第23話 陽菜登場
「じゃあ、私は部活かあるから、これで。
圭ちゃんに三日も会えないのは寂しいけど、また今度デートしようね」
夕会が終わると、海咲が耳打ちしてきた。隣で聞こえないふりをしている小梢の視線が突き刺さるようで痛かった。
「ゴメン。結局言い出せなくて……」
「別に、わたしに謝るような事じゃないわ。わたしには何の関係もないんだし」
隣で仕事を続けながら、僕の方には見向きもせずに言い放ったが、小梢の不満は感じてとれた。昨日、海咲とは付き合う気がない事をハッキリと告げると約束をしていたのだが、なかなか言い出せないでいたのだ。
「わたしは終わったけど、森岡先生は?」
「え? ああ、僕も終わった。帰れるよ」
別に約束していた訳ではないが、何となく一緒に帰るのだという雰囲気があり、僕たちは後片付けを済ませると一緒に職員室を出ることにした。
小梢とは途中までは帰り道が一緒だ。その間に釈明しなければと考えたのだが、小梢の方も聞く耳はあるようだった。
小梢と並んで歩いていたのだが、初夏の軽やかな風に乗って微かに良い匂いがする。
「あれ? もしかして今日は何かつけている?」
「今ごろ気づいたのね 笑
ちょっと強めにしたの、香水を」
「そうなんだ、いつも控えめな感じなのに、どういう風の吹き回し?」
「はあ〜〜」
僕の問いかけに、小梢は大きくため息をついた。
「その様子じゃ、久保田先生が香水を変えたのも気づいてなさそうね」
「え? そうなの? 気づかなかった。
どうして?」
「はあ〜〜」とまたしても小梢はため息をつく。
「分からなけりゃ、いい」
校門を出る頃、校外で部活動をしていて戻ってくる生徒たちとすれ違うのだが、何か騒ついた雰囲気があった。
さらに部活帰りのテニス部の男子達とすれ違ったのだが、彼らの会話が聞こえてくる。
「なあ、あの子、むちゃくちゃ可愛かったな」
「ああ、この辺の子じゃないだろ、あんな美人。雪村先生とどっちが美人かな?」
「お、おい! ばか」
「あ、やべぇ」
噂の主が直ぐそばにいる事に気づいた男子生徒は、バツの悪そうに笑いながら「先生、さようなら~」と挨拶を済ませると、足早に去っていった。
「今、雪村先生の事を噂してたよね?」
「ええ、わたしも聞こえたわ」
「なんだろ?」
二人して判然としない表情で顔を合わせたが、その理由は直ぐに分かった。
「あ、やっと出てきたー、遅〜い!
授業はとっくに終わってるんでしょ、何してたの?
あれ、小梢さんも一緒なんだ? もしかして、元サヤに収まったとか 笑」
「ひ、陽菜⁉︎」
「陽菜ちゃん?」
小さなキャリーバッグに腰掛けた美少女が『やっほー』と言ったゼスチャーで軽く手を振る。
それは、一ヶ月前に別れたばかりの交際期間一日の元彼女であり、僕の家庭教師時代の教え子でもある
「なんで、こんなところに陽菜がいるんだよ?」
「なあに〜?
それが久しぶりに再開した元カノへの挨拶なの?」
「いや、学校は?
今日は休みじゃないだろ?」
「午後の講義が休講になったの、で、午前の講義はピッくれて出てきちゃった 笑」
大学の講義はいICカードで出席を管理している。『ピッくれ』とはICカードを読み込ませてシステム上は出席にして、授業をサボる事を意味する。
僕は大学在籍中にそんな事はしなかったが、『ピッ』して『ばっくれる』の略らしい。
「ダメじゃないか、そんな事しちゃ」
「だって、そうでもしないと夕方までにここに辿り着けないんだもの。
ホント遠いんだね。圭がいつだったか、『自分の故郷は東京から一番遠いんだ』って言ってた意味が分かったよ〜」
「佳奈さんには、ちゃんと言って出てきたのか?」
「へえ〜~、ママのことを『カナさん』なんて呼んでたんだ。
イヤラシイ〜〜」
そう言うと陽菜は目を細めてニヤニヤとした。彼女は誰もが振り向くほどの美少女なのだが、たまにこうやって他人を冷やかす仕草をする。それは中学生の頃から変わっていなかった。
陽菜の母親である佳奈とは暫く不倫関係にあった。そして僕に女性の身体の事を教えてくれたのも佳奈だった。陽菜はその事を知っている。
「もしかして、特別な関係にあったとか〜?」
『小梢さんに言っちゃおうかな〜』とでも言いたそうであるが、今ここでその事実をバラされるのは、僕にとって非常に不味い。
「いや、今はそんな話をしているんじゃないだろ、本当に何しに来たんだよ」
陽菜は、僕の問いには答えずに小梢に向けてヤレヤレといった表情をした。
「小梢さん、圭って先生になっても相変わらずなの?」
「察しの通りよ 笑
それにしても、久しぶりね。また会えて嬉しわ。
圭君に会いに来たんでしょ。
それとも、何か別の目的も兼ねているのかしら?」
「まあ、そういうところかな。もう一つの目的は、二人の関係の進捗具合を確かめたくって 笑」
「進捗って、なんだよ?
あ、そうだ! 酷いじゃないか、知ってたんなら教えてくれりゃ良いものを」
「あ、小梢さんが同じ学校に赴任すること?
だって、教えたらツマラナイじゃない 笑
二人が顔を合わせて慌てふためく所を想像しながらビールのツマミにしてたんだから」
そこまで話すと、陽菜はウシシと昭和のオヤジみたいな笑い方をした。
むかし親父ギャルという言葉があったらしいが、陽菜はまさにその類なのだろ。
「あ、そうそう、圭。
ワタシ、愛莉のところでバイト始めたよ」
(呼び捨て! しかも小梢の前でわざわざ!)
陽菜が何をしに来たのか、僕に会うことが目的の一である事くらいは、僕にだって分かる。だが、彼女の目的はそれだけではないはずだ。
(絶対に何か企んでる!)
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