第36話 やっぱり!

(むふっ)



(むふふふふ……)




週明け、世間の殆どの人が憂鬱であるはずの月曜日なのに、僕は心躍らずにはいられなかった。

何といっても、小梢との仲が大きく進展したのだから、浮かれずにはいられない



土曜日の夜、ビールを飲んだ後に良い雰囲気になったのだが、肝心な時に避妊具の用意がなかった事に気付いた。

しかし、小梢の『中には出さないでよ』の一言でトリガーは引かれたしまったのだ。


その後の小梢の可愛さと言ったら、どんな言葉を使ったとしても言い表すことができない程だった。しかも、小梢は僕と別れた後も誰とも付き合っていないと言って恥じらいを見せてくれた。

もちろん、そんな事は気にしないのだが、照れながら告白してくれた小梢を抱きしめずにいられなかった。


(むふふふふ……)


これまで、日曜日がこんなに長いと思ったことはなかった。小梢と会えるのが嬉しくて嬉しくて仕方ないのだ。


(僕は今、世界一幸せな男だ!)と思うと、自然と笑いもこみ上げてくる。




~ おはようございます。


森岡先生?

もう! 圭ちゃん!」


「へ?」


「何を朝からニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」

声をかけてきたのは従妹の緑彩だった。


「別に、いつも通りだろ。

それより、どういう風の吹きまわしだよ?

僕を先生呼ばわりして」


「だって、いつも『先生と呼べ』って言ってるじゃない。

それに、なんだかニヤニヤして気持ち悪かったし……」


「だから、ニヤニヤしてないって、変な言いがかり付けるなよ」


「ん~~、どう見ても変だ!

歩き方もスキップしてるみたいだし、何か良い事あったの?」


「べ、別に何もないよ。

それより、中間テストの出来はどうだったんだ?

叔母さんも心配してるぞ。受験生だというのに、あまり勉強してないらしいじゃないか」


「ちぇっ、都合悪くなるとすぐ『勉強しろ』なんだから。

皆が皆、圭ちゃんみたいに勉強できる訳じゃないんだよ。勉強が苦手な子でも将来ちゃんと生きていけるように指導するのが教師の勤めでしょ!」


「教師の仕事は、生徒が最後ピースを埋める手伝いをする事だよ、それを見つけるための手伝いもするが、埋めるのは本人の仕事だ」


「じゃあ、圭ちゃんも彼女いない歴の最後のピースをさっさと埋めないとね!

誰も手伝ってくれないと思うけど!」


彼女ならいる。それも飛びっきりの美女で、僕の前でだけ可愛い仕草を見せてくれる女性が。そう思うと、またしても笑いがこみ上げてくる。


「むふっ


むふふふふ……」



「うわあ!

本当にどうした?

気持ち悪い笑い方して」


「あ、いや、何でもない、喉がイガイガしただけだよ。 コホンっ」


こうやって従妹とくだらないやり取りそしていると。そろそろ校門が近づいてきたのだが、何時ものように小梢が女子生徒に囲まれて登校しているのが見えた。


大勢で歩いているので歩く速度が遅く、やがて追いつくことになるのだが、小梢の顔を見るのが少し恥ずかしい気もした。

少し照れながら、小梢に挨拶する。


「雪村先生、おはようございます」

きっと、僕の顔は緩みきっていたのではないだろうか?

自分でも自覚できるくらいに頬が緩んでしまう。


「おはようございます。森岡先生

おはよう、本上さん。相変わらず仲が良いのね」


予想はしていたが、小梢の態度は素っ気なかった。学校では今まで通りという事で、二人の間で示し合わせていたからだ。



「どうしたの? 雪村先生」


「え? 何が?」


「何か、ニヤニヤして変」

女子生徒の一人が小梢の変化に気付いてツッコミを入れる。まさか小梢まで浮かれているとは思わなかったので、僕もつられて頬が緩んでしまう。

おそらく、最大級に緩んでいる事だろう。


「圭ちゃん、ちょっと」


「な、なんだよ?」

緑彩に手を引っ張られ、僕らは小梢のグループから引き離される。


「雪村先生と何かあったの?

二人ともニヤニヤして、何か関係してる?」


「そ、そんな事ある訳ないだろ!

中間テストも終わったし、僕たち新任教師にとっては最初の一大イベントが終わったんだ。気も緩むってものさ」


「そうかな~

なんか、変なんだけどな~」


中学生とはいえ、女の子の感は鋭い。ちょっとした油断が他人に僕たちの関係を気づかせることに繋がるのだ。


僕は気を引き締めようと肝に銘じた、が……。



「むふっ


むふふふふ……」



「うわ! また!

本当に大丈夫? 頭がおかしくなったんじゃない?」



「あ、いかん。いかん。 コホンっ」

と誤魔化したものの、緑彩の目が白くなるのを感じる。


「何があったか知らないけど、あまり浮かれないでよね。有村さんの件は広まる事はなかったけど、何か起きたら直ぐに人の噂って広まるんだから」


「分かってるよ。別に何もないから心配するな。

それより、緑彩の勉強だ!

特定の生徒を贔屓するのはご法度だが、幸い僕は3年生を教えていない。

だから今度、日曜日にでも僕が勉強を見てあげるよ」


「ホント? それは頼もしい。お母さんも喜ぶよ!」


「叔母さんにはお世話になっているしな、お安い御用さ。

その代わり、課題もたくさん出すからな」


「ええ~、それは勘弁して欲しいな~


でも、良いの?

雪村先生を放っておいても」


「ああ、小梢とは土曜日に会うから平気だよ」


「え?」


「え?」



「えええ~~、やっぱり!」


「バカ! 声がでかい!」


「やっぱり、雪村先生と……なんだ」

緑彩が小声で囁くが、興奮気味であることは感じ取れる。


(くそ! まんまと引っかかってしまった!)

悔やんでみても後の祭りである。幸い知られたのが緑彩という事が不幸中の幸いだったと、少しだけ安堵する。



「いつからなの?」


「え……と、それは今度行った時に話すけど、この事は内緒に頼むよ」


「ぬふふふ、ちょっと妬けるけど、こんなに美味しい情報は楽しみの方が勝つかな。

勉強を教えてくれるのもありがたいけど、お小遣いもはずんでね」


「分かったよ……


はあ~~。


頼むから内緒にしておいてくれよ。叔母さんにも」


「お母さんにも?

大丈夫、大丈夫、わたしって口が堅いし、雪村先生なら圭ちゃんの相手に申し分ないわ」


「そうか。あ、ありがとう……」



こうして、週明け早々に僕と小梢の関係は、約一名にバレてしまったのであった。





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