第29話 一番じゃなきゃ嫌
「あれ? 小梢は?」
連休最終日、僕は駅まで陽菜を見送りに来ていた。
列車の時刻まで時間があったので、都内ではコンビニと同じくらい多いチェーン店のカフェで時間を潰していたところだ。
陽菜とは連休の初日に小梢の家まで連れて行って、そこで別れた。
昨日は陽菜は小梢と出雲大社に出かけて観光を楽しんだはずだ。
てっきり、今日の見送りも小梢が一緒だと思っていたので意外だったのだ。
「うん、後は圭に任せるって言って帰っちゃったの。
あ、何も圭の悪事については喋ってないよ。ホント」
「まあ、たまに素っ気なくなるから、いつもの事なんだろ。
それより、どうだった? 出雲大社は。
しっかりと神様にお祈りしてきたか?」
「バッチリよ!
圭と小梢さんが結ばれるようにお祈りしてきたから 笑」
「そ、そうか……
それは、ありがとう……」
縁結びの神様に祈願に行って他人の恋の成就を祈るなんて可笑しな話だが、陽菜にとっては自分のゲームの為に祈ったのだろう。
「あ、そうそう、圭。
知ってた?」
「なにがだ?」
「小梢さんに妹さんが居る事」
「ああ、知ってるよ。と言っても最近知ったんだけど」
「なんだ~知ってたのか。
小梢さんって自分の家族の事とか、あまり喋らないから一人っ子かと思ってたよ。
あ、でね、その妹さんが留学中だとかで不在だからって、妹さんの部屋を借りたの」
「そうか、たしかに小梢の部屋は狭いし、部屋が空いてるのならその方がゆっくりできるしな」
「そう言えば、圭って小梢さんの部屋に入ったんでしょ?
小梢さんのお母さんから聞いたわよ」
「あ、あれは、仕事だよ。
小梢のお母さんもいたし、二人でいたからと言って、別に何かあったとかじゃない」
「ふ~~ん、何かあった方が好都合なんだけどな~
圭も小梢さんも、モタモタし過ぎだよ。
夏にまた来るから、その時までに恋人に戻っててよね」
(夏にまた来るのか……?)
「そう言えば、ここのお店って、日本で最後に出店したんでしょ?」
「最後から二番だ!
いや、最後って言うのは、チェーン店出店が47都道府県で最後って事だろ」
「なんでそんな事でムキになってるの 笑」
「いや、これは結構重要なんだよ。こっちの人に『47都道府県で最後だったんですね』なんて言うと皆怒るぞ。だいたい地方では隣県はライバルなんだ」
「あはは、変なの~ 笑」
そう言って陽菜はストローをピンクで輝く唇で包んだ。
何度も重ねた事のある唇につい目が行ってしまう。やはり陽菜は可愛いのだ。
「なに?」
「へ?」
「なんか、じっと見ちゃって、イヤラシイ~」
「なっ⁉
別に見るくらい良いだろ、なんだよ、人をスケベおやじみたいに」
「本当は、この間泊まった時に襲いたかったんじゃないの~?」
あの日、僕は疲れた事もあって寝てしまったが、もし起きていたら、陽菜の魅力に負けていたかも知れない。
「も、もし襲ってたら、どうしたんだよ?」
「ん? 知りたい?」
ふたたび、陽菜のピンクの唇がストローを包む。彼女が黙ったことで少しだけ沈黙が訪れ、店内に流れる落ち着いたジャズの音色だけが聞こえていた。
「圭に一つだけハッキリと言いたいことがあるの」
ストローから解放された唇を少し尖らせながら陽菜が僕の方へ向き直った。
「なんだよ、あらたまって」
「ワタシ、圭の事が好き」
「うっ」と思わず言葉が詰まってしまう。陽菜のような美少女に改めて『好き』と言われると嬉しい。だが、なんと返して良いか分からないのだ。僕は陽菜の事が……好きではあるが、恋人になりたいとは思っていない、一瞬だけ恋人になったが、それも約束を果たしたに過ぎない。
「ほらね、『僕も陽菜が好きだ』って即答できないじゃない。
もし、これが小梢さんだったら? 返事するんじゃない?」
「そ、それは……」
「圭がワタシのような可愛い子に『好き』と言われても返事ができないのは、小梢さんがいるからでしょ?
それが堪らなくクヤシイの。
でも、最後には絶対ワタシの事を『好き』って言わせたい。
ワタシ、一番じゃなきゃ嫌なの!
それが答えよ」
「ああ、すまない……
変な事を聞いてしまった。
そろそろ、時間かな? 出るか?」
「うん、突然来ちゃったのに、ありがとうね。
圭はやっぱり優しい……」
僕たちはお店を出ると、改札を通りホームへと出た。
連休の最終日だが、こんな早い時間に帰る旅行客はいないのか、列車が到着するというのにホームは閑散としていた。
「ああ~、また長~~~い時間、列車に乗るのか~
お尻が痛くなっちゃう 笑」
「これから日本を横断して太平洋側へ出るんだものな。
それからまた新幹線だから、ホント一日がかりになる。
時間があるからって、新幹線でビールなんか飲むなよ 笑」
「なに、それ? 笑」
ホームのアナウンスが、列車の到着を告げる。
やはり、別れの時は一抹の寂しさが漂う。それは陽菜も同じなのか、少しだけ元気がないように見えた。
「圭が帰るとき、どうして見送りに行かなかったか分かる?」
「う~~ん、愛莉が来るからか?」
「違うよ 笑
やっぱり、圭って何も分かってない」
やがて、列車がホームへ滑り込んでくると、徐々にスピードを落とし止まったかと思うと、シューっと空気が抜ける音がしてドアが開いた。
隣の駅が始発なので降りて来る客はいなかった。
「また会えるって分かっていても、寂しい」
そう言うと、陽菜は僕に抱きついてきた。
「陽菜……」
小梢とは違った甘い香りが鼻をつく。
「ゲームはまだクリアしてないけど……」
言いかけた陽菜の唇を、つい僕は塞いでしまう。陽菜がそうして欲しいと感じたからだ。
「分かってるじゃない……、
こういうのは察しが良いんだから 笑」
「明日は学校サボるんじゃないぞ」
「えーー! かける言葉はそれだけ?」
ホームのベルが鳴りだし、慌てて陽菜は列車の中へ駆け込んだ。
ドアが閉まり、ドア越しに陽菜の口が動き手を振っていたが、少し目に涙が光っている。
その涙に、ドキッとしたがスルスルと動き出した列車は、あっという間にスピードをあげ、僕の視界から消えていった。
列車が起こす風が、先ほどまで漂っていた陽菜の匂いを吹き飛ばした気がした。
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