープしておいて、ワンチャンでイケメン男子がちゃんと就職したら、圭ちゃんを捨てるつもりなのよ」


「(冴えないは余計だろ)どさくさに紛れて、僕の事をディすってないか?」


まったく……、JCたちの妄想の飛躍振りに僕はただ唖然とするばかりだった。

小梢がそんな打算的な人間でない事は僕が一番よく知っている。


考えられるとしたら、小梢の学生時代の彼氏と、僕には内緒で関係を続けていたと言うところだろうか。

僕には、僕と別れた後に付き合った男はいないと言ってくれたが、実は写真の男と付き合っていて、完全に関係を断ち切れていないから嘘をついた可能性がある。


それはそれで、悲しい事実ではあるのだが……。



「小梢は、そんな人じゃないよ

きっと、何か事情があるんだと思う」


「もう~、これだから恋愛経験未熟な人は!

騙されてるんだってば!

じゃあ雪村先生は、このイケメン男子の事を圭ちゃんに話してくれた?」


「いや……、恋愛経験なら緑彩だってないだろ……

確かに、僕は彼の存在を知らなかったけど、少なくとも小梢が二股かけてるとは思えない」


「やれやれ、恋は盲目とは、よく言ったものだわ……」

呆れた顔で緑彩は呟く。


「誰の格言だよ、それは 笑」


「笑い事じゃないよ~~

今からでも遅くないよ、陽菜さんに乗り換えなよ。

絶対、陽菜さんは圭ちゃんの事が好きだって。

大丈夫! もし陽菜さんにフラれたら、わたしが付き合ってあげるから」


「い、いや……、緑彩は僕にとっては妹だよ。

まあ、気持ちだけ、ありがたく頂いておくよ」


「ちぇっ、『妹』って都合の良い言いかたで、ズルいな。

とにかく、雪村先生の事を問い詰めてやりなよ。

そして、二股かけられていたら、一発殴ってやりなよ」


「いや、いや、緑彩はドラマの見過ぎだよ。

そんな修羅場、実際には起こり得ないって 笑

(もっとも、僕は既に小梢から二発もらってるのだが)」


「ああ~~、情けないな~

闘う前から尻込みしちゃって、そんな事じゃ、雪村先生を取られちゃうよ。

もしかして、圭ちゃんも雪村先生の事をたいして好きじゃないんじゃない?」


僕は、小梢の事を好きなのだろうか?


そんな事は愚問だ。僕は、初めて会った時から小梢に心を奪われていた。

嘘の関係でも恋人として過ごした時間は、今でも鮮明に僕の心に焼き付いている。


初めて女の子とデートをし、初めて女の子と身体を重ねた。

そして、初めて失恋をし、どんなに心の中に大きな穴が開いたかも分かっている。


僕にとって、小梢はもう、絶対に放したくない……、



かけがえのない人なのだ。



「小梢の事は、僕の問題だ。

緑彩、グループメッセージの事を教えてくれてありがとう。

でも、余計な詮索は、これ以上しないでくれ」


「圭ちゃんがそう言うなら……、でも、もう生徒の中ではかなり広まっているから、簡単に収拾がつくとは思えないよ」


「そうだな、でも明日から試験だし、試験が終われば夏休みだ。

時間がくだらないゴシップなんて忘れさせてくれるよ」


「楽観的だな~、圭ちゃんは。

じゃあ、余計な事は言わないから、何か分かったら教えてね」



「ああ、なにかハッキリしたら話すよ、でも!」


「なに?」



「陽菜に横流しは、ナシだ」


「ちぇっ! 良く分かってらっしゃる 笑」



小梢と話す事も出来ず、更には二股疑惑が勃発し、僕のモヤモヤは膨れ上がるばかりだった。

その一方で、僕は真実を知るのが怖いとも思っていた。



もし、本当に小梢が二股をかけていて、最終的に僕ではなくイケメン男子を選ぶとしたら……。



そんなはずはないと自分に言い聞かせるが、その時は、僕は身を引いても良いと思った。


小梢が本当に幸せになれるなら。





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