第14話 絡まる指と指

「だ、大丈夫ですか? 久保田先生」


無事にレンタカーを借りる手続きを済ませ、走りだしたのは良いが、数分と経たないで僕は不安に襲われた。


とにかく海咲の運転が下手なのだ。

ガックン、ガックンと走り始め、停車の度に車が揺れる。


「う~~ん、久しぶりに運転するから、調子が戻らなくて」


海咲は、砂丘まで行くと言っていた。距離にして数キロなのだが無事にたどり着けるのか心配になるレベルだった。


ラジオからは人生相談が聴こえる。


<え~~今日の相談のお便りは、○○市△△のヒトミさん29歳から>


「あはは、ラジオを聴くのって久しぶり。人生相談って、まだやってるんだ」

海咲は、少し余裕ができたのか前方直視の姿勢は変わらないが、ラジオの番組に反応した。


<私には、忘れらない人がいます。

大学時代に付き合った彼氏で、卒業と同時に私が地元に就職したことで疎遠になり、そのまま自然消滅してしまいました。

その後、ずっと彼氏ができません。やっぱり大学時代の彼氏が忘れられないんです。

もうすぐ30歳になるので、焦っています。

周りの友達は皆結婚して子供も作ったのに……>


「あはは、この相談者って私みたい。

私ももうすぐ30歳だし、焦ってるのよね。

だって、学校の先生って出会いがないんですもの 笑」


「他の先生方はどうされたんですかね? うちの学校では僕たち以外は皆さん

結婚されてるし」


「ほとんどが、同じ教師同士で結婚か、学生時代の恋人とそのままゴールインとか、そんなものね。

こんな田舎じゃ合コンも期待できないし、一昔前ならお見合いっていうのもあったんだろうけど、私は嫌だな。」


「え……と、お見合いがですか?」


「ううん、恋愛もしないで結婚することが……かな。

私が焦っているのって、結婚できないからじゃなくて、この歳になっても恋愛できていない事なの」


「その……、言いにくいんですけど、前の学校でお付き合いしていた方は、恋愛にならないんですか?」


「あれは、たしかに付き合っていた時は彼の事が好きだと思っていたけど、今振り返ってみると違うのよね。

あれは、寂しさを埋めていただけ」



いつの間にか、車は海沿いに到着し、ノロノロと駐車場へと入って行った。


「やっぱり。GWだけあって県外の車が多いわね。

でも、停められそうだわ、ちょっと心配だったの」


駐車スペースを見つけると、海咲は何回もハンドルを切ってようやく車を止める。

運転はかなり下手なようだ。もっとも、ペーパードライバーの僕が言えた柄じゃない。


「うわ~~相変わらず、不思議な光景ね。

火星みたいなのに、あの丘の向こうに海があるんですものね。

いけない、何も考えずにパンプス履いてきちゃった」


そう言うと、海咲は靴を脱いで、裸足になる。

体育の教師だと言うのに日焼けしていない海咲の素足は眩しいほど白かった。


僕も靴を脱ぎ裸足になる。お互いに片手に脱いだ靴を持って砂の感触を楽しんだ。



「私ね、高校で伸び悩んで、ようやく熊本の大学に入れたんだけど、そこで初めて恋をしたの。ううん、それも違うのかな、やっぱり寂しかっただけ」


「大学の同級生とか、先輩とか……ですか?」


「うふふ、コーチなの。それも既婚者というか、新婚ホヤホヤだったのよ 笑

私が悩んでいたら、凄く親身になってくれて、いつの間にか……ってところね」


何と反応して良いか、僕には分からなかった。


「悪い事をしてるって分かってたんだけどね。初めて出来た好きな人だったし、まだ私も若かったから、言われるままに……、馬鹿だよね」


「その人とは?」


「結局、周りの人にバレて、私は残れたんだけど彼は辞めさせられて、それでお終いい。散々でしょ? それなのに、やっと教師になれたのに、そこでも不倫して、ホント、私って馬鹿 笑」


「そ、そんな事ないですよ。

たまたま好きになった人が結婚してたってだけですよ。

そんな事で自分を否定しないでください」


僕の何気ない一言だったけど、海咲は歩を止めて僕を見つめる。

僕たちの後には、二つの足跡が続いていた。


「あわわ、何か気に障りましたか?

すみません、若輩者なのに、偉そうな事言って」


「ううん、ありがとう。

そう言ってもらえると、前向きになれる……

やっぱり、森岡先生は私が思っていた通りの人だわ」


「え……と?」


海咲は僕の事をどう思っていたのだろう?


「誰にでも優しいのね」


一言、そう言うと海咲は笑って見せた。

そうやって笑って見せると、やっぱり愛莉に似ている。


思い返せば時折、愛莉もこうやって少し寂しげに笑っていたような気がした。

愛莉とは、正式に恋人同士になる前からの期間を含めると、一年の付き合いがあった。

その後も、友達として彼女の出産ににも駆け付けたし、娘の愛心あいこと一緒に出掛けたこともある。


彼女も僕にとっては忘れられない存在だった。



その愛莉に似ていると言うだけで、海咲の向こう側に彼女を思い出さずにはいられなかった。




丘の上まで歩くと海が見える。

そこで立ち止まり、僕たちは潮の香りを嗅いだ。


結構な人出なのに、広い砂浜にはまるで、僕たちだけしかいないかのような錯覚に包まれる。


それ程、海を見渡せる砂の丘は広大だった。



「気持ち良い眺めね……」



海咲が細い指を絡めてきた。



潮風に吹かれていたが、握られた手だけ、温度が高かった。





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