第30話 ヒステリックな朝

「圭ちゃん~! おはよう~」


「こら! 『森岡先生と呼べ』と言ってるだろ」


「あはは、またやっちゃった。

久しぶりに登校途中で会えたから嬉しくって 笑」


「三日前に会ったじゃないか」


「だって、学校で会うのは別だもん。

圭ちゃんは三年生を担当してないし。

あれ? 雪村先生が居る」


僕たちの歩く先に小梢が立っている。何時もは女子生徒に囲まれて歩いているのだが、今日は一人で立っている。


まるで誰かを待っているようだった。


「おはようございます。雪村先生」


僕と緑彩と同時に声をかけたが、小梢の様子が変だ。なんとなく圧を感じる。


「おはようございます。森岡先生。

おはよう、本上さん。


あの、悪いんだけど森岡先生に話があるの、遠慮してもらっても良いかしら?」



「あ、はい……」

緑彩はいつになく険しい表情の小梢を不審そうに見ながら、僕に耳打ちした。

「圭ちゃん、なんだか雪村先生、怒ってるよ。

何かやらかしたの?

素直に謝るんだよ!」


言うだけ言うと、緑彩は『失礼します~』と足早に去って行った。



残された僕は、小梢の圧に押しつぶされそうになりながら考えを巡らせていた。

三日前に陽菜を連れて行った時には普通だった。という事は陽菜に何か聞いた事で怒っていると思うのが道理だ。


だが、陽菜は僕にとって都合の悪い事は喋っていないと言っていた。

(なんだろう?)


「歩きながら話しましょ」


僕が戸惑っているのも構わず小梢は歩き出した。僕も直ぐに後を追う。


「あの……、どうかしたの?」


「学校の中では喋り方に気を付けて!」


一瞬だけ足を止めたかと思うと、小梢はピシャリと言い放った。


「はい、すみません……」



「あれ?

二人が一緒に居るって珍しいね。

おはよう~圭先生。

雪村先生も、おはようございます」


「有村さん?

今日は早いんだな。あ、おはよう」


「うん、目標ができたから真面目にしようと思ってね。

あ、陽菜ちゃんは帰ったの?

縁結びの神様のご利益はあった?」


「有村さん。おはよう。

でも、その喋り方は何?」


「え?

何か変ですか?」


「『変ですか?』じゃないわ。

森岡先生は教師なのよ、それを友達と話すような喋り方してたら、誤解する人が出て来るでしょ」


「雪村先生だって、女子と友達みたいに喋ってるじゃないですか。

もしかして、ヤキモチですか?」


「な!

女子同士と一緒にしないでって、言ってるのよ。

森岡先生が迷惑するの!

それから、森岡先生と話があるから遠慮してくれるかしら?」


珍しく小梢が感情的になっている。生徒相手に言いがかりをつけているようにしか見えなかった。


「有村さん。僕は雪村先生と大事な話があるんだ。

悪いけど、先に行ってくれ。


あ、遅刻しないで来てくれてありがとう。井川先生も喜ぶと思うよ」


「別に井川先生の為に早起きしたんじゃないんだけどな~

それじゃあ、先に行くね。


雪村先生、ご・ゆ・っ・く・り!」


舌こそ出してなかったが、恋音はの表情で言い放つと、去って行った。



またしても小梢の圧を一人で受ける事になるのだが、今のやり取りで小梢が何に怒っているのか、原因が恋音にある事が分かった。


「どうしてわたしが怒ってるか、分かりますか?」


「え……と。有村さんの事……ですか?」


「そうです!

ご自分が何をしているか、分かってるんですか?」


「何をって、特にやましい事はしてませんが?」


僕の返事に小梢は『は~』とため息をつく。

「昨日は、あなたと顔を合わせると喧嘩になるから、陽菜ちゃんの見送りは遠慮したけど、正解だったわ。

自分がどんな状況なのかも分かってない!」


先ほど学校での喋り方に気を付けろと言ったくせに、今は自分が普段の喋り方になっている。それに、生徒に友達みたいな喋り方をするなと言いながら自分は普段、女子生徒とはフレンドリーに接している。


明らかに今日の小梢は理不尽だった。



「その……、どういう事でしょう?

本当に有村さんとはやましい事はないのですが……」


「夜中に会ってたでしょ。二人きりで」


「それは、陽菜から聞いたんだろうけど、夜中に一人でいたので危ないから送って行っただけだよ」


「それを他の生徒に見られてるじゃない!

それがどういうことか分かってないって言ってるの!」


やはり、三日前に叔母の家での緑彩とのやり取りを陽菜から聞いていたのだ。

陽菜は、それを僕にとって都合の悪い事とは思っていない。

もちろん、僕も重大な事とは考えていなかった。



「どうしたんですか?

二人とも朝からヒートアップして。まるで痴話げんかみたいですよ 笑」


いつの間にか海咲が僕たちの後ろに居る。いつも通りジャージ姿だ。



「あ、おはようございます、久保田先生。

良かった、久保田先生も相談に乗ってください」


「え……と、二人の恋について……ですか?」


「ちがいます!」


「あの……、雪村先生、すこし落ち着いてください。

久保田先生もビックリしてますよ」


「だ・れ・の・せいで、朝から穏やかでない気分になっていると思ってるんですか?」




小梢は、少し深呼吸をすると、恋音とのあらましを海咲に話した。


「えーー。それは不味いよ、圭ちゃん!

あ、いや、森岡先生、どうして黙っていたんですか?」


「そうなんです、一週間も隠してたとなると、公になった時に申し開きできません。わたしが怒っている訳が分かりますよね、久保田先生」


「え……と、それは同僚として?

それとも、森岡先生が特別だから?」


「え?

そ、それは、同僚……だし、学校でもめ事があるのは、わたしも迷惑するし……」




「へ~~」


そう言うと海咲は僕の方を見つめた。

それから、しどろもどろになっている小梢にピシャリと言った。


「雪村先生、心配なのは分かるけど頭ごなしに怒るのは良くないですよ。

そんなに怒ってたら、話せることも話せなくなるじゃないですか」


「はい、つい……、すみません」


「良いわ、私も付き合うから、先ずは教頭先生に報告しましょう。

有村さんと夜中に会ったのは一度だけ? 森岡先生」


「いえ、二度。

でも二度目は知人と一緒でした」


「知人?

男の人?」


「いえ……、女の人……というか、東京に居た時の家庭教師時代の教え子です……」



「は~~」海咲までもがため息をついてしまう。


「これは……、ややこしくなりそうだわ……」





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