第42話 謎のイケメン

運動会の後、なんとなく小梢との間がぎくしゃくしていた。


なんとか二人きりで話をしたいのだが、来週に控えている期末テストの準備に加え、僕が負傷した事で週末のジョギングは止めておこうとなったため、そのタイミングがつかめないでした。


二人の間に軋みが生じている原因の一つは恋音が僕に告白して小梢に敵意を剥き出しにした事、もう一つは小梢が僕に肩を貸した時の行為がまるで恋人同士のようだったので、二人の関係が噂になった事だ。


特に後者は、これまで秘密にしてきた事が露呈したのだから、僕以上に小梢にとってはダメージが大きかった。

実際、先輩教師のセクハラまがいの冷やかしにも閉口しているようだった。

そして、小梢が他人行儀になる事で更に僕たちの関係は噂となり、小梢取り巻きの生徒からも興味の的になっていたのだ。


小梢は、そういう冷やかしを受け流すのが下手だ。ムキになって『わたしには他にお付き合いしている人がいます!』と言い出す始末だ。


そういう訳で、僕も学校で話しかける事が出来ず、恋音の件が引っかかっていることもあり、メッセージのやり取りも停滞気味だ。



「先日の運動会、森岡先生って一番目立ってましたね」

隣で海咲が小声で冷やかす。小梢は授業があるので不在だったが、僕たちは授業が空いていたので期末試験の答案作りをしていたのだ。


「いままで散々モブキャラ扱いされてばかりだったので、複雑な気分です 笑」


「まあ、有村さんの件は笑って済ませたけど、雪村先生の行動は、ちょっとビックリしたわね。お二人の関係をあれだけ大勢の前で晒してしまうんですもの。

まあ、恋愛は自由だから、誰かが文句を言うわけではないと思うけど、できれば職場での関係は隠しておきたいわよね。


と、経験者は語ります 笑」


「正直、僕は良いとして、雪村先生が好奇の目で見られるのは辛いです……」


「あら~、私の前でお惚気ですか?

森岡先生って、相変わらず容赦ないですね 笑」


「え? そんなつもりじゃ……、スミマセン」


「あはは、冗談よ。

でも、雪村先生は冗談があまり通じないから心配ですよね。

それに、セクハラ先生って、どうにかならないのかしら?

教師だって人間なんだから、好きになる人だって出てくるし、恋人だってできるでしょうに。

自分だって既婚者のクセに」


「あはは、でも、なんだか最近、良く分からなくなってきました……」


「ええ⁉ もう倦怠期?」


「いや、そうじゃなくて、人の気持ちって実際のところどうなのだろう? って」


「なんだか、複雑そうね……

二人ともめんどくさいな~


特に雪村先生! ただでさえ女の子ってめんどくさいのに、同じ女の私から見ても跳び箱十段くらいのめんどくささなんだもん、あれじゃ男子は苦労するわね。


どう? 今からでも私に乗り換えない?」


「ええ⁉」


「あはは、冗談よ。

校長先生も仰ってたじゃない。二人は赤い糸で結ばれてるんですよ、きっと。

赤い糸が、そんなに簡単に切れていたら、世の中私みたいな女の子ばかりになるじゃないですか。


ああ~~、私の赤い糸は何処にあるんだろ?」

そう言うと、海咲は手を振って何かを探す仕草をしてみせた。


(赤い糸か……)果たして僕と小梢の間に、そんなものが存在するのだろうか?

ずっと気になっていた事、小梢が僕に『好き』と気持ちを伝えないのは、やはり土門華子の事を意識しているからではないだろうか?


僕たちは再会を果たし、付き合っているみたいな関係ではある。だが、どこか不安定で少しでも風が吹けば飛んでいきそうな藁の家のような感覚だった。


「まあ、雪村先生がめんどくさいんだから、森岡先生が少し強引なくらいが良いじゃないかな?

もっとしっかりしてくださいよ。

どこか自信なさそうなんですよ。それじゃあ、めんどくさくない女の子でも不安になりますよ」


「どうも、そう言うのは苦手で……」


「いままで、散々雪村先生に甘えて来たんでしょ?

だったら、今度は森岡先生が彼女に頼ってもらうようにしなきゃ。

もっとアピールしてください。女の子って、自分が大切にされているって実感できることで安心できるんですから。


あ、これも経験ね、私の。恋愛経験もほとんどないけど、私はそれでコロッと騙されたから 笑」


小梢の事は何よりも大切だ。だから、彼女との関係はもっと良好にしたい。だが、彼女が何を考えているのか疑心暗鬼になる部分もあった。

もっとも、僕がもっとしっかりしていれば良いのだが、自信が持てない。


そして週末。ジョギングもなく、小梢と会えずにモヤモヤした気持ちが続いていた。


土曜日の夜、少しだけ仕事を済ませ、僕は自室で寝転がりスマホを何度も手にしてはベッドの上に放り投げ、また拾ってはメニューのアイコンだけ表示させ、また放り投げるという事を繰り返していた。


たった一言『会いたい』とメッセージを送るだけなのに、それを躊躇っている。

海咲は小梢の事を『めんどくさい』と言っていたが、実際のところ、尻込みばかりしている僕こそめんどくさい男なのかもしれない。




その時だった、スマホからメッセージを受信する通知があり、僕は慌ててスマホを拾い上げた。


だが、メッセージの送り主は緑彩だった。

運動会の後、小梢との関係が噂になってから前にもまして頻繁にメッセージが届くようになって閉口していた。


緑彩自身も級友から僕の事を聞かれて、それで僕の様子を探っているのだ。

どうせまた、何時ものように愚痴か、僕と小梢の関係に関する事なのだろうと思い、再びスマホを放り投げ未読無視することを決め込んだ。

明日、期末試験前の最後の仕上げとして、緑彩の勉強を見るために叔母の家へ行く予定だ。また勉強に集中できなくなるな……と別の悩みの種ができてしまった事を少し嘆いた。


ところが、無視していると次々とメッセージが入ってくる。

流石に根負けして、応答しようとスマホを拾いメッセージを開いた僕の目に盗撮とも思えるような写真が目に飛び込んできた。


その写真には、背の高いイケメン風の男の子と一緒にいる小梢が写っていた。

しかも、僕の前でもめったに見せない明るい笑顔を振りまいて、まるで何年も付き合っている恋人同士のように見える。


(これって……?)





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