第19話 四年分の気持ち
「あれ?
こっちの子は、誰なんです?」
アルバムには小梢が同じくらいの歳の少女と一緒に写っている写真がいくつか見られた。
小梢にそっくりの美少女で、まるで双子のように瓜二つだ。
「あ、それはね
「小梢さんに妹がいたなんて、初めて聞きました」
「まあ、あなたたち付き合ってるんじゃなかったの?
家の家族構成も知らないのね」
「そんなんじゃないです、僕たち……」
「ふ~~ん。
そうは見えないけどな~ あ、小枝はね関西の大学に進学して、今はカナダへショートのホームステイで留学してるの」
「お待たせ……⁉
ヤダ! 何を見せてるの⁉」
小梢の母とアルバムを見ていると、小梢がシャワーを終えてリビングへ戻ってきたのだが、その光景を見て明らかに不快の表情を見せた。
「良いじゃない。小梢の可愛かった頃を森岡君に見せたかったんだから」
「ヤメテよ。恥ずかしい。
そんなに見せたけりゃ、自分のを見せれば良いじゃない。
昭和の思い出を!」
言うなり、アルバムをひったくる。
小梢の母は、肩をすぼめて舌をペロリと出した。
「さ、始めましょ。
お昼前に最初の整理を始めたいの。それからお昼にして、今日中に終わらせたい」
「うん、分かった。上手くやれば十分できると思うよ」
「ねえ、小梢。偉そうに言ってるけど、誰がご飯を作ると思ってるの?」
「それは、感謝してるわよ。でも、仕事の邪魔はしないでね」
「まったく~、親を何だと思ってるの?」
「感謝してるわよ。さ、森岡先生、私の部屋は2階なの。
あ、荷物を忘れないでね」
「う、うん。それじゃあ、お母さん。失礼します。
あ、ご馳走様でした」
「うふふ、良いのよ。またあとで、お料理振る舞うからね~」
僕と小梢の母のやり取りには目もくれず小梢が階段の方に向かうので、僕も慌てて後を追う。着替えたとはいえ、下は短いパンツを履いており、そこから白い素足が覗いていた。上はパーカーというラフな格好だ。
「どうぞ、狭いけど入って」
「おじゃましま~す」
こぢんまりと部屋には、机とベッド、それに今日の為なのかテーブルも置いてあり少し窮屈な感じがした。
「机じゃ二人座れないし、テーブルを用意したの。これなら二人で一緒に作業できるから……。
狭いけど我慢してね」
「ああ、大丈夫だよ。じゃあ、始めようか。
まずは、各クラスに分けているノートを集約する為に、バラバラになっている部分を共通化していこうか。各ノートで共通部分をチェックする事から始めよう」
今日の主な作業は、小梢がクラスごとに分けている授業ノートをまとめる事だ。
効率が悪く、これから定期テストに向けて答案を作成する時にクラスによってバラつきがあると非常に不味い事になる。
テーブルに二人で並んで、小梢のノートを広げるのだが、狭いために必然的に二人の距離が近くなる。しかも、小梢はシャワーを浴びたばかりで石鹸の匂いをさせていた。加えて、髪を乾かすのにドライヤーを使用したのだろう。シャンプーの匂いも温かい空気と一緒に漂っていた。
(い、イカン。何を意識してるんだ、僕は)と、自分に言い聞かせるが、時折肩が触れ、指先もニアミスを繰り返す。仕事に集中できないでいた。
きっと、小梢はこういう状況でも心を乱すことなく仕事をこなすのだろう。
改めて小梢は凄い、と思っていたのだが……。
「?」
どうも、ソワソワした様子である。小梢の様子に気を取られながら、消しゴムに手を伸ばした時、同じタイミングで小梢も消しゴムに手を伸ばしたため、二人の指先がついに触れ合ってしまう。
「あっ⁉」とお互いに小さく声をあげたのだが、指先は触れ合ったまま固まってしまった。
「ご、ごめんね。わたしの仕事を手伝ってもらっているのに、集中できてなくて……」
「あ、いや……、そんなことないよ。僕こそ女の子の部屋に入ることって、あまりないから落ち着かなくて」
「わ、わたしも男子をこの部屋に入れたのは初めて……」
まるで中学生の女子のように照れた姿を見せる小梢に、僕は身をよじらせたい衝動に駆られた。こんなデレた小梢を見るのは初めてだ、いや正確には大学時代に初めて僕に接触してきた時以来と言うべきか。
あの時も少しデレた感じで、その時に僕は小梢を好きになったのだ。
「なんだか……、初めて会った時を思い出すね。
大学の構内で、僕の手を取って駆け出した時、小梢は初めて男の子の手を握ったって言って照れていた」
「あ、あれは……、あなただって初めて手を握ったって言ってたじゃない」
触れていた指先は、いつの間にか絡んでいた。仕事に集中しなければいけないのだが、もうそれどころではない。
「手……を放して……。仕事できない」
「ご、ごめん」と手を離そうとするが、今度は小梢が放してくれない。
これは、僕には分かる。小梢が今、僕にどうして欲しいか。
それは、これまでの経験から感じ取る事の出来る空気だった。
「あっ」
僕が小梢の手を握り返して引き寄せると小梢が小さく声を出した。
そして、次の瞬間には僕は小梢を抱きしめていた。シャンプーの匂いがより一層強く鼻をつく。
「だ、だめなのに……。
言ったじゃない、あなたとは付き合えないって……」
拒絶の言葉ではあるが、小梢からは嫌がっている空気は感じ取れなかった。
「分かってるけど、本当に方法はないのかな?」
「私にも分からない。ううん、分からなくなってきた。
ずっと自分の気持ちを抑えていたのに、どうしてまた出会っちゃったんだろ」
(ああ……、小梢の唇……)彼女の問いかけには応えずに、僕は小梢のあごを下からくいっと上げると、半開きになった形の良いふっくらした唇を塞いだ。
「ん……ん……」
吐息が塞がれた音を漏らすと、小梢は僕の背中に手をまわした。僕も小梢の肩を抱いたままだったのだが、小梢に抱きつかれてバランスを崩し、その場で彼女を押し倒す形になってしまった。
「ご、ごめん。支えきれなかった」
「良いの。ちょっとだけこのままで居させて」
四年分の気持ちが今、狭い部屋の中で解放される……。
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