第31話 二人の関係
教師になっても、校長室に呼び出されるというのは気持ちの良いものではない。
恋音の件で、僕は校長と教頭を前に委縮していた。
せめてもの救いは小梢と海咲が同伴してくれた事だが、女性に付き添われてと言うのは何とも情けない心持であった。
校長室には、恋音の担任の井川も居合わせた。井川は、もうすぐ定年を迎える初老の教師で、好々爺と言った感じの温厚な教師だ。
「森岡先生、あれほど特定の生徒と親密になってはいけないと申し上げたのに、あなたは、やはり教師としての自覚が足りませんよ。
しかも、報告を怠つたばかりか、他の生徒に目撃されるなて……、
せめてもの救いは、こうやって騒ぎになる前に知らせてくれたことです。」
教頭の声は柔らかではあるが、困ったものだという感情が込められていた。
「申し訳ございません……」
何とかお詫びの言葉を絞り出すのがやっとであった。
こういう時、他人を叱る事になれている人は落ち着いている。感情的にならず、責め立てる事もなく、先ずは事実の確認から始めようとする。
その為、どうして僕が恋音と出くわした時間にコンビニに居たかという説明をしなければならない。それは海咲が担当してくれた。
「なるほど、三人で飲みに行って、その帰りに森岡先生は雪村先生を送って、雪村先生のお母さまからお呼ばれし、そこで談笑。
その帰りにコンビニで有村恋音に出くわした、という事ですね」
「はい、間違いありません」
「後々、事実関係を説明しなければならない場面が訪れるかもしれません。
プライベートに踏み込む事があるかもしれませんが、そこは協力してください。
雪村先生も、久保田先生も良いですね」
教頭にくぎを刺され、二人は承諾の意志を示した。
「では、二回目に有村恋音に出会った時の事を説明してくれますか?
森岡先生」
これが一番説明し辛い。
なにせ、陽菜ばかりか小梢までも関係しているのだから。
「どうしました? 森岡先生」
「その日は、東京から知人が遊びに来てまして、彼女が買い物したいというのでコンビニに寄ったのですが、そこで有村さんと出くわしまして……」
「彼女?
女性の方ですか。もしかして森岡先生の……その、親しくしている方ですか?
いや、詮索するみたいで申し訳ないのですが、もしもの時に直ぐに連絡が取れる方かどうかを確認したいので、差し支えなければ、どういう関係か教えてください」
苦しい状況だが、あまり嘘をつきたくない。だが、どう説明すれば良いのか少しだけ答えに詰まってしまった。
「どうしました?
何か説明し辛いですか?」
「いえ、彼女は僕が東京で家庭教師をしていた時の教え子です。
もちろん、18歳以上で今は大学生です」
「教え子?
森岡先生は、女子生徒と仲良くなるのが上手ですね」
流石に教頭の声のトーンが上がったのが分かった。ここまでの話でおおよその人は良からぬ想像をするだろう。それは経験が豊富であれば尚更の事である。
そして、もう一つ。
海咲から圧がかかるのが分かった。
小梢以外にも、そんな女の子がいたのだから、海咲の中にある種の不満が募るのも仕方ない事だ。
「教頭先生、森岡先生はお優しい性格だから、若い女の子に慕われるんです。
きっと誤解されるような仲ではないと私は思います」
海咲の言葉は、助け船なのか皮肉なのか、判断がつかなかった。
「それにしてもですね……
家庭教師時代の生徒が単身で訪れるって、普通の仲ではないですよ。
知らない人がその事実だけを聞くと、森岡先生は『ロリコン』なんじゃないかと思われても仕方ありません。
非常に不味いですよ」
またしてもロリコン呼ばわりされ、僕は情けなくて背中が丸くなる思いがした。
「教頭先生、違います」
「雪村先生?」
「その子は森岡先生にとって最初の生徒で、森岡先生の尽力のおかげで有名私立から啓蒙大学へ進学したんです。森岡先生の事を本当に尊敬してるんです。
わたしの友人でもあり、有村さんに会った日は三人で食事をして、その帰りに森岡先生は有村さんと出くわしたんです。
ちなみに、その子は連休中わたしの家に泊って、観光もわたしが連れて行きました」
小梢の説明に、教頭も海咲もこれ以上にないくらい驚く。
「ど、どうして雪村先生がそんな事を?」
海咲の声は少し震えているかのようだった。
「それは……、
わたしと森岡先生は大学一年の時に少しだけお付き合いしていました。
その時に彼女とも知り合ったんです」
その場にいた全員が大きく口を開けて驚いた表情を並べた。
もちろん僕も同様である、小梢がそこまで喋るとは思っていなかったからだ。
「え? え? え?
雪村先生って、地元の国立大学の卒業でしょ?
遠距離恋愛って事?」
「久保田先生、落ち着いてください。
それにしても、驚きました。
お二人が元々知り合いだったとは……。
じゃあ今も?
いや、二人して同じ学校を希望したという事ですか?
すみません、私も他人に落ち着けと言っておきながら、頭の整理が追いついていないみたいです」
「わたしは、大学一年まで長谷田に在籍していました。二年次から地元の大学へ編入したんです。
森岡先生とは、その前にお別れしました。
教師になろうとしたのも、最初の赴任先にこの学校を希望したのも偶然です。
ただ、今はお互いに良き同僚で居ようと常々意識しているところです」
「確かに、お互いが教師を目指して、赴任先が希望できるなら自分が通った学校を選ぶのも不思議じゃないわね。
雪村先生は卒業生だし、森岡先生も一年生までここで学んだんですもの。
それにしても、二人は赤い糸で結ばれているみたいね。
素敵だわ~」
それまで黙って事の成り行きを見守っていた校長が初めて口を開いた。
50代のいかにも聡明そうな女性なのだが、韓国ドラマが大好きだとかでメロドラマな内容には弱いらしかった。
「さて、問題は、今後をどうするかよね……」
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