第15話 傷ついた

「ねえ、この先に足湯があるの。

行ってみない?」


先ほど手を握られてから、そのまま手を握り続けている。


「あ、良いですね。

歩いて行くんですか?」


「この近くだと、今日は人が多そうだから、車で移動して少し離れた所へ行こうか」


「分かりました。じゃあ、駐車場に戻りますか」


手を繋いだまま、今度は丘を降りる。ふと振り返ると、距離が縮まった二人の足跡が丘の上から続いていた。


今日は、海咲との距離を縮めないようにと自分を戒めていたはずなのに、どうしてもその場の雰囲気に流されてしまっている自分が情けなかった。



砂丘を出て少し車を走らせた先に、公共の足湯があった。

誰でも入れるのだが、都合よい事に他に人はいない。さびれた感じの駅の前に小さなプールのような湯場がある。


「ここなのよ~~

お、ちょうど良い具合に誰もいない!

今のうちに入っちゃおう」


「え?

車は?」


「大丈夫! 大丈夫!

ちょっとくらいなら、お咎めなしよ。

それに、車なんて大して走ってないし 笑」


そう言うと、海咲は路上に車を止めると、僕の手を握って足湯の方へと駆け出した。


「わっ! わっ! 久保田先生、そんなに走らなくても」


「あはは~~、早くしないと、他の人が来ちゃうでしょ」


別に、他人が居ても良いような気がしたが、その理由は程なくして分かる事になる。


「はあ~~、気持ち良い~~」


プールのような湯場の周りに人が座れる造りになっているため、そこに二人で並んで腰かけると、海咲は僕の手の上に手を添えて、頭を肩に乗せてきた。


「少し温いけど、歩き疲れた足には心地よいですね。

此処には以前来られた事があるんですか?」



「うん、不倫時代にね、一度だけセックス以外のデートをしたことがあるんだ」


『セックス』という単語にドキっとして、思わず周りを見渡したが、見渡すまでもなく僕たち以外に人影はない。


「その時に、さっきの砂丘を二人で歩いて、その後に此処に寄って二人で浸かったの。 私のデートらしいデートは、それだけ 笑

森岡先生は、東京で色んな所へ女の子とデートで出かけたんでしょ?」


「あ、いや、僕も田舎者なんで、そんなに出かけてないです。

それに、ずっと恋人が居たわけじゃないし、3年から教職課程を履修したんで、忙しかったし……」



「そっか……。

じゃあ、今日、私と一緒にいる時に他の人の事を考えてたみたいだけど、東京で付き合っていた彼女の事なのかな?」


「そ、それは……」



確かに僕は海咲と砂丘を歩いていた時に愛莉の事を思い出していた。だが、それが見透かされていたと知り、僅かに狼狽する。



「やっぱり、アタリなんだ……」


そう言うと、海咲は僕の肩に乗せていた頭をずらし、視線を落とした。


「すみません。

実は、久保田先生が以前付き合っていた彼女に似ていて……。

その、性格とかは全然違うんですけど、外見が、その、スレンダーでショートカットとか、目元とか似ていて……、つい思い出してしまって……」


自分の情けなさに、つい声が細くなっていく。

きっと海咲は怒っただろう。思い出の場所に僕を誘ってくれたのに、肝心の僕が他の女性の事を考えていたのだから。


「傷ついた……」


(うっ! やっぱり!)


と思う間もなく、僕の手の甲に激痛が走った。


「っ痛!」


海咲が僕の手の甲を抓ったのだ。


「これで許してあげる 笑」


抓られた痕は、少し赤く腫れていた。どうやら、手加減無しだったようだ。

「すみません」と謝りながら、僕は手の甲を擦った。


「うふふ、痛かった?

思いっきり抓ったから。

森岡先生が悪いのよ。 女慣れしてるくせに、女心は分からないのね 笑」


「すみません」と、僕は再度謝った。


「まあ、良いわ。

それより、その人の事、聞きたいな」


僕は、海咲に乞われるまま、愛莉とのことを話した。


「その子は愛莉と言って、1年生の時に合コンで知り合ったんです。

その時に、彼女に家庭教師のバイトを紹介、あ、僕が先に家庭教師をしていて、そこを紹介したんですけど、それから、二人で会うようになったんです」



「へ~~、合コンか~~。

良いな~~。私って合コンなんて一度も経験したことないのに。

それで、その子とは?」



「それが、愛莉には僕の他に彼氏がいて、なんと言うか……愛莉が彼氏と僕を二股かけている状態が一年ほど続いたんです」


「ええーー!

森岡先生、二股かけられてたの?

知ってて、そのアイリって子と続いてたの?」



海咲が驚くのも無理はない、ただ、僕もその頃合コンで紹介された先輩女学生と付き合っていたし、感覚的にはW不倫に近いものがあった。

だが、愛莉との時間は僕にとって大切な時間だったことは確かだ。


「ええ、まあ……単純に言うとそうなんですけど……

でも、2年生になって、愛莉が彼氏と別れてからは正式に付き合い始めて」


そこまで話して、愛莉の妊娠が分かった時の事を思い出して、僕は言葉に詰まった。

もし、あの事がなければ、もしかしたら僕は東京に残っていたかも知れない。

この事も、海咲には言えない気がした。




「どうしたの?

せっかく二股の状況から解放されたんでしょ?

その後、別れたのよね?」


「ええ……、まあ、色々あって……。

でも今は友達としての関係を続けています」


「そうか……。

別れても友達でいられるって、喧嘩別れした訳じゃなさそうね」


「はい……」




海咲は何か考えているようで、それから黙り込んでしまった。

海咲が喋らないと沈黙してしまう。


時折走る自動車のタイヤが転がる音だけが、断続的に聞こえるだけだった。





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