第28話 ロリコン

「圭ちゃん、片付けを手伝って」


「あ、じゃあワタシも手伝います」


「あ、陽菜さんはお客さんなんだし、座ってて。お母さんの相手をお願いします」


上機嫌だった叔父はリビングで横になっていびきをかいている。僕は緑彩と一緒に後片付けをすることになったのだが、台所に立つなり、緑彩の声のトーンが落ちた。


「メッセージしようと思ったんだけど、直接聞きたくて」


「何がだ?」


陽菜の事は散々説明したし、これ以上何を聞きたいのだろう?

声の調子から良くない事であるのは想像がつく。



「瑠香に聞いたんだけど……

圭ちゃん、夜中に二年の有村さんと一緒に居たって本当なの?」


瑠香……、たしか緑彩の同級生で親友だと聞いている子だ。だが、どうして瑠香が知っているのだろう?


「瑠香が塾の帰りに、親と一緒にファミレスに行った帰り、車の中からだから良く見えなかったけど、圭ちゃんと中学生くらいの女の子が一緒にいて、多分、有村さんじゃないかって教えてくれたの」


やはり、どこで誰が見ているか分かったものじゃない。



「瑠香には口止めしておいたけど、本当なの?

どうして?」


「本当だけど、有村さんが夜中に一人でコンビニに居たから送り返しただけだよ。

あんな時間に女子中学生が出歩いてちゃ危ないし、場合によっては補導される事も考えられる。それだと学校に知られて不味い事になるだろ?」


「そうだけど、変な噂がたったら、圭ちゃんにとって不味い事になるじゃない」


「それは大丈夫だよ。ちゃんと説明できるから」


「それだけじゃないの、有村さんって団地の子だし、あまり肩入れして欲しくない」


緑彩が何をそんなに不安に思っているのか、僕には理解できなかった。恋音が団地住まいだからと言って、その事が警戒しなければいけない理由になるとは思えないからだ。


「有村さんが団地の子だと、肩入れしちゃいけない理由になるのか?

もちろん、彼女に肩入れしているつもりはないけど」


「圭ちゃん、一年生の時まで同じ中学校に居たのに、知らないの?」


「なにがだ?」


「団地の子って、評判良くないの。

学校でも、みんな敬遠してるんだよ、悪い事する子が多いから」


「有村さんは悪い子じゃないよ。彼女は……」と言いかけて、僕は恋音が家庭の事情を他人に喋られるのを嫌っていた事を思い出した。


「『彼女は』……、なに?」


「いや、何でもない」


僕が答えに詰まっているのを見て、『ほら見ろ』と言わんばかりに緑彩が不満を露にした。


「どうして言えないの?

やっぱり、有村さんの事を贔屓してるじゃない。

もしかして、圭ちゃんって本当はロリコンなんじゃない?」


「ば、バカ! 緑彩まで何を言ってるんだよ」


まさか従妹にまで『ロリコン』呼ばわりされ、僕は声が裏返る覚えがした。


「だって、陽菜さんみたいな美人と知り合いで、どう見ても圭ちゃんの事を好きみたいなのに、『恋人いない歴=年齢』の圭ちゃんが陽菜さんみたいな美人を彼女にできる千歳一隅のチャンスを見過ごすとか、不自然だもん」


「いや、だから陽菜は元生徒なんだって」


「『陽菜』?

今、陽菜さんの事を呼び捨てにした……。


もしかして、陽菜さんが生徒だった時に付き合ってたとか?

で、陽菜さんが大人になったから興味なくして、それで陽菜さんが追っかけてきたとか? じゃないの?」


まったく、女の子の想像力の豊かさには驚かされる。どんどん韓国ドラマの、いや韓国ドラマのストーリーを熟知している訳ではないが、突拍子もないストーリーを作り上げてしまう。


「いやいや、今のは口が滑っただけだ。

というか、どうしても僕をロリコンにしたいんだな? 緑彩は」


「だって有村さんって可愛いし、圭ちゃんがロリコンなら、もしかして有村さんの事を好きになったのかもって、思うじゃない」



「何を二人でコソコソ話してるのかな~?」

その時、陽菜が空いたカップをもって台所に現れた。


「おしゃべりばかりして、手が止まってるじゃない。

緑彩ちゃん、心配しなくても恋音ちゃんとは昨日、ワタシも会ったけど悪い子には見えなかったよ」


「え?

陽菜さんも会ったの?

いつ?」


「夜だけど?

コンビニで、遅い時間だったから圭先生と一緒に送って行ったよ」


「圭ちゃんと一緒に?

夜中に?

そんな時間まで二人は一緒に居たの?」


助け舟のつもりだったのだろうが、完全に藪蛇だ。

今度は、僕と陽菜の関係が怪しくなってしまう。


「ええ……と、ワタシが買い物するのに付き合ってくれたのよ。

ホラ、ワタシって可愛いじゃない?

だから、圭が心配して付き合ってくれるって言ったの」


「今、『圭』って呼び捨てにした。

どういう事? 二人って恋人同士なの?

どうして隠すの?」


緑彩の頭がパニックになっているのが手に取るように分かる。

完全に僕たちのはバレかかっていた。


「あれ? 『先生』が抜けてた?

あはは、実はワタシ、あまり圭先生の事を尊敬してないのかもね 笑」


緑彩は、未だ釈然としない顔をしていた。

「う~~ん、全然分からない。

二人が恋人同士なら隠す理由なんてないし、でも不自然だし、なんだか頭が変になりそう」


「そうそう、隠す理由なんてないでしょ?

だから、ワタシ達は恋人同士じゃないのよ。

まあ、将来的にどうなるかは、分からないけどね~」


「将来、付き合うかも知れないって事?」


「そうだよ~。

でも、それは緑彩ちゃんも同じでしょ?

圭先生の彼女になったりして~

従妹同士で結婚なんて、よくあるパターンじゃない」


「え~~、わたしは良いよ、圭ちゃんってパッとしないし、もっとイケメンの彼氏を見つけるよ」


「(この間『お嫁さんになってあげる』って言ったくせに!)さ、さ、無駄話は止めて、さっさと片づけをしてしまおう」


何とか陽菜の巧みな話術で、その場をしのぐことはできたが、此処でのやり取りは小梢の耳に入る事になる。



そして、その事で状況が変わろうとは、僕に予知できるものではなかった。





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