第38話 1/8の告白

パン! パン! パン!

曇り空に、朝から号砲が鳴り響く。今日は我が中学校の運動会だ。僕が勤める中学校というか地域自体が特殊なのか、運動会は6月に執り行われる。


わざわざ梅雨入りしたばかりの蒸し暑い時期にやらなくてもと思うのだが、地球の気候が変わった事も影響しているのか、それとも多すぎる行事のしわ寄せか、秋のスケジュールに押し出された形で運動会がこの時期に開催されるようになったのだろう。


実際のところは定かではない。

しかも、その後すぐに一学期の期末テストがあるのだからたまったものではない。

海咲が教師という職業はブラックだと言っていたが、最近では僕も実感するようになっていた。

せっかく小梢との仲を復活させたというのに、コソコソと付き合うし事しか出来ず、しかもその密会さえも運動会の準備に邪魔されてしまう。


だが、自分で選んだ道だ。運動会だけではない、これからも行事は続くし挫けている場合ではなかった。


「森岡先生、次の借り物競争の生徒を誘導してください。

トラックの北側に徒競走の生徒たちが居ます。その後ろに並ばせて。

あ、その前に声かけもお願い、二年生の種目ですから」


運動会でもチーム教師は大忙しだ。特に僕のような新米教師はパシリとしてこき使われる。

小梢は? と姿を追うが、やはり走りまわっていた。後ろに束ねた黒髪が馬の尻尾のように揺れていた。


「ほら! ぼさっとしないで二年生に声かけして誘導して!」

デレた顔で小梢を追っていると容赦なく怒鳴り声が飛んで来る。僕は慌ててトラックの南側に陣取っている二年生に声をかけて走り回った。


「借り物競争に出る人は集まってください~

時間が無いから早く集合して~」


僕の声に反応して生徒が集まってくる。一人、二人……。

二年生は8クラスあり、男女別二回戦の予定で借り物競争は行われる。

総勢十六名を集めなければいけないのだが、その中に恋音がいた。


「はい! 第1グループと第2グループ、一組を先頭に並んでください。

本部の裏側を通って待機場所まで移動します、お喋りはしないで」


恋音の視線を痛いほど感じたが、今は気にしている場合じゃなかった。スケジュールは分刻みでたててある。モタモタしていると次の競技に影響がでるのだ。


本部の裏を通っていると、本部で何か仕事をしているのか小梢がいるのが目に入った。思わず小梢を目で追うと、小梢も僕に気付いたのか二人の目が合った。


『お疲れ様、お互い大変ね』とでも言っているようだった。

僕も『君も頑張って』と目で合図を送った。


好きな人と目で会話ができる、なんと幸せな事だろう。僕はまたしても頬が緩む思いがした。

待機場所に生徒たちを誘導すると、次の仕事が回ってくる。慌ただしくて競技を見学する事すらままならない。

既に前の競技の徒競走は終盤を迎え、直ぐに借り物競争の出場者が入場してきた。


僕は次の指示を仰ごうと本部に戻ったのだが、グラウンドの方で爆笑が起きたので何事かと思い、笑いが起きている方向へ目を向けると、男子生徒が女子生徒の前で項垂れてる。


「どうしたんですか? あれ」僕は近くにいた海咲に訪ねた。


「あれ、森岡先生はご存知ないんですか?

借り物競争って、午前中の目玉の一つなんですよ」


「目玉? そんなに盛り上がるんですか?」


「うちの学校は、競技のルールや詳細は生徒主体で決めているのだけど、借り物競争の借り物も決めていて、毎年内容は変わるのね。

でも、ひとつだけ変わらないものがあって、それが男子は『女子』、で女子は『男子』を借りて来るって事」


「?? どういう意味ですか?」


「も~~、相変わらず森岡先生は鈍感なんだから 笑

つまり、告白タイムみたいなものよ。1/8で女子、男子を引き当てた子は、好きな子を選んで手を繋いでトラックを一周できるって訳」


「なるほど……。では、なぜ皆が笑っているのですか?」


「そりゃ、拒否られたからよ。それもこの競技の面白いところね 笑」


(む、むごすぎる……公開失恋みたいなものだ)


「あはは、僕が在籍していた時代にそんな競技に出されてたら、大恥かくところでした 笑」


トラックの方に目をやると、男子生徒が今度は土下座を始めて、さらに爆笑が起こっていた。案外、生徒も含め観客は楽しんでいるのかも知れない。

やがて、根負けしたのか女子生徒が立ち上がり、男子生徒と手を繋いで走りだしたが既に他の七人はゴールしているので二人だけのトラック一周となっていた。


冷やかしの声や、笑い声が鳴りやまない中、二人の生徒ははにかみながらゴールのテープを切った。それと同時に歓声が起き男子生徒は何度も拳をあげ喜びの感情を表していた。


「若いって良いわね~ 笑

次は女子ね。

女子は、まあ、あんなふうにはならないかな。殆どの男子は素直に応じてくれるし、私が聞いた話では、この競技の開始以来、波乱は起きてないみたいよ」


まあ、そうなるだろう。何といっても男子の恋は『ラブコメ』で女子の恋は『恋愛』なのだから。書き物の世界でもカテゴリ分けされている。


既に女子の部もスタートの号砲が鳴り、一斉に生徒たちが散っていく。


(さあ、呆けてる場合じゃないな、仕事、仕事……)と、その時、不意に手を握られた。


「え?」


「圭先生、来て」


恋音だった。



「ちょっ⁉ 僕は『男子』じゃないぞ」


「いいの、そんなに歳は変わらないじゃない。一番になるから走ってよ」

そう言うと恋音は凄いスピードで走り出した。僕も必死でついて行くが、周りの反応の方が気になった。


歓声というよりざわめきに後押しされ、僕は恋音とトラックを一周することになる。しかし、ジョギングで少しはなれたとはいえ中学生の全力疾走にはついて行けそうになかった。


「ほら! 圭先生、もっと早く走ってよ!」


「いや、無理だって!」


結局、ゴール前で別の生徒に抜かれ、僕たちは二位でゴールすることになった。僕がゴール後に息を切らして座り込むと爆笑が起きた。どうやら、新米教師が女子中学生に引きずり回されたと思われたのだろう。


「ごめんね、圭先生 笑

でも、この意味って分かるでしょ」


恋音は僕に囁くと、退場の待機の列に走って行って加わった。


トラックの東側で生徒を誘導していた小梢が見えたが、その表情は呆れかえっているようだった。





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