第20話 焦れた仕草

「ありがとう。

これで大方は片付いたわ」


そう言うと、小梢は両手を頭の上で組んで背を伸ばし、う~ん、と唸った。


思わず気持ちが昂ってしまい、午前中はあまり仕事がはかどらなかったのだが、昼食を済ませた後は集中して仕事を進めたこともあり、その日の目標まで仕事を済ませることができ、僕たちは一息ついたところだった。


「ちょっと待っててね、お茶を用意するから。少し休みましょう」


小梢は立ち上がると僕に待っているように一言声をかえると部屋を出て行った。

一人取り残された僕は、改めて小梢の部屋の中を見渡した。


本棚にはたくさんの書籍が収められ、机もシンプルな学習机、カーテンこそ女子らしい柄になっているが、それ以外に女の子らしさを感じるものは置いていない、殺風景な部屋だった。


この部屋で、小梢は大学受験に向けて猛勉強していたのだと思うと、彼女の高校時代はどうだったのだろうと思えた。


友達はいたのだろうか、……恋人は? おそらく目もくれなかっただろう。ひたすら目標に向かって努力していたのだろう。


小梢ほどの美少女なら、誰もが羨むほどの楽しい高校時代を過ごせたはずなのに……。


最も、僕も楽しい高校時代を過ごした訳ではないので他人を心配できる立場でもない。



「お待たせ。

ごめんね、お茶菓子がロクなものがなくて」


一階からお茶とお菓子をお盆に乗せて戻ってきた小梢が少々不満気味な態度を見せた。お盆の上のお菓子は出雲三昧だった。


「普段、誰もお菓子なんて食べないから、気の利いたものがなくて……」


「あ、いや、僕はそれ好きだよ。

東京にいた時は、わざわざ取り寄せてたから 笑」


「そうなの? 知らなかった。

わたし、甘いものってあまり好きじゃないから」


(知ってる。ビールとかお酒の方が好きなことを)と思ったが、ここでは口に出さない。


「あ、そうそう。

お母さんが夕飯も一緒にって言ってるんだけど、どう?」


「あ、いや、そこまでは流石に悪いよ、お昼もごちそうになったし」


「遠慮しなくても良いのに、お母さん、圭君の事を気に入ってるみたいだし、きっと喜んでくれるわ」


すでに時間も夕方近くになっていた。



「うん、じゃあ、お言葉に甘えようかな。帰ってもコンビニかスーパーのお弁当を食べるだけだし 笑」


「わたしも、東京で一人ぐらいの時は、そんなもんだったし仕方ないよね。

一人じゃ自炊しても効率悪いし……て、わたしの場合は料理がからっきしなんだけど」


「あはは、そうだったね。東京で僕の部屋の近くにある定食屋さんでご飯食べた時もそう言ってたね」


僕の何気ない一言だったのだが、何故か小梢の表情が曇るのが分かった。

急に黙り込むと、下を向いて何か考えている風にも見える。



「どうしたの? 急に黙り込んで」


「う、うん。

え……とね、実は圭君に謝らなきゃいけない事があって」


「謝るって、土門さんの事……以外で?」


「うん」とだけ返事をしたが、小梢は少し躊躇っているように見えた。



「実はね、わたし、東京にいる時に一度だけ圭君の部屋の近くまで行ったことがあるの。土門さんの話をして、わたし達が別れた後にね」


「え? そうなの? いつ?」


「夏休みが明けた頃かな……。

圭君と別れた後に、自分でもどうして良いのか分からなくて、でも学校じゃ声を掛けられなくて、苦しくて……、で、気が付いたら駅まで行っちゃって……」


「そう、だったんだ……」


(だったら、訪ねてくれればよかったのに)とは言えなかった。

その頃の僕は、たぶん愛梨と親しくしていた頃だ。



「ごめんね。

で、見ちゃったんだ……」


「な、なにを?」


「ん……。女の子と一緒だった」


やはり、愛梨と一緒にいるところを見られていたようだ。だが、それも納得するところだ。僕はその頃から愛梨を部屋に泊める間柄だったのだから。


「そ、その、ゴメン」


なんとか絞り出すように言ったが、愛梨と一緒に居るところを見られたと知って、少なからず僕は動揺した。


「あ、違うの。

謝るのは、わたしのほう。

あんな一方的な別れ方をしたのに、『もしかしたら?』なんて。虫が良すぎる……」


「もしかしたら?」


「あうっ!

違うの、やだ、わたし何を言ってるんだろ?」


そうやって少し焦れる仕草をすると小梢は超絶可愛い。この可愛い小梢を知っているのは僕だけなんだと思うと、全世界の男に優越感を覚える気がした。



「で……、その女の子と凄く楽しそうで、あんな楽しそうな顔を、わたしの前では見せてくれなかったし、だから、わたしなんてもう……圭君には必要ないのかなって」



「そんな事ないよ、僕だって小梢と別れた後、辛かったさ。

別に喧嘩した訳でも、嫌いになった訳でもないのに、もう会えないんだって思って、それで……」



「それで……、他の子と?」



(うっ! 今、少し棘のある言い方だったような……)


「まあ……、そうなるけど。

愛梨とは、合コン、あ、それはサークルの先輩がお膳立てしてくれたんだけど、そこで知り合ったんだ。

で、彼女が家庭教師のバイトをしたいっていうから紹介して、それから一緒に居ることが多くなって……」



「アイリっていうんだ、その子

で、その子とは?」


「うん、色々あって二年生の時に別れた」


「そう。そうよね。

じゃなきゃ、陽菜ちゃんと付き合うはずないしね。

その人とは、別れた後は?」


「うん、友達としてたまに会ってたよ。

彼女、子供も居るから、その子とも仲良くしてる」


「こ、子供?」



うっかり、余計な事まで喋ってしまい後悔したが、僕は話の流れで愛梨との事を小梢に話すことになってしまった。





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