第24話 空ぶった挑発

「圭君。愛莉って、アイリさんのこと……だよね?」


「う、うん。愛莉はカテマッチの運営をしてるから」


カテマッチは、僕もかつて利用していた家庭教師のマッチングアプリだ。一時期、僕も手伝っていたが、その運営を愛莉が任されている。



「なんだ〜、小梢さん、愛莉の事を知ってたんだ〜、ツマンナイの」

と陽菜はやたらピンク色に光る唇を尖らせた。

そうやって少し拗ねてみせると、陽菜は超絶可愛い。


「うふふ、陽菜ちゃん、可愛い色ね。

もしかしてDIORじゃない?

わたしも学生の時に使ってたわよ、誰かさんは全然気づいてなかったみたいだけど」


「さすが、小梢さん。分かるんだね」


「DIORって何のこと?」


「良いよ、圭は反応しなくても」と、またしても陽菜がヤレヤレと言った表情になる。



「それより、こんな所で立ち話もなんだし、それに目立つから何処かでお茶でもしない?」


「そうこなくちゃ〜〜! あ、ワタシはお茶よりもおチャケの方が良いかな 笑」


「なに言ってるんだよ。

陽菜はまだ未成年だろ。教育者として未成年の飲酒を黙認するわけにはいかない。

それに『おチャケ』だなんてオッサンかよ?」


「またまた~、お堅いんだから~、圭は~

大学生になったら小梢さんと飲みに行けると思って楽しみにしてたんだから。

見逃してよ」


そう言うと陽菜は両手の指でハートのマークを作って見せた。

そうやって甘える仕草をするのだが、流されてはいけない。



「陽菜ちゃん、食事は?」


「まだだよ、お腹も空いてるの。

だから、居酒屋みたいなところでも良いよ」


「こ、小梢⁉」


「まあ、良いじゃない。

明日から三連休だし、せっかくだから三人で食事しましょう」


「やったーーー!! さすが小梢さん。話がわかる~~

あ、圭。荷物もってね。さ、行こう~~、小梢さん」


ガラガラとキャスターの音を響かせながら、僕は小梢と陽菜の後ろを歩く。

前の二人はキャッキャッと話が盛り上がっているようであった。


小梢がこんなに楽しそうな表情でお喋りするのは珍しい、何故かあの二人は気が合うようだった。


そのまま駅の方まで歩き、僕たちは日本中どこにでもあるようなチェーン店の居酒屋に入った。

連休前という事もあり、既に店内は酔っ払いで溢れかえっていた。それでもテーブル席が空いていたので店員に案内されて、僕と小梢が並んで座り、対面に陽菜が座る形で着座する。


「ねえ?

どうして当然のように小梢さんが圭の隣に座るわけ?」

と、またしても陽菜は唇を尖らせた。


「うふふ、初めて会った時を思い出すわね。

陽菜ちゃん、わたしに敵愾心剥き出しだったわ 笑」


「ぶーーッ、ワタシ、あの時の仕打ちは許してないからね、まだ」


「それは、ゆっくり聞くわ。

それより、注文しましょ。わたしはビールにするけど、圭君は?」


「じゃあ、僕もビールで、あ、小さい方で」


「ワタシもビール~~、大きい方で!」


「ダメよ」


「え?」



「わたしたちは教師なの、未成年の飲酒は見過ごせないわ」


「えええーーー、小梢さんまでーーー!!」


「拗ねてもダメよ。子供はジュースにしなさい 笑」


小梢にピシャリと釘を刺されて陽菜も観念したのか大人しくウーロン茶を注文する。

やがて乾杯となり、料理も運ばれてきた。




「へ~~、これがノドグロって魚?」


「そうよ、島根の名産ね、わたしも大好物なの」


「目が大きいのね、ギョロってしてる 笑

食べたら美味しそう~、てか、日本酒に合いそう~」

そう言うと、陽菜は涎をたらした。まだ18歳のくせにまるでアラフィフのオヤジのようだ。


「お刺身も美味しい~~、何これ? プリっプリなんだけど」


「ここは海の幸が豊富だからな、東京じゃ高級店でしか味わえないようなものが居酒屋で食べられるんだ」


「ああ~~、こんなに美味しいものがあるんなら、圭について来れば良かったかな~」

そう言うと、陽菜はチラリと小梢の様子を伺った。



小梢は、意に介さないと言った表情で、ビールを飲み干すと、少しニヤリと笑った。

「別に、わたしに遠慮しないでついて来れば良かったのに。

陽菜ちゃんがしっかり捕まえてないから、誰かさん、さっそく女の人とデートしてたわよ」


「ええーー、圭。もうそんな事したの?」


(くっ! 小梢の奴、陽菜を使って僕をいたぶるつもりだ)

「ち、違うんだ。小梢にもちゃんと説明しただろ、一緒に出掛けただけだって」


「別に弁解しなくても良いよ。

どうせ、圭の事だから何もできなかったんでしょ?」


「ま、まあ、そうだけど」


「なにせ、ピチピチのJCとお泊りしても何もしなかったんだから 笑」


(くっ! 今度は陽菜の奴が、昔の事を引っ張り出して僕をいたぶるつもりだ)


「何の話?」と、さっそく小梢が反応する。



「えへへ~、ワタシが中学三年の時にね、圭と富士山の麓まで遊びに行ったの。

その時に、電車が止まっちゃって二人でホテルに泊まったんだよね」


「それで?

あ、ビールのお代わりお願いします、大ナマで」


「でね、混浴して、二人でビール飲んで良い気分になって、ウフフ。

その後、知りたい? 笑」


「いやいや、何も無かったろ! 僕は理性を保ったじゃないか」


「呆れた……

中学生と飲酒するなんて、その頃って圭君も未成年でしょ」


そう言うと小梢は眉をひそめた。


「小梢だって、デートの時にビール飲んだじゃないか、よく言うよ」


「あはは、そうだったわね」

追加されたばかりのビールを一口飲むと、小梢はペロリと舌を出した。



「ねえ~、突っ込むところは、そこ?

圭が、あんな事や、こんな事をJCにしたかもしれないのよ」


「どうせビール飲んで直ぐに寝たんでしょ、それに、この人に陽菜ちゃんを襲うような行動力はないわ」


「ちぇっ、ツマンナイの」



どうやら、陽菜の別の目的は小梢を挑発する事のようだった。





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