第22話 実は嫉妬深い
「まったく、成人した娘の部屋に勝手に入るなんて!」
まだ小梢の怒りは収まっていないようだった。
小梢の母は買い物に出ると言って逃亡を果たし、
せっかく小梢に想いを伝えようと思ったのだが、完全に機を逸した形となり、僕たちは後片付けをして下に下りてきたのだ。
「さっきはごめんなさい。つい興奮しちゃって。
痛かったでしょう?」
「いや、僕が悪いんだ。最初にきちんと説明しておくべきだった、いや、最初から行くべきではなかったんだ」
「それなのよ!
あなたって、女の人に誘われたら断れないんだもの。
前にも言ったと思うけど、その優しさが相手を傷付けることだってあるのよ。
どうせ、久保田先生にも曖昧な態度なんでしょ」
「うっ、それは……、図星です」
「あきれた。その辺は全然変わってないのね。
変に女の子の扱いだけ上手になって、でも女の子の気持ちが全然分かってない!」
どうも、小梢は話しながら自分に着いた火に油を注ぐタイプのようだ。少しずつ怒りが増幅していくのが見れて獲れた。
「あんまり責めないでよ、また叩かれるのはご免だよ」
「ご、ごめんなさい。もう叩いたりしないから。
それより、さっきのだけど」
「さっきの?
ああ、そうなんだ。小梢に言わなきゃいけない事があるんだ。
僕は、やっぱり小梢と……」
「ひゃ~~、特売だからつい買いすぎちゃった。
小梢、冷蔵庫に入れるの手伝って。
あなたのビールが一番重かったんだから……、
て?
あれ?
もしかして、また邪魔しちゃった?」
小梢は憮然とした表情で立ち上がると、無言で買い物の袋を掴むとキッチンへと向かった。小梢の母と目が合いったが、バツの悪そうな表情をしている。
目が、『ごめんなさいね』と語っているようだった。
小梢の母が手際よく支度をしてくれたので、直ぐに夕飯となった。
直ぐにできるからとすき焼きにしてくれたのだが、小梢は不機嫌なままビールを飲んでいた。
「それにしても驚いたわ~
二人が、あんな仲だったなんて。
嬉しくて、私までビール頂いちゃった。
森岡君は本当にビール要らないの?」
「え、ええ。
僕は飲むより食べる方が好きですから。それにしても、このお肉って柔らかくて美味しいですね」
「うふふ、若い二人のために奮発したのよ」
「イヤラシイ笑い方しないでよ。わたし、まだ怒ってるんだから。
勝手に部屋に入ってきて」
「だから、声をかけたんだってば、それに、あなたたちが悪いんでしょう、暴れたりするから、何事かって思うわよ」
「す、すみません……」
「ううん、良いのよ、どうせ小梢が癇癪を起したんでしょ。
気持ちが昂ると手が付けられないんだから」
「変な期待しないで、森岡先生とは何もないし、彼には他にデートするような人がいるんだから!」
(うっ! 棘のある言い方だ)
「え? そうなの?
森岡君って、もしかして女たらしなの?」
「(親子そろって、言う事が同じだなんて)そ、そんな事ありませんよ、小梢さんの思い違いです」
「まあ、もしかして喧嘩の原因はそれ?
ちょっ、小梢、飲み過ぎよ!
家ではビールは二缶までって約束でしょ」
「良いでしょう、圭君の分をわたしが飲んであげるの」と言って、小梢が『しまった!』という表情になる。
「あら~~、いつの間に……。
二人って名前で呼び合ってるの?」
「勝手に言ってろ……」
そう言うと小梢はビールの缶を一気に飲み干して、次のビールを取りに台所へと立った。
「森岡君、まさか君がモテるなんて思ってもみなかったけど、小梢にあまりヤキモチ焼かせないでね、あの子、癇癪もちだから 笑」
「誰が癇癪もちよ⁉
圭君の前で変な事言わないで!」
「なに~~、まったく可愛げないんだから、それに彼氏の前で、そんなにお酒を飲まないの、はしたない」
「だから、彼氏じゃないってば。
呼び方は……、大学時代に呼んでたから、つい口をついたのよ」
「まあ、良いわ。あまりしつこく言ってると、あなたって意固地になるから、この話はここまで。後は二人で話し合いなさい。
ふふふ」
話し合おうにも、タイミングよく邪魔をしてくれたのは小梢の母本人なのだが、僕は曖昧な笑いを見せて箸を進めていた。
今日は空振りに終わったが、この先、チャンスはありそうだと思うと少し気分が良くなってくる気がした。
あっという間に時間は過ぎて、僕は小梢と二人で後片付けをしていた。
小梢の家では、母が料理をして後片付けは小梢が担当するというルールなのだという事で、僕も手伝っているのだ。
「久保田先生の事、ちゃんとしなさいよ」
食器を洗いながら、小梢が蒸し返す。
「分かってるよ、明日、ちゃんと断りをいれるよ。
だから、今度ゆっくり話ができないかな?」
「うん……、わたしが考えているような話?」
「たぶん」
僕の返事に小梢の反応が止まる。やはり迷いがあるようだった。
小梢は手を止めて僕を見つめていた。
台所は、シンクを挟んでリビングが見えるような配置になっている。
リビングの方では、ソファに座った小梢の母がテレビを観ているが、こっちの様子には気づいていないようだった。
食器を洗うカチャカチャという音が途切れ、水道の蛇口から水が流れる音だけが台所に響いていた。
手が濡れているので、抱きしめる事は出来ないが、距離を縮める事は出来る。
唇が触れ合う距離までお互いの顔が近づいていた。
抑えられない衝動に、唇を重ねようとしたとき、またしても邪魔が入った。
「もう~、小梢!
水道を出しっぱなしにしないって、いつも言ってるじゃない……、て!
きゃあ!
ご、ごめんなさい!
見てない! 見てないから~」
僕も、小梢も、思わず口がへの字に曲がった。
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