第32話 ペア
「まずは森岡先生と有村恋音です。
森岡先生。今後は二人きりで会わないように気を付けてください。
それから、できる事なら有村とは距離を置くようにしてください。
あと、彼女と何か秘密のようなものは共有していませんか?
そういうものがあれば、正直に知らせてください。
ああ、そうだ。有村恋音を呼び出して夜間外出を厳しく注意しなければなりません」
校長の「どうしましょう?」の一言で停滞していた空気の中、教頭が矢継ぎ早にまくし立てた。
「有村さんに秘密と言うか、普段遅刻や欠席をする理由は聞きました。
ただ、それは学校に言って欲しくないらしいです……。
それから、有村さんを叱るのは待っていただけませんか?
彼女は目標ができたと言ってたんです。きっと変わってくれると思います」
「森岡先生、まだそんな事を言ってるんですか?
これは、あなたと有村の二人だけの問題じゃなくて、学校も巻き込む問題になるかも知れないんですよ。
そうなったら、他の先生方に迷惑をかける事になるかも知れないんです」
「すみません。それは重々承知しておりますが、中学生とはいえ僕を信頼して話してくれた内容を、彼女の承諾なく他人に漏らす事はできません」
「あ……、あ、あなたね、自分が何を言っているか分かってるのですか?」
僕の答えに教頭の声のトーンが一段と上がった。
「あの……、ちょっとよろしいですか? 教頭、森岡先生」
「なんです? 井川先生」
これまで、黙って僕たちのやり取りを聞いていた井川が初めて口を開いた。
「今朝、有村恋音はいつも遅刻したり、無断で休んだりしてますが、朝のホームルームの時にちゃんと登校していました。
いや、私の思い違いって事もあるかもしれませんがね、何か変わった気がするんですよ」
と、此処で何故か咳ばらいをして井川は謎の間を作った。
「もしかして、森岡先生が関係してるんじゃないんですか?
有村の家庭は両親が居なくて祖父母が保護者として彼女を養育しています。
三者面談を含め、学校の行事に彼女の保護者は一度も訪れた事がないという事です。
進学についても、中学を卒業したらフリーターにでもなると言う始末でして……、
正直、私の手には負えない生徒だと諦めていました」
「井川先生……」と僕が喋ろうとするのを、制して彼はつづけた。
「有村恋音が遅刻したり欠席したりするのは、その辺に関係してるのでしょう。
どうです? 森岡先生」
「はあ……」
「有村は、あまり学校に来ていませんが成績は優秀な子です。
教頭、注意して止めさせようとしても反発するかもしれません。
今、騒ぎを大きくして彼女の将来を、本当にフリーターにしてしまって良いのでしょうか?
森岡先生、約束を守る事は大切です。でもその約束を守り通すことは本当に有村にとって為になる事なのですか?」
確かに井川の言うとおりである。
僕が頑なになる事で却って恋音の立場を悪くするかも知れないのだ。
約束を破った事は、もし叱責されたら素直に謝ろうと思った。
そして、以前に恋音から聞いていた祖父の介護の事を話すことにした。
「なるほど、別に隠すような事ではないではないですか。
まあ、それが森岡先生の良いところでもあるのでしょうが……」
僕の説明を聞いて教頭も少し落ち着いたようだった。
「すみません……」
「事情が分かりましたので、有村のこれまでの欠席は家庭の事情ということで処理しておきましょう。よろしいですかな?
校長、教頭」
「そうね。そこは井川先生にお任せします。
もっとも、全てが家庭の事情だったかは疑問ですが、これからは欠席や遅刻が減ることを期待しましょう。
それから、やはり夜間の外出は止めさせないといけません。」
そこまで言うと、校長は言葉を止めて、何か考えを巡らせているようだった。
「どうでしょう?
森岡先生が有村さんと会ったのは休日前だし、そうすると今日の夜あたりにまた、夜間外出をするかもしれません。
もし発見したら、早い時間に捕まえて自宅に送り返してみては?」
「校長?
もしかして、私たちに見回りしろと仰ってますか?
私は車で1時間かけて通学していますし、井川先生は高齢です。
とても夜間に見回りするなんて無理ですよ」
「そうね、だから……、乗りかかった船ですし、森岡先生にお願いできるかしら?」
「僕で良ければやります!
家も近いですし、大丈夫です」
「校長?
なぜ此処に皆さんが集まっているか、お忘れですか?
森岡先生が特定の女子生徒と夜間に一緒に居ると、誤解を招くし、そのことで問題が発生する恐れがあるから、森岡先生を注意するために集まったようなものなのですよ」
「うふふ、分かってるわよ、教頭先生。
だから、ペアで行動して欲しいの」
「ペアって……、相手は誰です?
まさか……」
「雪村先生、お願いできるかしら?
雪村先生もお住まいは校区内でしょ。
それとも、元恋人と二人で夜の散歩なんて気が進まないかしら」
「いえ、確かにわたしも家が近くですし、森岡先生をここに連れてきたのも私です。責任をもってフォローしたいと思います」
小梢はそう言ったが、海咲は少し納得していないのか、ムスっとした顔で黙っていた。それを小梢が申し訳なさそうな表情で視線を一度だけ送る。
「ありがとう、雪村先生。
では、毎週末に……、そうね、期限は今月いっぱいということで、お二人に見回りをお願いします。開始時刻は二人で決めてもらって、遅くても22時までということで活動してください。
週明けに報告はしていただくとして、もし不測の事態が発生した場合は即座に私か教頭に連絡するようにしてください」
こうして思いがけず週末の小梢とのデート、いや見回りが決まってしまった。
「それでは、ご負担をかけますが、お二人さん、よろしくお願いします。
井川先生は、有村の行動を注視して、詳細な理由は聞かなくても良いので遅刻・欠席の時は事前に連絡させる習慣をつけさせてください」
最後に教頭が場をしめて、何とか無事にこの場を僕は乗り切ることができたのだが、全員が校長室を出ようとしたとき、小梢に声をかけた。
「あ、雪村先生はちょっと残ってもらえますか?」
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