第18話 アルバム

海咲とのデートの翌日、僕は小梢の家の前でため息をついていた。


>昨日言った事だけど

>やっぱり私、圭ちゃんのことが本気で好きになった

>雪村先生がライバルでも、ワンチャンあるなら簡単に諦められない


スマホには、海咲からのメッセージが次々と流れる。


>だって、圭ちゃんがわたしの事を大切にしてくれてるって分かったもん

>男の人にあんなに優しくしてもらったのって初めて


まったく、どうしてこうなったのか・・・

何と返事をすれば良いか迷っているうちに、次のメッセージが流れる。


>迷惑かな?

>そんなことないよね?

>だって、圭ちゃんって優しいもん


メッセージの後には『ぴえん』マークが付けられている。

このまま既読無視をしていると、小梢と一緒にいる時もメッセージが送信されそうだ。

とりあえず、この場を凌ぐために僕もメッセージを返す。



>あれは、なにも特別な事ではないです

>ただ、海咲さんにその場だけの行動がとれなかっただけです

>僕には他の男の人みたいにできません


デートの帰りに、海咲から二人の時は名前で呼んで欲しいと言われていた。


>分かってる!

>学校では、今まで通りにしようね


本当に分かっているのだろうか?

僕は不安を覚えながら、最後の返信をした。


>はい、学校ではこれまで通りでお願いします


>OK! 雪村先生にもナイショね 笑笑



「はあ~」



「どうしたの? こんなところで。

中に入れば良いのに、お母さんが居るでしょ?」


「うわ!」


いつの間にか後ろに小梢が立っていた。Tシャツにスパッツ、髪は後ろに束ねて汗をかいている。顔も上気して赤くなっていた。


「そんなに驚かなくても良いのに……」

怪訝な表情で小梢が言った。


「いや、ビックリするよ。てっきり中に居るものと思っていたから。

運動してたの?」


「うん、休みの日は、午前中に軽くジョギングするようにしているの。

ダイエットにもなるし」


「そうなの? 小梢にダイエットなんて必要ないと思うけど」


「なに言ってるの。もう若くないんだから、油断したらあっという間にお肉が付いちゃう。

あ、また『小梢』って呼んだ」


(若くないって……、まだ僕たちは20代前半なのに……)


「ご、ゴメン」


「ま、良いわ。さ、入って。お母さんが待ちわびているわ」


「うん、じゃあ、お邪魔します」




その時、またしてもメッセージが流れ、着信音が鳴った。


「? スマホが鳴ったわよ」


「あ、良いんだ、大した連絡じゃないと思う」


チラリと画面を確認すると、やはり、海咲からだった。

>あ~~、やっぱり、圭ちゃんに会いたいな~~

>でも、ガマン、ガマン 笑笑


ここは、未読スルーすることにする。



「おじゃましま~す」

玄関で声をかけると、小梢の母がとんで来る。


「いらっしゃい~、森岡君。待ってたのよ~

嬉しいわ、また来てくれて。今日はね、森岡君の為にいつもより頑張ってお料理したんだから~」


「そ、それは、どうも……、恐縮です」と照れる僕。




「わたしはシャワー浴びるから、お母さん。森岡先生にお茶を出してあげて」

そう言うと、小梢は素っ気ない態度で奥の方へ消えていった。


「まあ、あの子ったら、せっかく森岡君が来てくれたのに、可愛げないんだから!

さ、森岡君、座ってね。今お茶を煎れるから。」


「あ、どうぞ、お構いなく」


僕がテーブルに座ると、直ぐにお茶とお菓子を持って小梢の母が台所から出てきた。


「出雲三昧、私、これが好きでよく買ってるんだけど、森岡君の口に合うかしら?」


「あ、僕もこれが大好きなんです。

東京に居た時は、親から送ってもらってました」


「まあ! そうなの?

もしかして、私達って気が合う?」



「あ、ははは……」


「うふふ、そんな事言ってたら、小梢に怒られるかしら 笑」


どうやら、完全に僕と小梢の間に何かあると勘ぐっている風である。

僕はただ、愛想笑いをするしかなかった。


「そうだ! 森岡君、小梢と中学一年まで一緒だったんでしょ?」


「ええ、そうですけど……」


「小梢の事は知ってたの?」


「そ、それが……、その頃の僕は女子には疎くて……、知らなかったんです。小学校も違ったし」


「ね、小梢のアルバム見てみない?」


「え、良いんですか?」


そう言いながら、チラリと小梢が消えた方向を見た。小梢の事だから、勝手にそんな事をしたら怒るのではないかと心配になるが、僕の知らない小梢を見たい欲求は抑えられなかった。


僕に構わずに、直ぐに小梢の母がアルバムを手にして戻ってくる。


「見て~、小梢ったら、今でこそ可愛げないんだけど、小さいときは近所でも評判の可愛さだったのよ 笑」



アルバムの中には、赤ん坊のころからの写真が収められており、そこには天使かと思う程の愛らしい女の子が居た。

幼稚園、小学校……、中学一年くらいだろうか、今見ても色あせない、洗練された美少女が写っていた。


「この頃は、こんな笑顔を見せていたんですね」と言ってしまって、僕はシマッタと口を濁した。


「あ、いや……、今も美人だし学校でも人気者なんですけど……」


「良いのよ……。

そのアルバム、中学二年生までしかないの。

それ以降、あの子が写真を撮らせてくれなくて、撮ったのは学校の集合写真とか、証明写真とか、そんなのばかり」




僕は、知っている。


それ以外の写真を……。



あれは、東京で小梢と知り合ったばかりの頃、大学の構内でふざけて撮った写真。

今でも僕のスマホの中に大切に保管されている小梢の笑顔。




小梢は、あの時、どんな思いであの写真を撮ったのだろう……。





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