第41話 すれ違う気持ち
突然の告白に、僕も小梢もその場で凍り付いてしまった。何と答えれば良いのか、一瞬の間ができてしまう。
その僅かな間でも恋音の行動は留まる事を知らず、膝の上の僕の手を上から握りしめる。小さな手は少し汗ばんでいた。
ハッと我に返り、何とか声を絞り出す。
「な、なんと答えれば良いのか……、素直に気持ちは嬉しいよ。
でも、どうして僕なんだ?
同級生や上級生にもカッコ良い子も沢山いるし、僕なんて特に取り柄もないのに」
「そんな事ないよ、ワタシの事をちゃんと見てくれてるじゃない。
ワタシと初めて会った時も、直ぐにワタシだって分かってくれたし、きっとこの先生は優しい人なんだろうなって思ったもん」
僕の恋音のクラスでの最初の授業、恋音は少し遅刻してやってきた。
既に出席を確認していたので、遅刻してきたのが欠席だった恋音だと直ぐに分かっただけなのに、そんな些細なきっかけで、人は人を好きになるのだろうか。
僕は戸惑わずにはいられなかった。
「そ、そんな事で……」
「それだけじゃないよ、その後も何かとワタシを気にかけてくれたし、授業も分かり易くて丁寧だし、なによりワタシが団地の子なのに平等以上に扱ってくれた」
恋音を気にかけてのは、彼女が要注意生徒のリストに載っていたからという事もあるが、どこか陽菜の中学生の頃に似ていて、そのやり取りを懐かしく感じたことも理由の一つだ。
僕は、自分が個人的な理由で生徒を贔屓していた事を恥じた。
それにしても、緑彩も言っていたが『団地の子』がなぜ周りから敬遠されるのか、僕には分からなかった。
「団地の子とか、関係ないよ。僕はそんな事で人を区別するものじゃないと思っている。ただ、君を気にかけていたのは、君が欠席や遅刻を繰り返していたからだよ」
「そうだよね、ワタシって素行が悪いし、それで目をつけられてたのかな? 笑
ごめんね、分かってるの。圭先生は先生だし、ワタシは生徒だし、こんな事言って迷惑だって。それに、どんなに逆立ちしても雪村先生には敵わないし」
「わたしは……、関係ないわよ。
それより、生徒が先生を好きになる事なんてよくある事よ、有村さんが特別じゃないわ。でも、森岡先生の立場も理解して頂戴。たとえあなたの片思いでも森岡先生が非難されて矢面に立たされることもあるのだから」
「だから、分かってます!
ただ、ちゃんと気持ちを伝えてから報告したかったんです」
「そう言えば、報告したいことがあるって言ってたけど……」
「ワタシね、高校に行かないって言ってたでしょ。
あれ、本気だったんだけど、少し気が変わったんだ」
「そうか!
それは良かった。有村さんなら進学校の上位に行けるよ」
僕は素直に嬉しかった。高校へは行かない、フリーターになると言っていた恋音が自分の目標を見つけてくれたのだから、大した事をした訳じゃないが教師冥利を感じた。
「あ、高校に行かないのは変わらない。でも目標はできたって言う意味」
「へ? アイドルでも目指すの?」
「ぶーーーっ!!
あはは、違うよ~、ワタシがアイドルに成れるわけないじゃない。
こんな時に冗談言わないでよ 笑」
「その人は本気でそう思ったのよ……」
「そうなんですか?
雪村先生、圭先生の事を良く知ってるんですね!
それにしてもウケる~ 笑」
髪を巻いたり変な化粧をしているが、恋音はアイドル並みに可愛い。東京で街中を歩いていればスカウトから声をかけられまくるだろう。
だから、本気でアイドルに成るのかと思ったわけだが、恋音のみならず小梢にまで馬鹿にされてしまい、少し不貞腐れる。
「君たち、人の事をディスり過ぎだよ……」
「あはは、ゴメンナサイ。
でね、ワタシ、准看護師の学校に行こうと思うんだ」
「准看護師の? 専門学校へ?」
「うん、そこで資格を取って、それから働きながら正看護師の学校へ通って免許を取るの。
奨学金も利用できるし、何年か看護業務に従事すれば返済もしなくて良いんだ。
お祖父ちゃん、お祖母ちゃんに負担をかけなくて良いし、病院に勤めれば二人に何かあっても直ぐにお医者さんに診てもらえるでしょ。
それに、人の為になる仕事だし、圭先生と一緒だよ。
生徒の未来の手助けをするのと同じ、患者さんが元気になる手助けをするの」
そうやって自分の目標や未来を語る恋音の目は輝いていた。
果たして、僕が彼女と同じ年頃の時に、ここまで明確な人生の目標を立てていただろうか?
中学生の頃は、勉強以外取り柄がなくて、ただ成績が上がるのが嬉しくて更に勉強していただけだ。東京の大学に行きたいと思ったのも、ただ偏差値の高い学校が揃っていたからだ。
ませてきた高校時代、女の子に声をかける事も出来ないくらい奥手で、東京に出れば可愛い女の子と仲良くなれると思っていた。教師になろうと決めたのも、二年生の時、つい最近だ。
「凄いな……、君はその歳でもう自分の進むべき道をしっかりと見つけているんだね。僕なんか、君と同じ年頃の時、何をしてたんだろうと思うと恥ずかしいくらいだよ」
「そんな事ないよ、圭先生は中学生の時から努力してたから良い大学に行けたんだし、圭先生がこの学校の先生になったから、ワタシは圭先生と会えて、自分の未来の事も考えるようになったんだし……、それに……
二人で見た星空は、ワタシ、一生忘れないと思う」
「買い被り過ぎだよ、でもそう言ってくれて、凄く嬉しいよ。
きっと、有村さんなら成し遂げられると思う」
僕は、チラリと小梢の様子を確認した。
思えば、小梢も恋音と同じように中学二年生で一つの目標を立てた。それから努力を重ねたのだと思うと、やはりこの二人は何処か似ているのだと思えた。
「有村さん、ありがとう。
わたし達も戻るから、あなたも戻りなさい。
井川先生にはわたしから事情の説明とお礼を言っておくわ」
「雪村先生は、やっぱり圭先生と付き合ってるんですか?」
「それは、あなたと関係ないわ」
「否定しないんですか?」
「だから、関係ないと言ってるでしょ」
チラリと僕の方に視線を送った後、不機嫌な声で「戻ります……」とだけ言って恋音は保健室を出ていった。
「やっぱり、あの子の事を贔屓してたんじゃないの?」
咎めるような口調で小梢は僕を睨んだかと思うと、「戻るわよ」と僕を置いてさっさと保健室を出ようとする。
「あ、ちょっと!」
僕を置いて前を歩く小梢の後姿が、少し遠くに見えた。
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