第21話 家政婦は見た
「そうなんだ……。
そんな事があったんだ。辛かったよね、好きなのに別れなくちゃいけないなんて。
わたしはアイリさんの気持ちがわかるような気がする」
僕から愛莉の事を聞いて、小梢はポツリと漏らした。
「僕に話したかった事って、その事だったの?」
「うん。
話したかったって言うか、アイリさんの事を聞きたかったんだと思う。
自分でもよく分からない。
それに、陽菜ちゃんの事だって実際はどうなのかなって? 思うし」
「陽菜の事は、この前言った通りだよ。
僕がこっちに来てからはメッセージも寄こさなくなったし、きっと大学が楽しいんだと思う」
「そうね、陽菜ちゃんも子供だとばかり思ってたけど、もう大学生だものね。
可愛いし、きっと素敵な彼氏を見つけたのかもね」
ここで、少し沈黙が訪れ、小梢は何かを考えているようだった。
「ねえ、昨日、出かけるって言ってたけど、誰かと一緒だった?」
「え? そ、それは……」
唐突に昨日の事を聞かれ、僕は少なからず動揺した。海咲との事を話すべきなのだろうとは思ったが、上手く話せる気がせずに言葉に詰まったのだ。
「もしかして、久保田先生と一緒だった?」
気づかれてしまった。もはや隠し切れない。僕は海咲との事を話すことにした。
「ゴメン。
実は、昨日は久保田先生とデートしてた……。
でも、小梢が考えているような関係じゃないんだ!」
「わたしが考えてるって、どんな関係?」
「(うっ! 裏目ったか?)あ、いや、だから、その……、深い関係……とか」
「イヤラシイ! そんな事考えてないわよ。
でも、どうして久保田先生とデートしたの?」
「どうしてって、そんな事、小梢に言わなきゃいけないのか?」
ここは素直に事情を説明して謝ってしまえば良いのだが、まるで尋問しているかのような口調につい、僕も意地になってしまう。
「そうよね。わたしに圭君の事を詮索する権利はないものね」
「あ、いや、僕が悪かったよ、ちゃんと説明するよ」
「いいの。いま分かったわ。
ずっと引っかかってたの。久保田先生が誰かに似てるって。
初めて会ったときに思ったんだけど、思い出せなかったのよ」
「何が言いたいの?」
「アイリさんに似てるんだわ!」
まるで宝くじに当たったかのような興奮ぶりである。いや、もちろん僕に宝くじ当選の経験はない。
「確かに、久保田先生は愛梨に似てるけど、性格も違うし、本当に昨日は誘われて約束したから付き合っただけだよ」
「どうかしら?
以前からアイリさんの代わりに久保田先生と付き合いたいと思ってたんじゃないの?」
「いや、いくらなんでも勘ぐりすぎだって。
それに、久保田先生に失礼じゃないか、誰かの代わりだなんて」
「ちょっと、驚いてる。
久保田先生とデートするというのに、わたしにキスをして、デートした後にまたキスして抱きしめるなんて、最低だわ」
いつになく興奮気味の小梢であるが、その興奮ぶりが、怒りによるものだという事は僕にも分かっている。確かに彼女の言い分はもっともなのだ。しかし、やはり責め口調なので反発したくなる。
「久保田先生とは、さっきも言ったけど誘われて付き合っただけで、それ以上の関係を僕は望んでないよ。
それに、君にキスしたのだって、ちゃんと理由がある!」
「久保田先生にもしたんじゃないの? キスとか、もっと凄い事とか」
さっき、深い関係とか考えていないと言っておきながら、やはりそこは気になっていたようだ。だが、今はそれを突っ込んでいる場合ではなかった。
「分かった。正直に言うよ。
元々隠すつもりはなかったし、話そうと思ってたんだ。
久保田先生とはホテルまで行った」
僕の言葉が終わらないうちに、小梢の手が飛んできて僕の頬を打った。
パチーンと乾いた音と共に、頬に痛みが走る。
「痛っーー」
僕の体がテーブルにぶつかり、大きな音がする。
小梢の瞳が怒りに燃え滾っているようだった。そして、間髪入れずに二発目が僕の頬を打つ。またしても乾いた音と共に痛みが走った。
今度は、テーブルの上の食器がガチャガチャと音を立てて床に落ちた。
「ああ~~、お茶がこぼれる。ちょっと、頼むから落ち着いてくれよ。
話を聞いてくれよ」
更に追撃を加えようとする小梢の手首を掴み、何とかなだめようとするが、小梢が暴れるのでそのまま両腕の上から抱きしめた。
「は、放してよ!
この、女たらし!」
童貞だ、女慣れしてない、モテないとは言われたことは、散々あるが『女たらし』と呼ばれたことは初めてだ。それも小梢に言われるなんて……。
「ちょっ、聞いてくれよ。
ホテルに行ったけど、何もしてない。
あ、いや正確にはベッドで添い寝したけど、キスも、それ以上の事もしていないよ。
信じてよ」
暴れ疲れたのか、小梢の抵抗が弱くなったので、僕も抱きしめていた腕の力を抜く。
軽い抱擁へと変わったことで、さらに小梢の緊張が解け僕に身を預けるような格好になってしまった。
「本当に何もないんだよ。
それに、小梢に言わなきゃいけない事がある」
「なぁに?」
いつの間にか、小梢も僕の背中に手を回していた。そのおかげで二人の密着具合が深まり、僕の胸を小梢の胸の膨らみが刺激した。
「小梢の事……、忘れた事なかったよ」
「うそ!
アイリさんが居たくせに……」と言いかけて僕の背中に回している小梢の指先に力がこもった。
「ううん、わたしだって……、忘れた事なかった」
「小梢……、僕と……」とそこまで言いかけた時、コホンっと咳払が聞こえた。
「!?」
「あの……、お二人さん、その、ごめんなさい。
バタバタと騒がしかったから、どうしたのかと思って、あ、でも、ちゃんとノックしたし『入るわよ』って声をかけたのよ」
咳払いの主は、小梢の母だった。
まるでドラマの『家政婦は見た』の家政婦がとんでもない現場を見た時のような表情をしていた。
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